ニセ巌流島決戦(ショートショート)

「タケシ、巌流島で会おう」
あの日、俺とジローは熱い約束を交わした。
 
出会いは中一の春だった。
部活動紹介で、俺の心を射止めたのは野球でもサッカーでもなく、『チラシチャンバラ』だった。
チラシチャンバラとは、チラシを丸めて作った棒でのチャンバラもどきな遊びからヒントを得て、競技化されたものだ。
当時は正式な競技として認可されたばかりで、マイナースポーツとして世間で認識されていた。だがプレゼンで行われた先輩達の試合を見て、俺は少しだけ興味が湧いた。理由は単純で、何となく面白そうという安易なもの。
後日、練習場である教室を覗くと、そこにジローはいた。
「チラッシ」
ジローは先輩に元気よく挨拶をしていた。
「いい挨拶だ、気合が入っているな」
チラシチャンバラでの挨拶は『チラッシ』が基本。空手でいうところの『押忍』みたいなものだ。
挨拶された先輩は嬉しそうだった。部員が少ないから後輩が見学に来てくれて嬉しいのだろう。
「ところでその挨拶を知っているってことは経験者だろ?」
「はい、少年団にチラッと通っていました」
「そうか、ならお手並み拝見、今から俺と試合しないか?」
「いいんですか? チラッとよろしくお願いします」
先輩を前に、ジローの顔はイキイキしていた。
〈チラシチャンバラ、競技ルール〉
1、試合開始前、一分の間にチラシを丸めて棒を作る。(中学生以下はA4、高校生以上はA3)
2、棒が出来上がった際、審判は不正がないかチェックを行う。選手同士のチェックも可能だが「チラッと拝見してもよろしいでしょうか?」と、許可を取らなければならない。
3、チェック後はそれぞれ決められた配置につき、相手と審判に「チラッシ」と挨拶する。
4、審判の開始の合図と共に競技を開始する。また、開始前に互いに一度だけ、タイムを要求できる。その際「チラッと失礼します」「チラッといいですか?」等の声をかけなければ無効。
5、棒のどこかが先に相手に触れた方が勝ち。負けた相手はオーバーリアクションをして、負けを認めなければならない。
例「しっ、死ぬぅ」「痛いよぉ、ママァ」
ざっと説明するとこんな感じ。他にも細かいルールがあって、例えば『競技前の飲食は禁止。例外でラッシーのみ可』っていう、わけわからんルールもある。
棒を作り終え、チェックが済むと、ジローと先輩はそれぞれ配置についた。
「試合前にチラッといいですか?」
ジローは審判役の先輩にタイムを要求すると、廊下にいる俺の方を向いた。
「そんなとこで見てないで、こっち来なよ」
これがジローとのファーストコンタクト。思えばこの時のジローの目は輝いていた。まるで「今から俺のカッケェとこ見せてやるよ」と言わんばかりの目だった。
「君も見学に来たのかい? だったらこっち来て一緒に見よう」
先輩方が気を利かして教室内に招いてくれた。この時は緊張したな。
「では、はじめ!」
審判役の先輩が高らかに試合開始を宣言すると、ジローは電光石火のごとく、一瞬で先輩の身体を突き刺した。その動きは華麗で、素早く、そこにいた全ての者を魅了した。対戦相手の先輩は、一瞬の出来事にわけがわからず、立ちすくんでいた。
すると、試合を見ていた先輩達が立ち上がると、ジローを囲む。
「お前すげーよ、天才だ!」
「当然うちに入るだろ?」
先輩達は興奮気味に話した。手を合わせ拝んでいる者もいる。
しかし、それをスルリと抜けると、ジローは俺のとこまで来た。
「俺はジロー、君は?」
「たっ、タケシ」
思わず声が裏返る。先輩に圧勝したジローを目の前にして、少し緊張したからだ。
「タケシ、俺と一緒にチラチャンやらない?」
もちろん快諾した。ジローのチラシチャンバラに魅了され、興味本位から、本気でやってみたいと思ったからだ。
そういえばこの頃の俺は、ジローに憧れていたな。
 
チラシチャンバラ部に入ってみると、あらためてジローは凄まじかった。
一年から全国大会に出場し、ベスト4。二年から三年にかけては連覇した。
そして三年の時に初めて全日本選手権が開催され、そこでもジローの快進撃は止まらず、中学生ながら大人を圧倒し、全日本選手権をも制覇してしまったのだ。
かくいう俺は、ジローの練習相手を務めているうちにかなり上達し、県内ではそれなりに知れた存在だった。だが俺の前にはいつもジローが立ち塞がる。一年の時は大会に出られなかったが、二年と三年の県大会で準優勝と、それなりの成績を残せていた。だが、決戦で必ずあたるジローにはいつも勝てなかった。
憧れの存在だったジローはいつしか越えなきゃならない壁であり、ライバルとなった。
 
そんなある日、俺はジローに呼び出されると、親父の転勤で他県へ引っ越すと告げられた。
俺とジローはライバルであり友達。その事実を受け入れられなかった。
高校に行っても一緒にチラシチャンバラをやって、今度は俺がジローを倒して全国に行こうと思っていたのに……俺は泣き崩れた。
すると、ジローは手を差し伸べ、こう言った。
「タケシ、巌流島で会おう」
高校野球といえば甲子園、高校サッカーといえば国立競技場、高校ラグビーといえば花園、そして高校チラシチャンバラの全国大会は巌流島で行われる。つまりジローは俺と全国大会で戦おうと、宣戦布告してきたのだ。
ジローの一言で涙は止まり、闘争心に火がついた。
「おもしれぇ、絶対勝ち残って、巌流島でお前を倒してやる!」
「ははっ、そうこなくっちゃ」
念を込めて、ジローの手を握った。これは「男と男の約束だ」とでも言わんばかりに。
「そんじゃ、チラッと行ってくるわ」
そう言い残し立ち去ると、ジローは次の日から学校へは来なかった。
 
俺はチラシチャンバラの強豪校に入ると、一年で県大会ベスト4、二年は準優勝、そして三年でついに念願の県制覇を果たし、全国大会への出場権を得た。
そう、つまりジローの待つ巌流島へ行けるということ。
本当は一年の時から巌流島に行こうと目論んでいたが、チラシチャンバラの知名度が上がったおかげで、競技人口が増え、競争率が高くなり、高校入学時は苦戦を強いられた。
また、高校からチラシのサイズがA3になったことにより、棒を巻く時間、棒の長さが中学時代とのギャップを生み、スランプに陥った時期もあった。勝てない時期が続いて、辞めたくなる時もあったが、ジローが言った「タケシ、巌流島で会おう」を思い出すと、不思議と力が湧いてきた。
この頃から俺はA3のチラシを半分にして、A4の棒を二本にする二刀流を編み出した。ルール上問題なく、これが功を奏しスランプを脱した。
ちなみにジローは高校に入ってからも強く、なんと一年と二年で巌流島を連覇し、全日本選手権も中学から続いて三連覇中で、ますます手がつけられなくなっていた。もちろん今回も県予選を難なく勝ち残り、巌流島への出場権を得ている。
だいぶジローを待たせてしまったが、舞台は整った。三年最後の巌流島、俺がジローの快進撃を止めてやる! そう意気込んだ矢先、事件は起きた。
それは巌流島を控えた一週間前のことだった。
海外で流行している新型ウイルスが国内で蔓延してしまったのだ。新型ウイルスは感染力が強く、発熱、倦怠感、咳、痰といった風邪症状はなく、感染者は無症状のまま脳が溶けていくという、前例のないものだった。
政府はロックダウンを発令すると、県を跨ぐ移動を禁止した。そのためインターハイは軒並み中止となり、巌流島も中止。
やるせない思い、ぶつけようがない怒り、俺は泣いた。泣いて、泣いて、泣き崩れた。
やっと……やっと、約束を果たせるはずだったのに……。
だが、朗報はすぐにやってきた。なんとチラシチャンバラ協会は、VRでの巌流島開催を決定したのだ。
VRでの試合方法は従来のチラシチャンバラのルールと同じなのだが、各代表の校内にて行われる。そこで専用のスーツを着て、ゴーグルを装着すると、VR画面に自分と瓜二つの姿が映し出され、自分と同じ動きができる。近年のVR技術の発展により、動きは精密で、時差もほぼない。これを対戦相手と通信することにより、離れていても試合することが可能となる。
しかも協会が用意した背景画面はもちろん巌流島。そう、VRによって精巧に作られた『ニセ巌流島』というわけだ。
VRでの開催は不本意だが、この際ジローと戦えれば何でもいい。
俺は巌流島までの期間、今以上に練習に励んだ。
 
巌流島前日、トーナメントの発表が行われた。俺とジローは反対側のブロックだったため、戦うのは決勝までお預け。ジローが負けることはまずないが、俺が勝ち進めるのか少し不安になる。
そんな気持ちを察したのか、同級生と後輩がチラシ寿司を作ってくれた。チラシ寿司は縁起物で、チラシチャンバラをやっている者にとってカツ丼のようなもの。俺の両親は生魚が苦手だったから、今までチラシ寿司は食べたことがない。少し抵抗あったが、食べないと申し訳なかったので仕方なく食べた。
「いただきます」
みんなの想いを乗せたチラシ寿司は……クソまずかった。
俺は胃薬を飲んで明日に備えた。
 
迎えた巌流島当日、VRでの開会式を終えると、すぐに一回戦が始まった。
ジローをイメージして練習した成果が出たのか、全国大会にも関わらず、強いと感じる相手はいなかった。
初めてのVR対戦に多少不安があったが、リアルでやっているのとほとんど変わらず、むしろ楽しめた。
しかしロックダウンの影響で、部のメンバーが応援に来れないのは残念。
余談だが、顧問が用意してくれたラッシーは賞味期限切れなのか、変な味がした。
俺は難なく決勝まで勝ち上がる。決戦の相手はもちろんジロー。
念入りにチラシを丸める最中、今までのことを思い出し、涙ぐむ。
そしていよいよ試合開始前の棒チェックが始まると、ジローの棒先は折れていたが、これはいつものこと。ジローは手先が不器用で、いつも棒先が折れた通称『孫の手』と呼ばれる棒を使っている。ジローの孫の手を見るのは中学以来。懐かしい気持ちになった。
「それでは、配置についてください」
審判の声がかかると、VR画面は巌流島に切り替わる。フィールドは巌流島の砂浜。
俺はジローと向かい合うと、画面越しから伝わる気迫に圧倒されそうになる。
だが俺は屈しない、今日こそジローを倒してやる。
「では、巌流島決勝戦を開始します。それでは、両者、はじめ!」
審判の宣言とともに、ジローは孫の手を振り回し、突っ込んできた。ジローの十八番、速攻戦術だ。
しかしそれは想定内、俺は二本の棒でジローの孫の手を受け止めた。練習通りだ。
「ジロー、敗れたり」
心で言ったつもりが、思わず声に出てしまった。それほどジローとの対戦が嬉しかったのだ。
画面から見えるジローの顔は、あの時のようにイキイキしていた。
 
その後、俺はあっけなく敗れた。
負けた際に白目を剥いて思い切り「アベシ」と叫んだのが協会幹部の印象に残ったのか、後日届いた準優勝のトロフィーには俺の名前ではなく『アベシ』と彫られていた。学校は俺の栄誉を称え、トロフィーは校長室に飾られた。
決勝で負けはしたが、俺の気持ちは晴れていた。なぜならジローとの約束を果たせたのだから。
 
数ヶ月後、新型ウイルスはワクチンの誕生と共に衰退し、ロックダウンが解除されると、俺はジローのいる高校へと向かった。巌流島で俺に勝って優勝したことを祝福したかったからだ。
ジローのいる高校に着き、事務所で簡単な手続きを済ますと、案内されたのはロボット研究部の部室だった。
事務所ではチラシチャンバラ部のジローの友達と伝えたはずなのに……。
妙な違和感を胸にしまい、ロボット研究部の部室を開けると、そこにジローがいた。
「ジロー、久しぶり! 俺だよ、タケシだ! この前の巌流島は楽しかったぜ!」
俺は久しぶりの対面に嬉しさを爆発させたが、ジローの様子はおかしかった。俺の声かけに反応はなく、視線は定まらず、どこか上の空。
「話しかけても無駄だよ」
白衣を着たメガネの男が近づいてきた。どうやらロボット研究部の部員らしい。
「無駄って、どういうことだ」
「彼は新型ウイルスに感染して、脳のほとんどが溶けてしまったのです」
男の衝撃的な告白に、すぐに言葉が出なかった。でも、ジローは死んだわけではない、現にここに立っている。
いったいジローの身に何が……。
「驚きましたよね。無理もないです、彼は植物状態でありながら、我らロボット研究部の開発した特殊なチップを残った脳に埋め込むことにより、かろうじて生きながらえています」
男の言葉を聞いて、俺の心は怒りに満ちた。
「なぜそんなことを! あなたはジローの身体をおもちゃにしているというのか?」
俺は声を荒げて、近くの壁を思い切り叩いた。
「どうか落ち着いてください。これには訳があるのです。話だけでも聞いてください」
男は落ち着くよう促したが、俺の怒りは治らない。だが埒が明かない、とりあえず話だけでも聞こう。俺は苦虫を噛み潰したような顔をすると、男の顔を睨んだ。
「話って何だ?」
「彼は、巌流島一週間前に、新型ウイルスに感染していました」
「えっ? なんだと!」
そういうと俺は男の胸ぐらを掴んだ。
この男は嘘をついている、そうだ、きっと嘘だ。
「落ち着いて最後まで聞いてください。彼はわたしに『巌流島で待つ友達との約束を果たしたい。だからロボット研究部の力で、チラッと俺を巌流島に出させてもらえないか? チラッとでいいんだ』と言い、自ら脳内チップを入れる事を希望しました。脳内チップを埋め込められたジロー君は、植物状態でありながら、チラシチャンバラだけは健康体の時と同じようにできます。しかし、その他の機能は失われ、数時間に一回点滴を打って、なんとか生きながらえています」
男の言葉を最後まで聞くと、頭が真っ白になった。
ジローは……ジローは俺との約束のために……。
俺は膝から崩れ落ち、涙が溢れた。こんなに泣いたのは、いつ以来だろう? そうだ、ジローの引っ越し話しを聞いて以来だ。
すると、ジローがおぼつかない歩行で俺の元へやって来て、手を差しのべた。
まるで、あの時のように……
 
「タ……ケシ…………ガン……リュウ……ジマデ……ア……オウ」


※この作品は光文社文庫Yomeba!第18回「ともだち」テーマの落選作品です。
こんな競技があればなぁという思いと、コロナ禍で全国大会をやるとしたらどうなるんだろうと考えて書きました。

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