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はしゃぐ子供

私は週3回病院通いをしていますが、これはその帰り道での出来事です。

かかりつけの病院からの帰路は、最寄りの停留所から一旦JRの駅行きのバスに乗り、駅で自宅方面行きのバスに乗り換えて帰ることにしています。
病院の最寄りのバス停は、大きな五叉路の交差点の一角にあり、平日だと3方向から、ほぼ10分間隔で駅へ向かうバスがやってきます。
その中でも特に便数が多いのが、すぐ近くにある大学病院を経由して来るものでした。

つい先日のことです。
その日もかかりつけの病院を出て、バス停に着いたのは、いつもと同じ午後1時45分頃。
やがて、5分もしないうちに交差点の角を曲がって、大学病院方面から駅へと向かうバスがやってきました。

こちらの路線バスは車体の中央に乗車口があります。
バスに乗り込むと、私はいつものように、空いている前方の一人掛けの席に腰をおろしました。
便数が多いのと平日のため、この時間帯の乗客はいつも少なく、車内には空席が目立ちます。

バスが動き出すとすぐに、後ろの方の座席から子供のはしゃぐ声が聞こえてきました。
2、3歳くらいの男の子でしょうか。
乗るときには気づきませんでしたが、おそらく後方の二人掛けの席に親といっしょに座って、窓の外の景色を見てはしゃいでいるのでしょう。
まだ言葉にもならないような声ですが、楽しそうに何か喋っています。
コロナが流行りだしてからは、バスの中で話をする人はほとんどいなかくなり、静かな車内に馴れていた私の耳に、その声はことさらよく響いたのでした。

そうやって、しばらく男の子の喋っている声を聞いていると、どうやらサイレンを鳴らして通り過ぎる救急車に、ことさら嬉しそうに反応しているようでした。
私が乗ったバス停から駅までは、間の停留所は三つだけ。
時間にして10分程度の短い区間ですが、大学病院へ急患を運ぶ救急車によく出くわします。
特にその日は、わずか5分ほどの間に、立て続けに3台の救急車とすれ違い、そのたびに男の子は、キャッキャと大きな歓声をあげるのでした。

そうこうしているうちに、終点の駅のバスターミナルに到着。
ちょうど私が乗り換えるバスが発着する乗り場に着きました。
私は、バスを降りるとすぐに、乗り換えの便を待つためにくるりと振り向きました。
目の前の、今乗ってきたバスからは、まだ後ろの方に座っていた乗客がぞろぞろと降りてきています。

見るともなしにそれを見ていた私でしたが、最後の乗客が降りて、バスが扉を閉め、行く先を「回送」の表示に切り替えて走り去ったあとに、ようやく〈えっ?〉と気づいたのでした。
降りてきた乗客の中に、小さな男の子を連れた人の姿はなかったのです。

前の方に座っていた私は、バスを真っ先に降りて、すぐに振り向いたのですから、後に続いて降りてくる乗客を見逃すはずはありません。
しかも、あれほど大きな声をあげていた男の子が降りなかったのに、運転手は車内を点検するでもなく、すぐに扉を閉めて走り去ってしまったのです。

もしかすると、あの声は私にしか聞こえていなかったのでしょうか?
そして、救急車にとりわけ大きな歓声をあげていた意味とは…?
そもそも、あれは本当に子供の声だったのでしょうか?
あとから考えると色々と心がぞわぞわとしてくる、晩秋の不思議な体験でした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 九十八日目
2023.12.9

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