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バタフライマン 第3話 蛍の剣士、参る

メタモル・シティから離れたアツモリ山の麓にあるキャンプ場で、何組か家族が遊びに来ていた。親たちが準備をしていると、子供の一人が
「ママ。ちょっとみんなでその辺見てきちゃだめ?」
と尋ねた。
「いいよ。でもあまり遠くには行かないようにね。」
 三人の子供たちは元気よく返事をすると、川の方に駆けて行った。子供たちは小川を目の前にすると、澄んだ水に顔を写したり、魚を見たりとはしゃぎまわっていた。すると、一人の少年が
「あっ!見て!」
 と言いながら対岸を指さす。見るとそこには少女がいた。カールした金髪に青い目をした美しい少女。虹色のレインコートを身にまとっていた。少女は子供たちの方に気づくと、こちらに向かって手を振った。
「誰だろうあの子?」
「遊びに来た子じゃない?僕たちみたいに。」
「妖精さんみたい‥」
「ねぇ、あたしと遊ばない?」
 対岸の少女が子供たちに声をかける。少女は魚の骨の形をしたステッキを取り出し、振った。すると、川の水面に美しい虹が出現した。
「わぁ…」
「ねぇ。あの子、魔法使いじゃない?」
 おさげの少女が言う。
「あなたのお名前は?」
 おさげの少女が向こう岸に向かって尋ねる。
「あたし?あたしはレインボートラウト。水の妖精よ。」
 少女はそう名乗った。
「聞いた?妖精さんだって!」
 おさげの少女が嬉しそうに言う。彼女はそういうファンタジックなものが大好きなのだ。他の少年二人も興味深そうに見ていた。
「他にはどんなことできるの?」
「そうだな‥そうだ!あなたたちを夢の世界に連れて行ってあげる!」
「本当?どうやるの?」
「こうするの!」
 レインボートラウトは何かを投げる仕草をした。すると、おさげの少女の両脇にいた少年たちが倒れた。
「え‥どういうこと‥」
「ほら、あなたも‥」
 レインボートラウトはまた何かを投げる動作をする。そしておさげの少女も倒れる。
「キャハハハ!おやすみなさーい。」
 レインボートラウトはケラケラ笑う。
「さぁて、お遊びはこれくらいにして、虫さん探さないと‥」
 レインボートラウトはそう呟くと、川に飛び込む。すると不気味な背ビレが水面から顔を出した。レインボートラウトはそのまま泳ぎ去った。

カラスマ・ミドリはアツモリ山の奥地へ向かっていた。彼の父キイチはこの山の奥地で一人で剣術修行をしているという男、タイラ・ヒカルを第二の戦士の候補とした。
そしてミドリの手には、蛍の形をした強化服が握られていた。これをヒカルに託すのが彼の仕事だ。しばらく山道を歩いていると、一人の男を見つけた。坊主頭に着物を着て、何度も刀を振るっている。
「あの、タイラ・ヒカルさんですか?」
「何も言うな。」
 ミドリが話しかけた瞬間、ヒカルはそう言った。
「お前の頼みを当ててみせよう。」
 ヒカルは話し始める。
「人間を脅かす化け物の一族が蘇り、そいつらを退治する戦士の力を俺に託しに来たんだろう。」
「そ、その通りだ。何故分かった。」
「直勘だ。最近とんでもなく邪悪な気配を幾度となく感じた。地下で夥しい悪意を持った存在が蠢くのを感じていた。そして、それに抗うものたちも動き出した。そうだろう?」
 ミドリは頷きながら、強化服の仕組み、カイジン一族について詳しく語った。ヒカルはすぐに強化服を受け取った。
「戦いか‥修行の成果を見せるときだ。」
ヒカルは意気込んで刀を再び振るい始めた。

キャンプ場では戻るのが遅い子供たちを探しに行った親たちが折り重なるようにして倒れた子供3人を発見した。すぐに病院に運び込まれたが、全員が植物状態になっていることが分かった。脳内に小さな魚骨のようなものが刺さっており、そのせいで脳の動きが停止してしまっているらしい。母親は眠ったように動かない少女の前で泣き崩れていた。
「どうして‥こんなことに…お願い…目を覚まして…」
「今起こしたらかわいそうだよ。」
 嘆いていた母親がその声が聞こえた方をみると、病院のベッドに虹色のレインコートを着た少女がいつの間にか座っていた。
「あなたは‥」
「あたしがその子を夢の世界につれてってあげたの。」
「あなた、うちの子に何をしたの?」
「あたしのおかげで、その子はずーっと楽しい夢の中。もう目覚めることもないし、現実の嫌なこともぜーんぶ忘れて、夢の中で遊んでるの、起こしたらかわいそうだと思わない?」
「ふざけないで!娘を目覚めさせて!」
「ダーメ。奇跡的に目覚めるのにでも期待することね。まぁ絶対無理だけどね。アハハハハ!」
 レインボートラウトはは泣きじゃくる母親を嘲笑いながら姿を消した。

「麓で、誰かの悲しみの念を感じる…俺がそこに行かなければならないという使命を感じる…」
 剣の修行をしていたヒカルはそれを感じ取り、数か月ぶりに山を下りた。ヒカルは麓の街に着くと、その念の出どころが病院であることに気づき、その中に入っていった。受付の看護師の制止を押し切って院内に入り、悲しみの念が出ている病室に入った。女性が息一つしない子供の前で泣きじゃくっていた。そしてヒカルはもう一つ、先程までこの病室にいた邪悪なものの念が残っていることに気づいた。川魚のはらわたのような生臭い邪気が漂っているのをかすかに感じた。
「あの‥」
「誰ですかあなたは!」
 母親はヒカルの顔を見るなり、半狂乱で叫んだ。
「俺は貴方の味方です。ひどく悲しんでおられるようですが、何かあったのですか?」
 ヒカルは母親から話を聞いた。
「その少女が、あなたの娘さんを植物状態にしたと‥」
(そいつは、あの男が言っていたカイジン一族の端くれに違いない。)
ヒカルはそう察すると、少女の頭に手を当てた。すると…
(暗いよ‥怖いよ‥お母さん助けて‥)
 闇の中でうずくまって泣きながら母を呼ぶ少女の姿がヒカルの脳に伝わった。
「娘さんはそいつが言っていたように楽しんでなどいません。今も独りぼっちで泣いています。他の子供たちもそうでしょう。俺が必ず、娘さんを、子供たちを元に戻します。」
 ヒカルはそう言うと、子供たちが倒れた場所を母親から聞き、川辺に向かった。
川に着くと、予想通り、虹色のレインコートを着た少女が枝の上に座ってニヤニヤと笑っていた。その顔は妖精のように美しく、可愛らしかったが、途方もない腐臭のする邪気を纏っていた。
「おじさんだーれ?」
「子供たちを植物状態にしたのはお前か?」
「そうだよ!あたしが夢の世界に招待してあげたの!今頃、楽しく遊んでいるところだと思うな。」
「ふざけるな。子供たちは楽しんでなどいない。彼らは暗闇の中で泣いている!」
「そーれ。」
 レインボートラウトが何かを投げる動きをした。ヒカルには細い骨のようなものが飛んでいくのが見えた。ヒカルは身をかわした。
「ふぅん。避けられるんだ。おねんねさせてあげようと思ったのに。」
「伊達に修行はしてない。これくらい避けられずにどうする。」
 ヒカルがそういうと、蛍の形をした強化服が光り始めた。
(いよいよ、これを使う時が来たようだな。)
 ヒカルは強化服を取り出す。するとレインボートラウトは、
「へぇー。あんた、『繭』の虫さんだったんだ。」
 と言う。
「じゃあ、この場で殺すね!」
「俺を殺せるものなら殺してみろ!」
「Luciola lateralis。
「装身!」
 強化服が展開し、ヒカルの体にまとわりつき、鎧となる。全身真っ黒な甲冑。かつて、「イクサ」が行われていた時代の甲冑によく似た鎧だった。頭の兜の後ろには赤い線が入っており、触覚を模した突起が額についていた。複眼が緑色に光る。ヒカルは刀を抜き、構えた。それと同時に緑色の燐光が放たれる。
「じゃあ、あたしも本気出しちゃうね!」
 レインボートラウトは体から蒸気をふき出し、本当の姿を露わにする。
「ギ~ロ~!」
 それは完全な半魚人の怪物だった。顔は魚そのもので、体は鱗に覆われ、ところどころにピンクと薄緑の線が入っていた。少女の面影は頭部の周りにわずかに残った金髪にしかない。
「あたし、本当はこの姿嫌いなんだけど、あんたを殺すためなら仕方ないよね!」
「その姿の方が、お前の性根に似合ってるぞ。」
 レインボートラウトは魚の背骨の形をした剣を抜いた。
「あたしに喧嘩売ったこと、後悔させてあげる!」
「参る。」
 ヒカルはそう一言言うと剣を抜いた。蛍の剣士の最初の戦いが幕を開ける。ヒカルとレインボートラウトの剣が重なりあう。レインボートラウトは魚の背骨状の剣でヒカルの剣を削って刃こぼれさせようとしてくる。
「あんたのヘボ刀、ボロボロにしてあげる!」
「愚かな。そんなことで俺の『蛍火』は傷つかん!」
 ヒカルの愛刀、「蛍火」はタイラ家に伝わる名刀中の名刀であり、最強の硬度と切れ味を誇っている。少しの衝撃では傷一つつかない。
「じゃあこれはどう?」
 レインボートラウトは魔法の杖のように剣を振るう。
「えーい!」
 すると七色の激しい閃光が瞬く。その衝撃でヒカルは怯む。
「まだまだ行くよ~」
 レインボートラウトは剣の先から次々と閃光を放ち、ヒカルを翻弄する。ヒカルがよろめいたところで、レインボートラウトはどこからともなく宙を舞う骨だけの魚の群れを出現させた。
「やっちゃえ!」
 魚骨たちは怯んだ状態のヒカルに一斉に襲いかかる。ヒカルはふらつきながらも、何とか剣を振るい、魚骨たちを次々斬っていく。しかし、一際巨大な魚骨がヒカルの体に体当たりし、ヒカルは岸壁に叩きつけられる。
「くっ…」
「ざぁこ。」
 レインボートラウトは体勢を崩したヒカルの姿を見てそう言う。
「文字通りの雑魚に雑魚呼ばわりされるいわれなどない!」
「弱い癖に口だけはよく動くね~。でも、もう終わりだよ。ザコホタルおじさん。」
 レインボートラウトは無数の魚骨をヒカルの方に向けた。
「あはは!死んじゃえ!」
(なんと恐ろしい‥これがカイジン一族か‥)
 ヒカルがそう思った瞬間、手元の「蛍火」が蛍光色の光を放ち始める。
「これは…」
 その時、ヒカルは立ち上がった。手に握られた「蛍火」から頭に強い意志のようなものが脳内に伝達する。戦士として目覚めたヒカルに「蛍火」から敵を斬れという強い念が届いたのだ。そして今、「蛍火」はヒカルの体の一部にも等しい状態となった。
「そうか。お前も奴を斬りたいか‥邪悪を討ちたいか!」
「ヘボ刀とお喋りしてるんでちゅか~?」
 レインボートラウトがヒカルを嘲る。しかし次の瞬間、緑色の閃光が走り、周りにいた魚骨が全て斬られた。
「は?」
レインボートラウトは唖然とする。
「もう一編、俺の刀を侮辱してみろ。魚頭の糞餓鬼が‥」
ヒカルの手に握られた「蛍火」は淡い緑の燐光を放ち、ただならぬ気を纏っていた。
「今、俺と『蛍火』は一心同体となった。もうお前に勝ち目はない。」
「いつまでイキってんのよ!クソホタル!」
 レインボートラウトは魚骨を次々けしかけて攻撃するが、全て斬られてしまう。
「もうその攻撃は俺には通用せん!」
 ヒカルはレインボートラウトの持っている魚骨剣に刀を振るった。魚骨剣はすぐに折れる。
「もうその小道具は使えないな。お嬢さん。」
 レインボートラウトは歯ぎしりしながら地団太を踏み、自棄になって襲いかかってきた。少女らしさなど微塵もない、肉食魚の目だった。
「殺してやる!ギローッ!」
 レインボートラウトはヒカルの左肩に噛みついた。
「もうそんな攻撃しかできないのか?」
 ヒカルはレインボートラウトの右目を斬りつける。
「ギェェェェェェ!」
 レインボートラウトが絶叫する。
「これで終わりだ。雑魚めが。」
 ヒカルは先ほど言われた侮蔑の言葉をそのまま返し、「蛍火」を構え、高く飛び上がった。
「蛍切の攻!」
 ヒカルはレインボートラウトの胴体を思い切り斬りつけた。胴体に大きな裂傷ができ、そこから火花が散る。
「ギギギ‥ギョェェェ!」
 裂傷から全身に蛍光色の炎が燃え広がり、レインボートラウトは断末魔の悲鳴をあげながら消し炭になった。あたりに魚が焦げた匂いが広がる。
「しばらく、鱒は食いたくないな。」
 ヒカルはそう言う。病院の方から、歓喜と安堵に満ちた念が伝わってくる。子供たちが目を覚ましたのだろう。ヒカルは「蛍火」を鞘に収め、透き通るような青い空を見上げた。この美しい世界が悍ましき魑魅魍魎によって制圧されようとしている。だが、そんなことはカラスマ・ミドリが、タイラ・ヒカルが、「繭」の戦士たちが絶対にさせない。この世界を食らう者に抗う戦士がまた一人増えたのだった。
 
 
 
 
 
 
 
 


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