紙が飛ぶ村(ショートショート)

 僕は訳あって、ばあちゃんちに住むことになった。
 ばあちゃんちはとっても田舎。バスを何度も乗り継いで山奥まで行くと、目的地のバス停に着いた。バスを降りると、ばあちゃんが出迎えてくれた。
「よく来てくれたねぇ、きょうちゃん。立ち話もなんだし、さっそくばあちゃんちに行くよ」
 僕はばあちゃんに手を引かれると、草や木が生い茂る、獣道みたいなデコボコ道を歩いて行く。やがて視界が開けてくると、あたり一面に田んぼが広がる村が見えてきた。絵に描いたような田舎だ。
 初めて見る田舎の景色に見惚れていると、背後からスゥーッと、何かが通り抜けた。ハッとなり見回すと、何の変哲もないただの白い紙がフラフラと宙に浮かんでいた。不思議に思い紙を目で追うと、近くの家に入っていった。
「ばあちゃん、いまのは何? なんで紙が飛んでいるの?」
「あれはFAXだよ。この村には電波がないから、こうして紙を飛ばしているんだよ」
 ばあちゃんは平然と言ってのけたけど、僕は納得できなかった。だって、僕の知っているFAXは、電話回線を通して紙の情報を……あっ! 僕はポケットからスマホを取り出し、電波を確認した。すると、やっぱり圏外だった。これじゃ友達と連絡取れない……。
「さあさ、もう少しでばあちゃんちだ。頑張って歩きな」
 ショックを受けている僕を尻目に、ばあちゃんは再び僕の手を引いた。

 ばあちゃんちは古い木の家だ。電波がないから、もちろんテレビと電話はない。おまけにお風呂は五右衛門風呂で、トイレはボットン便所だ。僕はとんだ田舎に来てしまったと、後悔した。
 荷物を下ろすと、外へ散策に出掛けた。何か面白いものはないかと歩いていると、田んぼの上を紙が飛んでいた。どういう原理で飛んでいるんだろうと目で追っていると、紙は僕の近くまでやって来た。僕は面白半分で紙を捕まえてみると、紙はスルスルと指の間を抜け、逃げてしまった。紙の行方を目で追うと、ばあちゃんちに入っていった。
「ばあちゃん! いま紙が飛んで来なかった?」
 僕はばあちゃんちに戻ると、後ろ姿のばあちゃんに尋ねた。
「ああこれかい?」
 振り向いたばあちゃんの手には、さっきまで飛んでいたと思われる、紙が握られていた。
「これは回覧板だよ。この村は年寄りが多くて歩いて回すのが大変だから、こうしてFAXで回しているんだよ」
 そう言うとばあちゃんは、回覧板と言っていた紙をフムフムと読み始めた。
 僕はFAXに興味が湧いた。紙を飛ばすだなんて、きっとすごいFAXに違いないと思ったからだ。
「ばあちゃんお願い! 僕、FAX使ってみたい!」
「うーん……FAXはやたらめったら使うもんじゃないからねぇ……じゃあ回覧板読み終わったら次に回すから、一緒にやってみるかい?」
 僕は満面の笑みを浮かべ「うん」と頷くと、ばあちゃんが読み終わるのを待った。
 期待と興奮で、待ち時間が長く感じる。いったいどんなFAXなんだろう? きっとたくさんボタンがついていて、触った瞬間液晶画面が現れて――とにかくすごいFAXなんだろうなと、ついSF映画に出てきそうな物を想像してしまう。
「さて、そろそろいいかな。きょうちゃんおいで」
 ばあちゃんは立ち上がると、僕を手招きした。僕は待ってましたと言わんばかりに、ばあちゃんの手を強く握りついて行く。
 襖の部屋に入った。するとそこには、期待とは裏腹にどこにでもある電話付きのFAXがちょこんと、部屋の隅に置いてあった。期待が大きく外れた僕は「はぁ」と、ため息をこぼした。
「いいかい? ここにまず回覧板を置くよ」
ばあちゃんは紙をセットする。
「ちょっ、ちょっと待って」
 僕はばあちゃんがセットした紙を手に取った。もしかすると、FAXじゃなくて紙に何か仕掛けがあるんじゃないかと思ったからだ。が、紙はどこにでもある普通の白い紙に「自治会のお知らせ」と書いてあるだけだった。本当にこれが飛ぶのだろうかと、紙を持ったまましばらく考えていると、ばあちゃんが痺れを切らした。
「そろそろいいかい?」
 僕はしぶしぶ紙を渡すと、ばあちゃんは再び紙をセットする。壁に貼ってある連絡網らしき紙とにらめっこしながら、ばあちゃんは不器用な手つきでFAXのボタンを押し始めた。
「えぇーと、次が◯◯さんちだから、この番号を入れてと……ほいきたぁ」
 ばあちゃんがスタートボタンを押すと、紙はFAXの中に吸い込まれ、反対側からゆっくり出てきた。そして何事もなかったかのように紙の全体が姿を見せた、そのとき。
 紙はビュンッと宙に浮かび、勢いそのままに窓に向かった。が、窓は閉まっていた。紙は窓に激突し、床に落ちた。
「おっと、窓を開けるのを忘れてた」
 ばあちゃんは急いで窓を少し開けると、紙は再び浮上し、窓の隙間から飛び去った。
 僕は慌てて外に出ると、紙を追いかけた。紙はゆらゆら揺れながら空を飛び、少し離れた隣の家の窓からスゥーッと入っていった。
「ばあちゃん、このFAXどうなってるの? こんなの初めて見た」
 僕はばあちゃんちに戻ると、洗濯物を畳んでいるばあちゃんに尋ねた。
「さあねぇ。ばあちゃんは機械のことはよくわからないんだよ。ただ、このFAXを通った紙は、人に想いを届けるという役目をもらうそうだよ。きょうちゃんも誰か、想いを届けたい人がいたら、FAXを使うといい」
 ばあちゃんはそう言い終えると、再び洗濯物を畳み始めた。僕はばあちゃんの言っていることの意味がわからなかったけど、とりあえず「うん」と頷いた。

 この村に住んで一週間経つと、紙が飛んでいることに違和感はなくなった。むしろ、紙が飛んでいるのを見るのが楽しくて仕方ない。
 僕は最近、ばあちゃんに頼まれて回覧板を回したり、季節の挨拶を近所の人達に送ったりするようになったから、FAX使う機会が増えた。
 ちなみに、この村にはFAXを使う上でのルールがある。例えば、雨の日はFAXの使用は禁止。紙が濡れると、シワシワになって地面に落ちてしまうからだ。あと、風が強い日も禁止。風に紙が流されてしまうからだ。ちなみに、以前僕がやった紙を捕まえる行為も禁止。「遊び半分で人の送ったFAXを捕まえちゃいけないよ」と、ばあちゃんに釘を刺された。

 この村に住んで三ヶ月ほど経ったある日、高台に登り飛び交う紙を眺めていると、緑色の何かが乗った紙に目が入った。気になって目を凝らすと、緑色の正体はバッタだった。よく落ちないなと感心しつつ、バッタが乗った紙を目で追うと、どこかの家に入っていった。きっとバッタを見て、家の人はさぞ驚くんだろうなとニヤけたが、僕はあることを思いついた。
「ばあちゃん、このFAXはどこにでも届くの?」
 僕はばあちゃんちに戻ると、お茶を啜っているばあちゃんに尋ねた。
「さあ、村の衆以外に送ったことないから、ちょっとわからんねぇ」
「僕、FAXを送りたい人がいるんだ。けど、その人はどこにいるのかわからないんだ。ちゃんと届くかな?」
「そうかいそうかい。ばあちゃんはねぇ、想いを込めればFAXはどこへでも届くと思っているよ。やってみなさい。ばあちゃんは応援しているよ」
 ばあちゃんはニコッと微笑むと、僕の背中を押した。
 僕はFAXのある部屋に行くと、紙にメッセージを書いた。そして、端に小さな穴をあけた。
 FAXに紙をセットする。番号は……何を打てばいいのかわからなかったけど、自然と指が動いた。
 スタートボタンを押すと、紙がFAXに吸い込まれていく。そして反対側から出てきて、宙に浮いた紙を捕まえると、穴に紐を通してくくりつけた。
 僕は紐を掴むと、紙に引かれて空高く飛んだ。
「いってらっしゃい」
 地上にいるばあちゃんがどんどん小さくなっていく。まるで、鳥にでもなったみたいだ。
 やがて雲の中に入ると、湿気からか、紙は濡れてシワシワになった。紙は途端にペースを落とすと、上下に激しく動き始めた。それに加え上空の強い風で、紙は左右に煽られる。僕は振り落とされそうで怖くなったけど、「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせ、紐を持つ手に力を込めた。
 雲を抜けると、そこにはたくさんの人がいた。みんな頭の上に、光り輝く輪が浮いている。
 濡れた紙は力なく進んでいく。そして紙は、二人の男女の前で止まった。
「パパ! ママ!」
 僕は思わず声を上げた。
「久しぶりだね、きょうちゃん。よくここまで来たね」
「きょうちゃん、会えて嬉しいよ」
 パパとママは僕を抱きしめると、三人で涙を流した。この時間がずっと続けばいいなと思った。でも、紙はボロボロで、そろそろ限界みたいだ。
「長い時間、ここにはいれないみたいだね。そろそろさよならだね、きょうちゃん」
「さようなら。元気でね」
 パパとママはそう言うと、笑顔で手を振った。
「やだ! ずっと一緒にいたいよ! パパァ! ママァ!」
 紐のついた紙の端は破け、僕は落ちていった――。

     ✳︎

 ばあちゃんちの煎餅布団で目を覚ました。
 これは夢だったのかな? でも、手には紙に縛ったはずの紐が握られている。
 夢じゃなかったんだ……パパとママ、ちゃんと僕のFAX読んでくれたかな?

『パパとママへ
またいっしょにあそんだり、ごはんたべたり、りょこうしたり、いろいろしたいです。はやくかえってきてね。
                          きょうすけより』


※この作品は落選作品です。
最近noteに投稿できていなかったのですが、落選作が増えてきたのでハイペースでアップできそうです笑

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