【感想文】犯罪者(上・下)(太田愛)
先日とある読書会で『幻夏』という小説を紹介され、あらすじからして興味を覚えた。聞いてみると『幻夏』はシリーズの二作目。一作目のタイトルは『犯罪者』という、犯罪小説として潔すぎるタイトルだった。
三月下旬の白昼、五人の男女が死傷した通り魔事件。唯一の生き残りである修司は見知らぬ男から、『あと十日生き延びれば助かる』と言い渡される。
その後、鼻つまみ者の刑事・相馬に窮地を助けられた修司は、相馬の旧友・鑓水に匿われる。
どうして自分が狙われるのか。手掛かりが全く見えず、かつ常に暗殺者に狙われている状況から、三人は事件の真相を探るために動き出す。
という具合に、いきなり事件の渦中から物語が始まる。暗殺者から追われる場面と、逆に事件の真相を追い求める場面とが交互に押し寄せてくる。緊張感が最後の最後まで続いていき、手綱に引っ張られるような感じで、一息に読んでしまった。
僕でさえ知っている有名な刑事ドラマの脚本家ということもあり、息つく暇もない展開はまさにエンタメ作品として映える構造だと思う。
それがただのプロットのなぞりに感じられないのは、随所に見える膨大な知識により納得させられてしまうから、そして、どんなわずかな登場人物にも行動の根拠があることを丹念に描いているからだろう。
上下巻合わせて900ページに迫る内容は、事件を追う分にはいくらか削れたと思うのだけれど、それをしてしまうと何人かの登場人物がただの都合のいい人形に成り下がってしまう。
結果的に都合よくなってしまっていても、その行動に信条が反映されていたり、何らかの理由があることが示されていれば、興は削がれない。フィクションではあっても、そこにいる人物が人間にしか見えないので、ひたすらにのめり込むことができた。
膨大な知識と書いたけれど、その多くは職業に関する知識だ。それは決して一朝一夕の調べ物で身につくような厚みではなかった。
思うに、作者はもともと人間の活動や、それらが構成する社会というものに深い興味があるのではないだろうか。
善悪の枠を超えた、客観的な視点で描かれる、この社会のあり方。病んでいるとしか思えない社会が、個人の想いをすり潰していく残酷さ。
それは社会の中にありふれていて、今更見たくもないとも思ってしまう。
そんな醜さに、この物語は真正面から向かい合う。目を逸らさずに、一切の妥協なく、人の想いの脆さと貴重さを描く。
何よりもその姿勢が作家として尊敬できるので、出会えて良かったと思った。
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