音楽マンガレビュー(2014年『音楽マンガガイドブック』)
※掲載図版が発掘できませんでしたので一部省略しております
上條淳士「TO-Y」
1985-1987/『週刊少年サンデー』/小学館
インディーズで話題をさらったバンドGASPのヴォーカル藤井冬威が、ひょんなきっかけで芸能界デビューをし、日本を席巻するまでの成り上がりストーリー。現在でこそ80年代の音楽マンガを代表する一作として知られるが、実は打ち切り寸前だったところを冬威のファンである女子中学生・山田ニヤのパンチラ・シーンで人気に火がつき連載続行になったという逸話がある。大友克洋・江口寿史以降の等身と描線に、パトリック・ナーゲルのようなシャープな表情とポージングという、1983年デビューの上條の個性が固まったのは本作から。演奏シーンで歌詞・音符・擬音などを省略することで逆に音を表現するという手法は「TO-Y」以降一般化した。
連載がはじまった1985年はNHKで「インディーズの襲来」が放映された年でもあり、日本でインディーズ・バンドが流行として認知された最初の年だった。そうした若者文化のトレンドをうまく自作に取り込んだ点も評価できるが、何より各キャラクターの魅力的な描写が読者の心をつかんだのだろう。実在のロック・ミュージシャンをモデルにしたキャラも少なくなく、ライバルとして登場する哀川陽司は吉川晃司、GASPのリーダー桃ちゃんはサンプラザ中野、学校の番長である木暮はデーモン小暮、といった具合。作中でレコード大賞や紅白歌合戦が音楽業界の最高の名誉であるかのように描かれている点はもはやリアリティを失っているが、80年代後半という時代感覚を見事に捉えたフィクションとして今でも十分読みごたえがある。
本作は連載終了後の1987年9月にビデオでアニメ化された。挿入歌として使われているのはPSY・S、ZELDA、バービーボーイズ、The Street Slidersなどだが、冬威たちのシーンでは歌は入っていない(歌わせないのがアニメ化の条件だったとか)。それぞれの考えるロックを流しながら、作品世界を楽しむのが一番いいのかも。
井上三太「TOKYO TRIBE」
1992-/描き下ろし/JICC出版局
我々の知っている東京とは少し違う“トーキョー”を舞台にした、若者たちの暴力とセックスにまみれた抗争を描くアンチ・スペクタクル巨編。『宝島』で1992年に4回連載された無印の「TOKYO TRIBE」、『Boon』で1997~2005年に連載された「2」、『Ollie』2008年4月号から連載中の「3」と、作者のライフワークとなっている代表作で、とくに評価の高い「2」はテレビアニメや実写映画化など多角的な展開を見せている。
東京の現在形の社会的事件/若者文化/ストリート・カルチャーを参照(サンプリング)してマンガを描くというスタイルは、今でこそ珍しくないものの登場時のインパクトは強烈で、あの岡崎京子も井上のデビュー時に「あたしの作家生命もやっべー」と語ったほど。普通に町にいそうなファッションだとか、たまり場にしているのがファミレスであるとか、何気ない細部にリアリティが宿っており、それは登場する音楽も例外ではない。井上が「作品の中で、その雑誌が発売されるときの最新のCDとかをとり上げたいんです」と説明するように、掲載時の現実時間にマンガが追いついているという“ナウ”感が重視され、実際、「2」の第1話で元トゥデイのビッグ・バブの2nd『Timeless』を車内で聴いているシーンがあるが、このCDの発売が1997年9月、これが掲載されたのは1997年11月号(10月発売)という時差のなさだった。これは単行本では失われてしまう感覚だろう。他にも「2」の5巻で主人公らがクラブパーティを主催するエピソードなどは、ナンパ、ダンス、DJなど、若者の日常にナイトクラビングがある……というだけでなく、フライヤーのデザイン(フォント選び)やイラストの依頼など準備段階から描写するところがにくい。
物語の終わり、渋谷という街全体を俯瞰した場面で、今は亡き渋谷HMVの看板が見えた時、連載時にはなかった感傷に包まれる。
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2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定です(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。テキストを発掘次第追…
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