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書くことの不安 (『波』誌より転載)

人は文章を書く。書いては書きなおす。さらに書きなおしてやがて完成ということになる。だが、不意に奇妙な疑問に捉えられる。この文章を書いたのは、本当に私だろうか。確かにひとつの想念に捉えられていたのは私だ。その想念が一つの文章になったのだ。だが、想念と文章とは正確に一致しているのだろうか。いや、そもそもかつて捉えられていた想念というのは、つまり今では文章から遡って思い描かれるほかない想念でしかないのだが、それは果たしてかつて私が捉えられていたというあの想念なのだろうか。そもそもその想念を私のものという根拠はどこにあるのか。いや、この文章を私のものという根拠はどこにあるのか。
人は自分が誰であるか確認しようとして書く。けれど結果は逆に自分を見失うことになる。なぜなら言葉は自分に属してなどいないからだ。いや、世界にさえ属していない。言葉の世界に入りこめば入りこむほど、人は自分の影が薄れてゆくことに気づかざるをえない。まるで幽霊のように。

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