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クスノキとグライダー

 今回は私が小学3年生の時に見た不思議な光景のお話です。

男性なら、子どもの頃に一度は遊んだことがあるのではないかと思うおもちゃのひとつに「グライダー」があります。
埼玉県のツバメ玩具製作所という会社が昭和25年頃から作っている、型抜きされた胴体のスリットに主翼と尾翼を差し込むだけの簡単な造りのおもちゃです。

ゼロ戦やグラマン、ムスタング、メッサーシュミットなどの往年の名戦闘機の絵柄が印刷されていて、私が子どもの頃は駄菓子屋で20円ほどで売られていました。
今は「ソフトグライダー」という名前に変わり、コンビニで100円くらいで買うことができます。

ソフトという名前のとおり、現在は発泡スチロール製ですが、昔は経木(きょうぎ)というスギやヒノキなどの薄い木の板でできていました。
胴体部分の先端には、今はプラスチック製のプロペラをクリップでとめる形になっていますが、私が遊んだ頃は小さな鉛の重りがついていて、屋外で飛ばしても驚くほどよく飛びました。

小学3年生だった私は、夏から秋にかけての一時期、このグライダー遊びに夢中で、毎日学校が終わると家まで走って帰り、グライダーを持ってまた学校へと駆け戻ったものでした。
当時の小学校は放課後でも出入り自由で、私は広い運動場でグライダーを投げてはその行方を追い、落ちた所に駆け寄ってはまた投げるという一人遊びを、日の暮れるまで続けていたのです。

ただ、そうした中でひとつだけ困っていたのは、運動場の端にある大きなクスノキでした。
小学校の開校のときに植えられたといいますから、樹齢は100年以上、木造二階建てだった校舎と同じくらいの高さで、幹の周囲は子ども3,4人で抱えてやっと手が届くほどの大きさです。

年中青々と枝葉を繁らせているその大樹に、風に乗って飛び過ぎたグライダーが引っかかってしまうことがよくありました。
私も何度かこのクスノキにお気に入りのグライダーを取られてしまいましたが、そうなってしまうと、もはやあきらめるしかありませんでした。

それでも飽きることなくこの一人遊びを楽しんでいた秋、10月頃のことです。
その日は買ったばかりのゼロ戦の絵柄のグライダーを持って、学校へと走って戻りました。

放課後の運動場には、ボール遊びや鉄棒などをしている子は何人かいましたが、グライダーを飛ばしているのは私一人だけでした。
今日はのびのびと飛ばせるなと喜んだ私は、おもむろに飛ばす前の「儀式」にとりかかりました。

グライダーは主翼全体を上に曲げて、少しカーブをつけてやるとよく飛びます。
特に買ったばかりのものは、この微妙な曲げ具合が重要で、その調整をするのが、いつもの私の儀式だったのです。
慎重に曲げ具合を確かめたのち、思い切り空に投げると、私のゼロ戦は風に乗って、これまでにないほどによく飛んだのでした。

そうやって何度も飛ばしているうちに、いつのまにか日は西に傾き、運動表で遊んでいた子どもたちもみんないなくなっていました。
気がつけば茜色の夕陽を浴びた運動場には、私一人の影が長く伸びているばかりです。

私はこれで最後とグライダーを夕日に向かって投げました。
するとグライダーは、大きな弧をえがいて風に乗り、背後にあるクスノキの高い枝の繁みへと一直線に飛んで行って、そのままひっかかってしまいました。

せっかくのよく飛ぶ機体をクスノキに取られてしまった私は、諦めきれずにしばらく見上げていましたが、どうすることもできません。
クスノキの背後の空には、濃い青色の夕闇も迫って来ています。
私はしかたなく、とぼとぼとクスノキの下から歩み去ろうとしました。

しかし、それでもまだ諦めきれず、今一度クスノキの方を振り返った時でした。
うす暗いシルエットになりはじめたクスノキの樹冠から、ひとつの小さな影が、まだ明るさの残る西空に向けて、スーッと一筋飛んだのです。
…グライダーでした。

私は、さっき引っ掻かたものが落ちてきたのだと思い、急いで駆け戻ろうとしました。
すると今度はクスノキの大きく広がった枝葉のあちこちから、5、6機のグライダーが次々に暮れかかった空に向けて飛んでいったのです。

その飛び方は、枝に引っかかっていたものが、風に吹かれてたまたま落ちてきたというようなものではなく、誰かが思いっきり投げたような、勢いのあるものでした。

夕暮れの空にいっせいに舞うグライダーのいくつもの小さなシルエット…。
それは夢の中の出来事のようで、私はしばらくの間呆然とその光景を眺めて、立ち尽くしていたのでした。

やがて我に返った私は、急いでそれらを拾い集めて家に持ち帰ったのですが、その機体の中には、印刷の色が褪せかけているものもあって、ずいぶん長い間ひっかかっていたことがうかがえました。

クスノキの精霊の仕業だったのか、神様の気まぐれだったのかはわかりませんが、あの奇跡のような光景には、その後二度と出会うことはありませんでした。
やがて季節は移り、私のグライダー遊びの熱もいつしか下火となって、冬が来るころにはまったく遊ばなくなりました。

そのあともクスノキは相変わらず悠然と立って、生徒たちの遊ぶ姿をも守っていましたが、私が卒業して数年後には校舎の新築にともない伐採されてしまいました。

太かったその幹は衝立に加工されて新しい校舎の入り口に飾られていて、今では二代目の小さなクスノキが場所を変えて、新たな枝葉を繁らせています。

…という、今は昔の一度だけ遭遇した不思議な光景のお話でした。

初出:You Tubeチャンネル 星野しづく「不思議の館」
恐怖体験受付け窓口 百一日目
2024.1.13



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