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日本出版史のターニング・ポイント 自販機本の世界(2013年『季刊レポ』14号)

自販機本とは一体何なのか?

八〇年代エロ本文化はほかのどの時代とも違う特殊性を持っている。それは七〇年代に登場した出版におけるいくつかの潮流が一つに集約されたために起きた衝突と混乱による。安保闘争の流れで大学生の間に広まったミニコミ/キャンパス・マガジンの普及。セルフ出版で末井昭が手がけたエロ本『ニューセルフ』『ウィークエンドスーパー』などに見られるゴールデン街人脈を活用した文化欄の充実。『漫画大快楽』『劇画アリス』『漫画エロジェニカ』を中心に全共闘世代がエロ本で革命を起こそうとした三流劇画ムーブメント。大友克洋や高野文子などに代表されるこれまでにないマンガ表現を手に入れたニューウェイヴ・コミックの登場。二次元・三次元の両方で同時多発的に起きたロリコン・ブーム。以前以後といえるほど爪痕を残した『遊』と工作舎周辺の印刷物のデザインと編集の方法論。手書き文字と切り貼りのコラージュで書き手の意志をダイレクトに伝えようとするパンク・ファンジンの発生。他にもまだまだあるだろうが、こうした潮流をまとめて引き受けてしまったのが八〇年代のエロ本であり、それらの影響を反映した最初の結実がこれから書き連ねていく「自販機本」だった。
自販機本とはその名のとおり自動販売機で売られるエロ本のことだが、ここではその中でも自販機で売るために作られた専用のエロ本をいう。判型は基本B5サイズで、ごくたまにA4サイズもある。内容によって呼び名に区別があり、六四ページ程度にフルカラー写真が詰まった「グラフ誌」、巻頭・巻末・中央のカラーページに写真が載り、あとの一色活版ページはエロ小説や告白記事など読み物が中心の「実話誌」、ほとんどがエロ劇画で構成された「劇画誌」といった具合。グラフ誌は六百円前後、他は三、四百円ほど。今回取り上げたいのはグラフ誌以外の、モノクロページがある自販機本である。もともと購入時に表紙以外は手掛かりのない性質ゆえに、「エロ写真さえ載せておけばモノクロページは(どうせ誰も読まないから)好きに作っていい」という編集者の意識が如実に表れた、読者のことなど何も考えていない自販機本のはじまり。「もう書店では文化は買えない」と宣言した路地裏の革命がここにある。

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2001年以降に雑誌等に書いた記事を全部ここで読めるようにする予定の定額マガジン(インタビューは相手の許可が必要なので後回し)。あとnoteの有料記事はここに登録すれば単体で買わなくても全部読めます(※登録月以降のことです!登録前のは読めない)。『教科書には載らないニッポンのインターネットの歴史教科書』も全部ある。

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