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生きるということ

【皆さんにお願いがあります】
僕にとって大切な国ミャンマーが、
今、大変な状況に置かれています。
ミャンマーでのインターン先でお世話になり、
人としても心から尊敬している方々が
クラファンを開始しました。
クーデターとコロナで困窮する
ミャンマーの人々に食糧配布を行うプロジェクトです。
ミャンマーについてご存じない方も、
クラファンのページ先の文章だけでも
読んでいただきたいです。
このクラファンのプロジェクトメンバーは、
僕が心の底から尊敬する方々です。
自らの人生の全てを懸けて、
ミャンマーで教育や人材事業を立ち上げ、
ミャンマーを良くしようと努力してこられた方です。
僕が知っている限り、誰よりも信頼できる方です。
<クラファンリンク>
https://camp-fire.jp/projects/view/394551...
お力添えしていただけると幸いです。
よろしくお願いいたします。
⇓以下僕の思いをまとめました。
Facebookに投稿しようと思っていましたが、
僕個人としても複雑な心境に在り、
投稿までに時間を要しました。
一読していただけると幸いです。
===================
意を決して、ミャンマーに行くことを決意した2020年。
ミャンマーで様々な人と触れ合い、
様々な人の話を聞く中で、
生きる「覚悟」のようなものを学べました。
ミャンマーでの経験のおかげで今の僕があります。
日本にいると、何でも手に入ります。
最低限度の生活も、
自由に発言する権利も、
教育を受ける権利までもあります。
自己実現するためのリソースがすべて揃っています。
一方で、ミャンマーでは、
そのような恵まれた環境は準備されていません。
ミャンマーにいた時期、
Dalaという貧困地区に友人と行きました。
洪水が起きれば流されてしまうような家に住みながら、
観光客にお土産を売ったり、運転手をしたりしながら、
生計を立て、必死に生きる子供達がいました。
彼らと話す中で、
自分自身が凄く恥ずかしくなりました。
日本という何でも揃っている恵まれた国に生まれながら、
取って付けたような言い訳をし、
「必死に」生きることを逃げていた自分がいたことに。
日本では、「好きなものを見つけたい」、
「生き甲斐を探したい」という言葉が聞こえますが、
ミャンマーではそのような言葉は聞こえません。
みんな生きていくために必死であり、本気です。
そしてミャンマー人はとても優しい方が多いです。
厳しい環境に置かれている人でさえも、
ミャンマーで出会った人は、
驚くほど優しく、利他的で、愛に溢れた人ばかりでした。
僕は彼らと出会い、
「生きること」や「優しさ」に対する考えを
根底からひっくり返されました。
真っ直ぐに生きる覚悟が持てました。
本当の意味で「優しい人間になりたい」
と思えるようになりました。
僕が挑戦できている理由は、
「運よく日本に生まれたこと」
それだけです。
才能とか努力とか、そんなものではなく、
単に運がよく挑戦するチャンスがもらえただけです。
ミャンマーの方々との出会いのおかげで、
一度きりの人生を大切にして、
一切の言い訳をせずに本気で生きていきていこうと
思えるようになりました。
そんなミャンマーが今大変な状況に置かれています。
身を危険に曝しながらも、
正義のために戦い続ける人たちがいます。
軍部が支配するミャンマーに戻れば、
過去起こった軍部の悪行が横行したり、
厳しい貧困に晒され、
多くの市民がその犠牲になる懸念があります。
ただでさえ、多くの人が厳しい生活を送っているため、
これ以上、国の状況を悪化させてはいけません。
それでお前は何をしたんだ、と聞かれれば、
正直何もできておらず、
悲しく、無力な日々が続きます。
ミャンマーにいた際の友人にメッセージを送るとか、
そんなことしかできていません。
これからも、小さなことでもいいので、
彼らのために出来ることを探していこうと思います。
そして何よりも、これまで以上の覚悟を持って、
僕自身の人生を全うしなければ、と強く思います。

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