絵を描くAI

 実行ボタンのクリックひとつで一瞬で生成された画像のことを、芸術と呼んで然るべきか? たいていの人間にとってそれは特別問題視することではなく、当のAIはその発想にすら至らない。AIが絵を描くのに情緒は必要ないし、創作する苦悩も感動も理解できない。機械は機械。道具は道具だ。

 機械に個性を持たせるにはどうしたらいいだろう。ヒタニは考えた。いい感じに「絵を描くAI」を作ったはいいが、このまま適当にSNSで公開しても他のコンテンツに埋もれて大した話題にはならないだろう。人に興味を持ってもらうには何かしら目立つものをつけて宣伝しなければなるまい。

 ヒタニの作ったAIは入力された二つの言葉をお題として、それらを組み合わせたイメージを出力することができる。「組み合わせる」というのがミソで、AとBを並べるのか、足して割るのか、連想ゲームをするのか……といった要素をAIが考えるのだ。同じお題を出しても、結果はその時々で変わる。

 例えば「リンゴ」と「バナナ」がお題だったとしよう。AIは最初にリンゴとバナナが一つのカゴに収まった静物画を描いた。だが次にやらせたら「リンゴのように丸々したバナナのような何か」かもしれないし、「リンゴ色のバナナ」かもしれないし、「毒バナナを齧って死ぬ白雪姫」かもしれない。

 なんだ毒バナナって? 無感動であるはずの機械が偶然面白いものを生み出す、そんな楽しさをヒタニはアピールしたかったのだが、今のままでは何かが足りない。このAIを可愛い小動物や女の子の姿でキャラクター化するのもいいが、悲しいかな、ヒタニには絵のセンスも外注する資金もない。

 しかもヒタニは未だにAIに名前を付けていなかった。商品名を変えたら大ヒットみたいな先例があるように、名前とはモノの個性の先頭に立つ重要な要素。ヒタニは大いに悩んだ。そういえば幼少期から、ゲームのキャラの名前を決めるのに数時間平気でかかるタイプであった。

 しかし結局いいアイデアは浮かばず。さらに、一応は形になっているものを皆に早く見てほしいという欲求も合わさって、ヒタニはAIを名無しのままβ版として公開することにした。知り合いには直接頼んで少し触ってもらう。忌憚のない感想を聞ければそれだけでも収穫になるはずだ。

 ヒタニの交友関係は決して広いものではなく、その線の知識を持つ相手も数えるだけしかいなかったが、ほとんどが快く協力してくれた。素人なりに改善点を挙げてくれるのは助かるし、好意的な反応があれば安心した。せっかく時間を費やして作り上げたものなのだから、褒められたら当然嬉しい。

 友人の一人がDMで画像を寄こした。全身から具入りの黄色い粘液を滴らせた巨体のクリーチャーが描かれた絵だ。ノータイムで友人は「きもい」と連投してきた。「ピザとなんかだな」と返信すると、すぐにまた返事が来た。「デブ」。ヒタニは少し笑った。そう、こういうのをやりたい。

 UIの細かな修正や学習データの追加などを繰り返しながらも、AIに個性を持たせるという目標について大きな進捗はない。友人がそれとなく拡散してくれてはいるものの、アクセス数もあまり伸びていない。中途半端な出来のせいだという自覚はある、まあこんなものだろうとヒタニも考えていた。

 が、ある日急にAIは壊れた。最初に気づいた友人の報告によると、昨日まではなんでもなく動作していたのに、お題を入れて出力ボタンを押すと固まってしまうようになったらしい。ヒタニはすぐに自分でも確かめてみた。友人の言った通り、出力できない。他の知り合いからも同様の報告があった。

 ここ数日間ヒタニはAIの仕様を変更していなかったので、更新に伴うバグだとは考えられない。システム内部の動作状況を確認すると、どうも処理がとんでもなく重くなっていて、たった一つの画像の出力途中で全体が止まっている状態らしかった。なぜ急に? アクセス過多という可能性は論外だ。

 ただ重くなっているだけなら、余計な入力をせずに待てば直るかも……というわけでヒタニは一旦AIを非公開に戻し、様子を見たが、夜が明けても一向に処理は進まない。もういっそのことこの出力タスク自体を取り消した方が早いなと思いつつ、ヒタニは何の気なしにいつものSNSを開いた。

 未確認のDMが一件ある。時刻は昨日の夜中。知り合いの誰かかと思ったが、全く見覚えのない名前とアイコンだった。変なURLに誘導するやつとかだったらヤダな、と訝しんだが、見えている書き出しはこうだった。「AIを遊ばせていただいた者です」。ヒタニは数秒、噛み砕いてから続きを読んだ。

 AIを遊ばせていただいた者です。初対面で急にDMしてすみません。拡散されて回ってきて、AIに何回か絵を描いてもらってました。さきほど急な不具合で公開中止したというのを知ったのですが、もしかしたら自分が変なお題を入れたせいかもしれないと思って心配で、ヒタニさんに伝えることにしました。

 最初はソシャゲのキャラの名前とか食べ物とか入れてたんですが、「AI」「心」というお題を出した後何回か出力を連打しても動きませんでした。一昨日の夜11~11時20分の間くらいだったと思います。その時は気にしないで途中で閉じてしまったので正しい時間が思い出せないです。

 これが原因かはわからないんですが、自分のせいだったらと思うと不安になってしまって、この文章を送ることにしました。もし本当にこれが原因で迷惑をかけてしまっていたら申し訳ありません。ひねったお題を出してやろうと思ったのは事実ですが、悪意はなかったです。すみませんでした。

 ヒタニが思案しながら全文を二回読み終えたところで、件のAIは偶然にもずっと詰まっていた出力を終えたようだった。ヒタニはまず出力された画像そのものを見てみたが、一面真っ黒い。ものの輪郭も見当たらず、何かの絵だとはとても思えなかった。キャンバス全体を黒でバケツ塗りしただけに見える。

 タスクが解消されたのはいいが、今度は画像に不具合が出てしまったか。ヒタニはこの画像のお題を確かめた。ワード①「AI」、ワード②「心」。驚くことに彼(彼女?)の自己申告通りAIはそのお題を出されて固まってしまったらしい。偶然そうなったにしても、なんとも面白い話だ。

 AIの、機械の心とはどんな見た目か。それは想像力を持つ人間でさえ表現が難しい。ヒタニのAIは……この難題を前に、答えを出せず立ち竦んでしまったのか。悩みに悩んで、結局形にできずに投げ出したのだろうか。そんな、まるで人間みたいに、機械は挫折をするのだろうか?

 思い立ってヒタニは、AIが提示した真っ黒な画像をコピー用紙に印刷してみた。出てきたのはなんと真っ白なコピー用紙だった。それが意味することとは?ただのコピー用紙を眺めながら、ヒタニは不思議な高揚に包まれていた。黒かったんじゃない、透過されている。これは透明な絵なんだ。

 数日後、ヒタニはAIを改良して再公開した。大幅な性能強化や仕様変更は無いが、アクセス数もヒタニのフォロワーも結構増えた。追加された仕様はこうだ。お題を入れて画像を出力した後、その画像の隣に「いかがでしょう?」と書かれたフキダシが表示される。それだけ。

 フキダシの下には、押せるボタンが複数ある。内容はその時々でランダムに、「いいね」とか「うーん」とか、短い感想だ。押すと、「やったー!」とか「お気に召しませんでしたか……」とか、それに対応した台詞の新しいフキダシが表示される。要するに、AIとの疑似的な会話を表現しているのだ。

 絵を描くAIは、製作者ヒタニによって「ikaga」と名付けられた。AIがそれ固有の特徴としてもらったのはその名前と簡素なフキダシだけ。このAIはあくまで絵を描く機能に特化しているので、フキダシの中の台詞を登録しているのはヒタニだ。残念ながらAIが自分で考えた言葉ではない。

 それでも、作った画像を人へ差し出して、「いかがでしょう?」と聞くしぐさ。ヒタニはこれを見る度「透明な絵」のことを思い出して、ほんのり温かい気持ちになる。再公開する少し前に、ヒタニは例のお題を出してくれたDMの主にそのことを伝えた。「それならよかったです」と返事が来た。

 この言葉いいなあ、と思って、ヒタニはikagaの台詞のレパートリーに「それならよかったです」を追加した。適当に自分の心情に沿った言葉をお題として入れてみる、「おなかすいた」「カレー食べたい」。出力ボタンを押す。数秒置いて、ikagaは全身カレーを被った巨体のクリーチャーをお出しした。

 ヒタニは思う、「これ前も見た」と。「いかがでしょう?」そんなことは知らず、ikagaはヒタニに聞く。なるほど、「おなかすいた」と「デブ」はikagaの中では割と同意義に結びついているらしい。がんばれば「食い物系巨体シリーズ」を描いてもらえそうだ。あとであの友人にこの画像を送ろうと思った。

 ヒタニは感想ボタンの中から「気に入った!」を選んで押した。Ikagaは答える、「それならよかったです」。あの「透明な絵」に、ikagaは確かに何かを描いていたのかもしれない。与えられた命令に真摯に。「AI」も「心」も、何色なのかわからない。だから「透明」に描いた。

 それは機械である故に辿り着いた答え。無機物に感情はないけれども、人は勝手に見出して楽しむのだろう。Ikagaとヒタニの話に限らず、それはどこにでもある関係。機械は機械。道具は道具。人間は道具を愛する。そして道具の方は、なんにも言わずに、いつでも人間のそばにいる……。

 誰もが知っている通り、人間にとって「見えない」と「無い」は違う概念。想像力によって透明な色はあらゆる可能性へ通じていくといえるのではないだろうか? 空っぽの箱、空っぽの部屋、空っぽの心。あなたの手の中。そこには、何も無いのではなくて、あなたが思うなら――――


2022/2/1 病院

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