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未来に繋ぐための対話/演劇と『法律』vol.4

演劇と社会の繋がりを考える対談連載です。板垣恭一(賛同人代表)が、弁護士・藤田香織(当基金の法務担当)に、演劇と『法律』についていろいろ聞きました。これからは、差別問題についても時間をかけて勉強を進めていくつもりです。
文責:板垣恭一/藤田香織

      <<第3回     連載の目次

対談連載第4回 演劇と「パワハラ」


弁護士・藤田さんとの対談連載。今回は「演劇と『パワハラ』」をテーマにします。理由は関連する法律が施行されたことと、板垣に自覚があるからです。ハラスメントとは「嫌がらせ」以外にも「困らせる」という意味もあります。やっている方は正義のつもりでも相手を追い詰めてしまう構造は、この対談でずっと追いかけている問題です。

今回のポイント
▼人を傷つけることについて
▼誰でも加害者にも被害者にもなりうる
▼語り合えることの希望


板垣= 6月1日に施行された「改正労働施策総合推進法(パワハラ防止法)」という法律に関して、演劇界のパワハラ問題を扱った記事がネットに出ました。その内容について発起人や賛同人何名かと意見交換をしました。今日のテーマは「パワハラ」です。

藤田=はい。舞台の未来について考えるために、パワハラについても触れないわけに行かないですから。表に出さないものも多いですが、私たちは、必要に応じて意見交換や勉強会をすることは多いですよね。

板垣=今回に限らずいろいろ情報交換をしています。こんな記事があったよとか、政府の発表はこうだよとか、海外の記事を伝えてもらうことも。

藤田=この記事は、板垣さんが紹介してくださったんですよね。

板垣=そうです。紹介しようと思った理由は、自分に思い当たることがあったからです。その話は後でするとして、まず藤田さんにこの法律がなんなのかお聞きしておきたいです。

藤田=この法律は、パワハラのない職場環境をきちんと整えなさいという観点から、パワハラが行なわれないように、雇用主に、社内方針や、相談対応のための体制を作り、パワハラが発生した場合の対応をするという義務を課した法律です。ここでのパワハラ、つまりパワーハラスメントの定義は

①職場の優先的な関係を背景とした言動で
②業務上必要かつ相当な範囲を超えたもの
③その行為により労働者の就業環境が害されるもの

となります。会社にパワハラを防止させるための法律なんです。

板垣=なるほど。僕らの業界だとどうなるんでしょう。例えば僕だとフリーなのでプロデューサーとの契約、俳優は事務所を通してる方が多いと思いますが……?

藤田=そうなんです。舞台の業界だと一つのカンパニーで作品を作ることになると思いますが、パワハラ法では「労働者」と認められなければ守られないので、フリーランスのスタッフ、役者、実演家の方々は、パワハラ防止法では守られない可能性があります。

板垣=そうなんだ。

藤田=なお、パートタイマーや期間雇用、派遣契約、あるいは契約書に業務委託契約とうたってあったとしても、使用者の指揮監督下で労働を行なっており、報酬が、労務の対価として支払われる場合等、労働者性が認められればパワハラ法の適用があります。

板垣=なるほど。

藤田=また、パワハラに準じた、人間の尊厳を傷つけるような行為を、カンパニー全体として防止しなければいけないのは当然のことです。カンパニーとしての責任とは別に、上下関係を利用して、違法・不当な行為によって、相手に精神的・身体的苦痛を与えたり、働きにくくする行為が許されないことはもちろんです。

板垣=じつは僕、パワハラをした側の人間であるという自覚があります。僕がやったのは言葉による俳優への攻撃です。その時はキツいダメ出しくらいに思ってましたし、僕にしてみれば作品を守るための行為だから、仕方ないと考えていました。でもこの対談の中で繰り返し「悪気がなくても傷つけることはある」という話を聞いているうちに、ああ、自分は何をやってしまったんだろうと。演出家としてそのタイミングで何か手を打つことは必要だったと思いますが、やり方についてはとても雑な考えしか持ってなかったなと。それがどーにも気持ち悪くなってきまして、意見交換してみようと思うに至りました。

藤田=私は舞台の世界は門外漢なので分からないのですが、お話を伺う限り、仕事場で指導を受けて、成長していくことが望まれる職場だという風に考えています。弁護士も、職人仕事なので同じように職場で指導を受けながら成長していきます。

板垣=へえ、そうなんですね。

藤田=そのなかで、受け取り手は、厳しい指導を受けることもあり得ると思います。その指導が、適切な指導なのか、相当な指導を超えて人格や尊厳を傷つけてしまうのかはその場の状況や当事者の環境にもよってくると思います。

板垣=はい。

藤田=なので、私が、ここで、板垣さんがおっしゃる「攻撃」が、いわゆる不法行為に当たるような「パワハラ」に当たるかどうかを判断することは出来ないんだとおもいます。ただ、今までの話の中で、思ってもみない相手を傷つける、思ってもみないような傷つけ方をするのを避けたい! という視点でみていくなかで、板垣さんが他にやりようがあったなと思われるのであれば、傷付く人は少ない方がよいなと思います。作品のクォリティを保ちつつ、でも相手の尊厳を傷つけないというのはもちろんすごく難しいですし、私も後進の指導で、言わなくても良い、傷つけるだけの言葉を言っちゃったと後悔することが多いのですが、理論的には出来るはずですもんね。

板垣=僕がしたことは犯罪行為とは言えないのかもしれない。でも、人を傷つけることで成長を促すというやり方は、やっぱりダメなんじゃないでしょうか。成長を願ったのは確かなんです。でもそこに「正義」のワナがある。こちらが正しいからと言って相手を傷つけて良いという理屈は通らない。これは僕が日頃からもっと慎重にていねいに考えて行かなくてはならない問題だと思うんです。

藤田=そうですね。どんなに成長を願っても、実際にそれによって成長したとしても、ある人の人格・尊厳を傷つけてまで指導しても良いと言うことにはならないと思います。また、傷付くかどうかの判断基準って、言葉を発した人ではなくて、言葉の受け取り手がどう受け取ったかなので、受け取り手の立場に立つというのが、ひとつ、傷つけないためのヒントなのかもしれません。

板垣=「人種差別」について伊礼君と勉強会をした時も、そこらへんを話し合いましたよね。受け手の立場への想像力をどう培うかという問題。そんなこともあって僕は今回「パワハラ」を扱うにあたり「ハラスメント」のそもそもの意味を調べてみたんです。「嫌がらせ」「いじめ」という説明が多かったのですが、同時に「困らせる」「悩ませる」という説明もありました。

藤田=ハラスメントって、すごく多義的で難しい言葉だと思うんです。ハラスメントという言葉の中には、たとえば暴行傷害、名誉毀損、脅迫罪といった刑事罰の対象となる行為も含まれますし、相手方が困っただけのものも場合によっては含まれるかもしれません。

板垣=そうなんですね。

藤田=相手が困ったら全部違法行為だとして損害賠償請求できるというわけではないし、この言葉の定義自体を考え直す時期には来ていると思います。でも、法律、裁判を離れて考えれば、出来れば、傷つけた側が意図して行なっている嫌がらせやいじめだけではなく、傷つけた側が気づかない、傷付いた側の困った、悩んでしまったという状況も、なくしたいですよね。

板垣=同意します。

藤田=人種差別について勉強会をしたときにも、意図しない発信で、受け取る人たちが深く傷付いてしまうかもしれないということが話題になりました。伊礼さん自身も過去に、相手が悪気はなく言った「外人」「ハーフ」という言葉で傷付いた経験があるというお話しをされていましたね。

板垣=今回のテーマにについて僕は、発起人を含む数名にアンケートを取りました。「ハラスメント」について自分が体験したことを教えて下さいと。印象的だったのは全員、自分が加害側に立ったかもしれないことを書いてきたことでした。つまりこれは「誰か」の問題なのではなく「誰も」の問題である可能性が高いと言えるかもしれない。

藤田=そうでしたね。また、印象的だったのは、自分がセクハラ・パワハラを受けていたことに鈍感だったことで、周囲を傷つけたり、適正な対応が取れなかったというお話がいくつかあったことです。伊礼さんも、自分が傷付いたことについて、自分が我慢することで場を治めていたとおっしゃっていました。

板垣=そういう人は多いでしょうね。

藤田=それを聞いた時もお伝えしたのですが、自分が被害に遭ったときに、自分が我慢すればいいやと思わないで欲しいんです。あなた自身の尊厳が傷つけられて、あなたの権利が侵害されているのですから、自分を大事にするために、怒って欲しいんです。誰かに相談したり、SOSをだして欲しい。

板垣=以前にもうかがいました。SOSを発信する大切さですね。

藤田=もちろん、それで傷付いちゃうから考えたくないというのであればまずは自分を守って欲しいですが、傷つけた相手の方がいけないときちんと分かって欲しいんです。そうでないと、自分の傷付きに鈍感になってしまえば、相手の傷付きにも鈍感になってしまう。

板垣=そのことを語ってくれた人もいました。自分の痛みを処理することさえ精一杯だったから、他人の痛みに鈍感でいようと自分はしていたのかもしれないと。

藤田=しんどいですよね。そうしなきゃ自分自身を守れなかったんだと思うんです。まずは、傷ついた自分自身の傷口を、大事に癒して、それで初めて他人の痛みを見られるんだと思います。

板垣=自分の痛みに敏感であることで、他人の痛みにも敏感であろうということですね。難しいけれど方法はあるかもしれません。

藤田=誰でも、加害者でもあり、被害者でもあるんですよね。でも、誰かの痛みであることには変わりないと思うんです。誰の痛みであっても、それが自分の傷でも相手の傷でも、傷はつけたくないし、傷ついたら、ちゃんと手当てしなくちゃいけないです。難しいですが。

板垣=本当に。

藤田=私は長く児童虐待の現場で仕事をしていますが、児童虐待は連鎖してしまうといわれています。子どもは、親に傷つけられたときに、これは親が悪いんじゃないんだ。親は自分に愛情を持ってくれていて、自分が悪いから傷つけられるんだと考えてしまう。そして、自分の子どもを持ったときに、同じように接してしまうんです。

板垣=……。

藤田=パワハラの現場でも、また、それ以外でも、強い人間関係の中で行なわれた被害加害は、かなり強く断ち切らないと、次の世代に連鎖してしまいます。でもこれって、自分だけで整理をつけるにはあまりにもしんどい作業です。また、傷つけられていると気づくのも、自分一人では難しいかもしれないです。

板垣=そうかもしれません。

藤田=自分が今しんどいと感じたときに、客観的なところから自分を観てくれる人に相談していただきたいです。これは、自分が誰かを傷つけたかもしれないと思ったときにも言えることだと思います。客観的に、自分の行動をいさめてくれるひとに相談できれば、自分が相手をどのように傷つけたかが分かって、その傷を癒やすために何が出来るか考えることもできるとおもいます。

板垣=まず「知る」ということでしょうか。意図的であろうとなかろうと人は人を傷つける可能性が大いにある、だからお互いに気を配りあえたら良いのかもしれない。傷ついた人が客観的にその事実を認めるのはとても苦しいことですが、そういうことを知るためにも、誰もがこれらの問題を「自分の話」として考えられるようになればと思います。

藤田=相談する人がいて、話を聞いてくれる人がいて、だめだよっていってくれる人がいれば、希望は有るのだと思います。私自身も、だれかを傷つけないように知る、あるいは誰かを傷つけてしまった時にそのことについて聞く耳を持って聞くアンテナを広く張って、それから、誰かが困ったときに寄り添って話をきいたり、伝えたり出来るようになりたいです。

板垣=本日はありがとうございました。僕自身は宿題が残るテーマです。これからも考え続けて行こうと思います。

藤田=こちらこそありがとうございました。ハラスメント、加害者としての私と被害者としての私。答えの出にくいテーマですが、こうやってお話をしたり、考え続けることが大事なのだと思います。引き続き、みなさんと一緒に勉強できたらと思います。

板垣=よろしくお願いします! 

(つづきます)

●前回までの対談内容はこちらでも見ることができます


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