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人事に知っておいてほしい労働法の視点

法務で労務関係を担当しているため、時々、人事や内部統制といった部署から労働法について社内セミナーをしてほしいというオファーをいただき、講師をすることがあります。

今日は、労務に関する法改正のニュースやその他労働法に関する記事を見る際に知っておくと理解に資する労働法の視点について説明します。

1 従業員と会社の関係は契約関係です

よく、求人広告で「アットホームな職場環境です」と記載されていたり、インタビューで「従業員は家族です」と言っている経営者の方を見たりして、家族的経営といった表現もあります。

こういった背景からか色々な方と話していて意外と見落とされがちに感じるのですが、会社と従業員の関係は法的には雇用契約という契約関係になります。もう少し具体的にすると、会社と従業員は合意によって、従業員は会社に対し一定の時間その指揮命令下で労務提供をする義務を負い、会社は従業員に対しその労務提供の報酬を支払う義務を負うという関係になります。

例えば、遅刻・無断欠勤が積み重なったりすることや長期間の私傷病休職が解雇・退職事由になるのは、これが従業員の債務不履行だからです。また、会社が労働条件を一方的に悪化されることが容易でないのかというのは、それは契約というお互いの合意を変えることになるからです。

このように、労働法の目線で労使関係を理解するにあたり、当たり前のようで忘れがちな、労使関係は雇用契約関係であるという前提を認識しておくことが重要です。

2 労使関係の特徴による契約関係の変容

契約の背景には、民法上契約自由の原則という大原則があり、公共の秩序や強行法規に反しない限り、当事者間では何を合意してもよく合意した内容は両当事者を拘束するはずです。

しかしながら、実際に労働法の世界では合意すればOKとはなっていませんよね。例えば、時給100円で契約することは最低賃金を下回るため許されないとされますし、当事者同士でOKと合意しても法定外の残業時間が100時間を超えたら罰される可能性があります。

なぜそうなっているのかという背景として、労使関係の下記の特徴が関係しております。

(1)会社はコミュニティの経営者です

会社と従業員の雇用契約は1対1になりますが、会社の従業員は1人しかいないわけではありません。会社の規模によって差異はありますが、組織として利益を上げるために複数の人間が役割を持ちチームとして活動することが前提となります。人が集まり組織として活動する以上、そこに社会が生まれ、会社はコミュニティとなります。そして会社は経営主体としてコミュニティを運営しなければならないことから労働法は、会社に様々な権利を付与し、また義務を負わせたりするアレンジをしています。

例えば、会社は、就業規則に定め周知することで従業員に義務を負わせることができます。これは、本来契約であれば合意しなければいけないはずですが、多数の従業員とそれぞれ合意することのコストや従業員毎に異なることが企業秩序を害することになりかねないことに配慮したものであり、会社がコミュニティ運営者であることに由来します。懲戒処分ができるのも同様の背景になります。

他方で、定期健康診断その他様々な従業員の安全衛生に関する義務を負いますが、コミュニティの管理者として従業員の健康・安全に対しても責任を負うためです。

(2)雇用は経済政策上重要な位置を占める

近年の労働法改正の中で、人権、平等、健康といった美辞麗句が並ぶのでつい見落としがちになりますが、労働法を国が重視するのは、雇用というものが国の経済政策上重要だという点が大きいです。

生産と消費のサイクルにより経済活動が成り立ちそこで生じた利益から税金が支払われ社会インフラが維持されますが、このサイクルは雇用関係が存在し適切に機能する必要があります。生産のためには労働者の労務提供が必要であり、労働者が労務提供に得た報酬で消費をしなければ経済は成り立ちません。

近年、労働法界隈では法改正が活発ですが、これは安倍内閣の新・三本の矢の一本目の矢「希望を生み出す強い経済」からの働き方改革が背景になります。止まらない生産年齢人口の減少に対応するために、労働人口の確保のための施策と生産性向上のための施策として労働関係の法令を変えているのです。

この観点は、労働法の改正の理解だけにとどまらず、権利濫用リスクのアンテナとしても重要になります。理学療法士が育休から復帰した際に副主任から役職無しになったことについて男女雇用機会均等法等に違反すると最高裁が判断して話題になった裁判例があります(広島中央保健生活協同組合事件、最高裁平成26年10月23日判決)。

この件は、対象の女性(X)の復職に当たり、Xが戻ってくるなら自分たちは辞めるという反応が他の従業員から出てくるような状況が背景にあったりと、このような状況下でなおX氏を管理職で戻さなければ均等法違反というのは行き過ぎでないかという物議をかもしました。他方で、上記(2)の観点からしますと、個別案件の事情を考慮しても育休等が女性の労務提供や活躍を阻害しかねない事情は強力に排除しにいくという政策の方向性と合致します。

(3)従業員は会社との関係において相対的に弱者です

労働法の思想においては会社(使用者)と従業員(労働者)の関係において従業員を弱者であることを前提とします。契約という観点において、両当事者は対等であると考えられるのが通常ですので、労働法は、この点で雇用契約をアレンジするのです。

ア なぜ従業員が相対的な弱者か

背景として、現実にそうであるという点ももちろんありますが、そもそも雇用という状況においては、構造的に会社>従業員になりやすいのでこの点を説明します。

まず、資本家(ブルジョア)でなく労働者(プロレタリアート)である従業員にとって労働(雇用)は自分という労働力を金銭に転嫁する数少ない手段であり生活の支柱になります。すなわち雇用は生きる手段であり、これを確保できない不利益が大きいのです。
加えて体は一つですので、そこに労務提供している間は他に労務提供できませんので、従業員にとって会社はonly oneですが、会社側は大抵複数、場合によっては多数の従業員を抱えているので会社からすると従業員はone of themになります。この点から、従業員は会社との関係から相対的に劣位におおかれやすいのです。

また、雇用契約を締結するということは、従業員は会社の指揮命令に服する義務を負うということになります。極端な言い方をしますと、雇用契約とは会社と従業員の上限関係を構築する契約とみることもできるのです。

こうした状況から、従業員は相対的に弱者であるという前提に労働法は立つことになります。

イ この視点がどのように影響するのか

労働者は相対的に弱者であるという点は、労働法の様々な点で発現します。法令それ自体や個別の状況のいずれでももろもろ影響します。

例えば、労働組合として団結して団体交渉が認められるのも相対弱者なので集団化により強化が必要という思想が影響します。また、職安法等で会社が様々な明示義務等を負ったり最低賃金を定めているのも交渉力の差を補わないと従業員側がひどい目にあいかねないためです。

また(1)でコミュニティの管理者として様々な権限を認められる反面、不当な権力行使から相対弱者を守るという観点から、会社の権限行使については、権限の濫用でないか厳しく監視されることになります。

3 まとめ

以上をまとめますと、労働法を見るときは以下の視点でみると理解が進むというものになります。

①労使関係は雇用契約関係であり、本来は合意で成り立つ世界である。

②会社はコミュニティの管理責任者である・雇用は経済政策上重要・従業員は会社との関係で弱者である、という雇用特有の特殊性が加味されて、①がアレンジされる。




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