見出し画像

行きつけのBarにて 【短編小説/スキマシ小説/会話のみの小説】通読目安:10分

「何になさいますか?」

「ビールを・・・
 あと、アクアパッツァ」

「かしこまりました」


「佐伯?」

「!?
 ・・・江坂さん・・・?」

「やっぱり佐伯か。
 久しぶりだな」

「江坂さん・・・
 何してるんですか・・・?」

「何って・・・
 このBarにはよく来るんだよ。
 で、今日も飲みにきた」

「そ・・・ そうだったんですか・・・」

「? なに動揺してんだ?」

「いえ・・・」

「・・・新しい職場で、何かあったのか?」

「・・・・・・」

「まあ、とりあえず座ったらどうだ?」

「・・・はい。

 あ、ビールを・・・」

「難しい顔してるな。
 肩に力が入ってるし、怒りを抱えてるように見える」

「・・・」

「佐伯は昔からそういうところがあるけど、俺はもう同じ職場の人間じゃないし、部下だったわけでもない。
 強く見せる必要はないんだから、少し肩の力を抜いたらどうだ?
 ここは飲み屋だしな」

「・・・
 言われてみれば、そうですね。
 このところ、弱く見せちゃいけないって、気を張ってたから、力を抜いた状態が分からなくて・・・(笑」

「習慣みたいになってるわけだな。
 まあ、まずは飲んで、少し頭も身体も緩めなよ」

「はい・・・
 江坂さんも、昔からそうですね。
 いつも感情がブレないというか・・・
 何があっても落ち着いて、怒りもしないし・・・」

「腸が煮えくり返ってることもあったけどな(笑」

「そうだったんですか(笑
 でも、まだあの会社にいるんですよね?」

「いや、半年前に辞めたよ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。
 社長と喧嘩してな。
 もう我慢の限界だった。
 で、今はマイペースで自営業をしてる。
 大変だけど、楽しいよ」

「いつかそうなるんじゃないかって思ってました(笑
 社長、言うことメチャクチャだし、変な言いがかりをつけてくることもあったし・・・」

「そうだな(笑」

「江坂さんがいなくなったんじゃ、あの会社、大変なんじゃないですか?」

「どうだろうな。
 まあ、仮にそうだったとしても、正直どうなろうと知ったことではないよ。

 俺はやるべきことはやったし、不利益を被らせたこともない。
 人を取り替えの利く部品だと思ってるような経営者とは、一緒に仕事はできない」

「そうですよね・・・」

「で、佐伯は今、何をやってるんだっけ?」

「女性向けのウェアを開発する会社にいます。
 私はスポーツウェア部門で、最近、新しい商品を開発するためのプロジェクトが立ち上がって、プロジェクトリーダーを任されました・・・」

「すごいじゃないか!
 なんか嬉しいな」

「・・・・・・」

「・・・うまくいってないのか?」

「・・・部下とのコミュニケーションがうまくいかなくて・・・
 私は、絶対にプロジェクトを成功させようって思うから、部下たちを鼓舞して、みんなでがんばっていこうと考えてるんですけど・・・ 温度感が違うのか、中々うまくいかないんですよね・・・」

「温度感が違うのは厳しいな。
 部下たちにどう接してるんだ?」

「メンバーは7人なんですけど、
 それぞれに適した役割を与えて、責任をもたせてます。
 簡単にできることではないですけど、力はある人たちなので、やればできるはずですから。
 何かあれば、私に言うように言ってありますし・・・」

「それで、メンバーは?」

「一生懸命やってくれてはいます。
 でも、ミスが多くて・・・
 結局は私が尻拭いをする・・・
 でも、それはいいんです。リーダーですから。
   
 問題なのは、失敗する前に相談がないことです。
 相談してくれれば、防げたことでも、言ってこない・・・
 私は、いつでも相談してきてって言ってるのに・・・」

「失敗したあと、部下には何て言うんだ?」

「え・・・?
 えっと・・・ なんで失敗したか考えた? とか、
 なんでもっと早く言わないの?
 とか・・・」

「気持ちは分かるけど、ちょっと威圧的な印象だな」

「でも、それを考えなきゃ、また同じ失敗をするし、失敗したときこそ学ぶときだから、そこで気持ちを引き締めなきゃ・・・」

「そうだな。
 でもな、失敗したときにかけてほしい言葉って、どんな言葉だと思う?」

「え・・・ それは・・・」

「佐伯が言うように有能な部下なら、なんで失敗したか、次はどうすればいいか、言われなくても自分で考えるだろう。
   
 でも、ただでさえ失敗して落ち込んで、言うのが遅れたことでビクビクしている心理状態のところに、なんで失敗したか考えたかって、いきなり言われたら、まともに考えることも難しいんじゃないか?」

「それは・・・
 だって、そこですぐに前向きに切り替えたほうが、落ち込む時間も少なくて済むし・・・」

「言ってることは分かるよ。
 けど、誰もが簡単にそうなれるわけじゃない。
 時間をかけて、そういう習慣を身に着けていくから、できるようになる。
 もう少し、時間をあげてもいいんじゃないか?」

「そんな悠長なこと言ってる時間はないんですっ!!
 期限が決まってるし、ただでさえ、ミスが多くて遅れてるのに・・・
 落ち込んでる暇なんてないんですっ!!
 やらなきゃ・・・」

「それだよ」

「え・・・?」

「リーダーがそんなにピリピリしてたら、部下は緊張する。
 緊張感があるのは悪いことじゃない。
 けど、緊張した状態では、力は発揮できない。
 身体も頭も固くなる。
 そして、またミスが増えるっていう悪循環ができてしまう」

「私が・・・ 悪いっていうんですか・・・?」

「部下がミスをするのは、確かに本人の責任でもある。
 失敗を言わないのは、部下にも問題はあるだろう」

「だったら・・・!!」

「でもな佐伯、じゃあおまえは、部下が失敗を言いやすい環境を作ってるか?
 失敗してしまったとしても、すぐにおまえに話そうって、そういう空気感をもって仕事をしているか?」

「・・・してますよ・・・」

「本当にそう思うか?」

「・・・・・・」

「それだけじゃない。
 おまえ、自分と同じクオリティの仕事を、部下に求めてないか?」

「そりゃ・・・ だって、私はどうすればできるかを教えてるし・・・
 考え方だって・・・」

「言われてすぐできるなら、誰も苦労しない。
 頭では分かっても、できるようになるまでは時間がかかるんだ。

 考えてみろ。

 ピリピリしてるリーダーの下、締め切りや、成功させなければならないプレッシャー・・・

 それでも部下たちは懸命に仕事をするが、リーダーは自分と同じクオリティの仕事を求めてくる。
 できなければ怒られ、失敗しても怒られ、すぐにやり直せと言われる。

 気が休まる暇もない。
 なぜこんなにがんばらなきゃいけないんだろうと思っても、仕事だから、お金をもらってるからとしか言われない。
 それも理由ではあるだろうけど、それじゃあモチベーションは上がらない」

「じゃあどうすればいいんですかっ!!
 私だって頑張ってるのに・・・
 同じように頑張って欲しいと思うのは、悪いことなんですか!?」

「そうは言ってない。
 佐伯だって、初めてプロジェクトを任されて、プレッシャーがすごくて、余裕がないんだろ?
 それを素直に言えばいいんだよ」

「素直にって・・・
 部下に弱いところを見せろってことですか?
 そんなこと・・・」

「できない?」

「無理です・・・
 統制が取れなくなります・・・」

「弱音を吐けって言ってるわけじゃないぞ。
 素直に、助けてほしいって言えばいいんだよ。

 何か問題が起こったら、私が責任を取る、だから、成功させるために助けてほしい。
 自分一人ではできないから、みんなの力が必要なんだってな」

「助けを・・・」

「おまえは、部下に任せるといいながら、自分一人でやろうとしてるんじゃないか?
 任せたと言いながら、途中で口を挟んだりして」

「それは・・・
 アドバイスとして・・・」

「それを止めることだ。
 部下に任せたなら、責任を持ってやってもらう。
 分からないことがあれば聞きにこられるようにして、あとは任せる」

「・・・そんなこと、怖くて・・・」

「部下を信用するっていうのは、そういうことだぞ?」

「・・・・・・」

「よく、自分に厳しく、他人に優しくって言うだろ?
 あれな、実は無理なことを言ってるんだ」

「無理って・・・ どういうことですか?」

「自分に厳しい人間は、他人にも厳しい。
 自分では優しくしてるつもりでも、厳しくなってるものなんだ。
   
 一番いいのは、自分にも優しく、他人にも優しいこと。
 甘やかせって言ってるわけじゃない。

 優しさは、心に余裕を生むんだ。
 心に余裕があれば、視野も広くなるし、視野が広くなれば、頭も柔らかくなる。頭が柔らかくなれば、アイディアも生まれるし、職場の雰囲気も明るくなる。

 明るくなると、意見が言いやすくなる。
 失敗しても、すぐに自然に前向きになる」

「・・・自分に優しくって・・・ どうすればいいのか、よく分かりません・・・」

「ミスや、だらしないなと思う自分も、許容することだよ。
 繰り返しになるけど、甘やかすわけじゃない。
 だらしない自分をそのままにしろってことじゃなくて、そういう自分もいると、許してやるってことだ。

 自分の弱さを認めるとも言えるかもな。
 そうすることで、人の弱点にも寛容になれる。
 自分の弱点を許容してもらえたほうは、嬉しいから、自然とやる気が出る。
一緒にがんばろうと言えば、一緒にやってくれるし、お互いに支え合えるようになれる。

 リーダーが一番しなければいけないことは、実務ではなくて、自分より有能な人間に、あなたのためにがんばると思わせることで、仕事をしやすい環境を作ることなんだ。
 実務は、部下に任せろ」

「でも・・・」

「もちろん、無理強いしてるわけじゃない。
 けど、一度手を離してみてもいいんじゃないか?
 こうでなきゃいけないっていう、厳しさから」

「・・・はい・・・」

「いきなりは難しいかもしれないけど、うまくいっていないなら、それをずっと続けるより、違うことをしてみるのは、自分自身気分を切り替えるのにも役立つぞ」

「ふぅ・・・」

「ん? どうした?」

「正直なところ、本当にうまくいくんだろうかっていう思いはあります。
 けど、自分のやり方でうまくいっていないのも事実だし・・・
 それに、話しを聞いてもらって、江坂さんの意見を聞いたら、気持ちが少し楽になりました。
 もっと肩の力を抜いてもいいのかもって思って・・・」

「お役に立てたなら、嬉しいよ」

「はい!
 ありがとうございます」

「じゃあまあ、飲むか(笑」

「はい(笑」

みなさんに元気や癒やし、学びやある問題に対して考えるキッカケを提供し、みなさんの毎日が今よりもっと良くなるように、ジャンル問わず、従来の形に囚われず、物語を紡いでいきます。 一緒に、前に進みましょう。