セマンティックタイムp.004

 スーパーマーケットへ向かう。そう、ポイントの還元率や商品の割引率に踊らされながらも、食欲を満たすためにはどうしたら良いか、騙し騙され、理性を燃やす現代の狩り場へと…。

スナック菓子と日用品の陳列棚が背合わせになっている箇所でイベントが発生。娘の同級生の母親があらわれた。

この界隈では人当たりの悪さで有名で、目を合わせると気まずそうに会釈して立ち去る人ばかりなこの私にわざわざ背後から声をかけるとは、悪趣味にもほどがある。というか、表情筋や臭いや声色からしてろくでもなく面倒くさい会話が始まるに決まっているし、今日は低気圧で頭痛がするから早くイブプロフェンを摂取して30分くらい寝たいし、天気が悪くて部屋干ししようと思ったから洗濯機のシーケンスを開始していないし、何よりカゴの中の冷凍食品が文字通り泣きだしそうだ。

だが、予想に反して彼女の伝聞は足を止めるに値しそうなものであった。
かくかたりき。

………駅チカの大きいマンションに住んでる加藤さん(いつも後頭部のヘアーがペチャっと潰れてパカッと割れてるヒト)が、清楚で大人しそうだがオーマイクレイジーなのだという。
 旦那の不倫を疑っていたが、証拠集めが難航。
そこで、友人が勤める歯医者に頼んで旦那を自白させようと企んだ。
何故歯医者と聞けば、その医院には凄腕の麻酔医がおり、患者の意識を首尾よく操って潜在意識を顕在化させるとのこと。
こちらが質問したことを何でも答えさせることができる、どこぞのスパイかと思わせる話だ。
何より、探偵を雇うより割安だったそうだ。………

ここまで短いブレスで一気にまくしたてると、彼女はほくほくした顔で続けた。

………結局、加藤さんの旦那は自白した。目も当てられない笑うしかない内容で、隠しておいたほうがいいことというのは本当にあるのだと思いふけた。今となっては全く関係のない私たちにまで及ぶ傑作小話になってしまったが。………

ククク、と鳥のように笑う彼女のいうことにゃ。

………加藤さんが凄腕麻酔医コントロール下の旦那に不倫の有無を問いかけると以下のような弁明をしたという。

女がメイクしないと生きていけないのと同じように、男というのは腰をシェイカーにしないと生きていけない生き物だ。
メイクラブ万歳!
毎晩するんだ。そう、呼吸するのと同義だ。
いや、それは言い過ぎだ。
言い過ぎたが、つまりは同好会だ。
俺とピーーーーはセックス同好会メンバーだ!

もれなく旦那が不倫相手を自白したところで加藤さんのしびれる捨て台詞。

あんた一生禁煙できない前頭葉ユルユルホモ・サピエンスでしょ。
カンブリア紀からやり直しなさい。ついでに秋の寒ブリにあやまんなさい。………

「 …って言ったとか言わなかったとか!どう?」

こういう、人のあれこれに同調することなくごく客観的に物事をおもしろがる冷徹さ、もしくは強さに魅力を感じるのはなぜだろう?
道徳のテストがあったら答案用紙に大きくバツをつけられ、差別、ナンセンス、ゲス、と言われそうなその人が愛おしいのだ。

そんな彼女が私にゴシップをベラベラ吐露するのは、私がゴミ箱のような存在だからだそう。
ほんとうに憎めない人が世の中にはいるものだ。

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