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1-17 concrete epic

午前3時半バイトから帰宅したおまえはパンプスを靴下ごと玄関へ脱ぎ捨てショルダーバッグと着替えの入った麻布の手持ちバッグをコートと共に衣紋掛けの脇へ放り投げると一直線にベッドへ倒れ込んだ最近干してない安物の羽毛布団のペシャンコな冷たさがじわじわと体に染み込みおまえの精神に束の間のクールダウンを告げているようでなんとも心地よい「もう疲れたもう寝たい化粧落としてないし着替えてないし明日の準備…もういいまた明日は8時半に出勤か」夕飯を食べた記憶は無いが空腹感も無い今一番おまえの体が心待ちにしているのは〝全身虚脱の許可〟だウツ伏せのまま片手で尻ポケットから携帯を取り出し画面表示を見ながらあと何時間寝れるのか逆算する「今すぐ寝たとして出勤時間を考えると3時間は寝れる電車に乗ればまた1時間寝れるから合計4時間は寝れるってこと朝ごはんは乗り換え時にキオスクで適当に済ませれば良い」おまえは枕元のコンセントから充電コードを弄り出し携帯に突き刺すと消灯もせず眠りに落ちたバイトを始めてから早1ヶ月おまえは毎日睡眠欲という生命最大の宿痾と格闘している数十年前までこの国では睡眠を悪とする異常な風潮が存在していたそれは自称進化生理学者兼霊能力者兼YouTuber(享年76歳)の著作第18作目『人類睡眠不要論』が国内で予期せぬベストセラーとなった事に始まる「悪しき睡眠欲を乗り越え24時間365日仕事に打ち込むことで人類は更なる進化を遂げる」というこの著書の果てしなく無謀なスローガンが衰退の一途を辿る経済状況からの脱却を望む国民たちには絶望の只中に刺した光のように映ったのだろう〝ニーチェが『生成の無垢』で述べたように「体系への意志」そのものが「洗練された堕落」であり「性格上の病」であるなら人間が人間になる遥か以前から生命という体系に安住し続けていることをまず止まなければならない。我々が行おうとしていることは生命システムという根本的権力への謀反なのだ(人類睡眠不要論-109頁)〟また時を同じくして自作ポルノ小説のプロット(400字詰め3〜6枚程度で内容は『巫女コス老婆リョナモブレ』など独創的なシチュエーションであるほど効能も高いとされている)の原稿用紙をペットボトルなどダイオキシン類を生成する物質と共に炭火でじっくりと燃やしその灰を集め噛み終えたチューイングガムに練り込みビー玉ほどの大きさに丸めぬか床で3日程発酵させたのち一週間冷蔵庫に入れ冷やし固形になったものをハンマーで細かく砕きボングで吸引することで脳を長時間不眠不休の覚醒状態にする効能(約168時間 )を北海道釧路市在住の建設現場作業員(当時63歳)が自殺直前に発見しSNSにアップしたところ自作可能で安価なスマートドラッグ『永眠打破』として広まり『人類睡眠不要論』から発生した不眠主義者の理念を結実させる必須のアイテムとなった普段真面目で正義感が強く世界に不平等を感じている性格の人間がこの理念に惹かれやすく意識の高いおまえもこの素晴らしい考えにすぐさま賛同し全裸に二角帽姿でボング片手の自撮りをSNSにアップし自分は不眠主義者であると世間に表明し(長時間全裸で過ごした後にドラッグを摂取することでより高い効果が期待できると言われていたことと二角帽は睡眠時間を削り絶大な成果を挙げた革命家ナポレオンへのリスペクトの表明)仕事の掛け持ち三つや四つは当たり前で昼夜問わず働き続けたがあらゆるイズムやドラッグには副作用があるわけで訳の分からない考えに冒され体を洗うことも忘れゾンビのように動き続ける姿を親族郎等から冷ややかに差別され『永眠打破』中毒者の症状である所々髪の抜け落ちた頭皮やヤクの抜けるタイミングで発生する強い反動により全身を激しく掻き毟った肌によって近隣住民からは白い目で見られたがおまえはむしろそのような世間の冷たい反応から世界の真実に近いのはこちら側であると確信していた数年に渡り信者は軒並み増え続けドラッグで身体をひたすらバグらせ人間の進化を前のめりに望み続ける神風特攻スタイルは国内のみならず世界のメディアで「生命システムへの反逆」として大きく報道されたことにより世界中に広まったその後ブーストし続けた主義者たちはオーバードースによってバタバタと満面の笑みで死に続け『人類睡眠不要論』の作者が男子高校生との援助交際と脱税によって逮捕されたあたりからブームは完全に下火となったおまえもちょうどその頃バイト先の店長から「飲食店なんだからせめて風呂に入ってくれ」と言われ口論となり相手の喉笛を噛みちぎり傷害致死罪を言い渡され服役中に母親から差し入れられた「ジャングルの王者ターちゃん♡」を読み感動し今までの行いを悔い涙を流し改心を心に誓った人間の得た真理はいつも自我という名のペテン師に唆され道を外し存在という石ころに躓くのだった出所後おまえは地元のカマボコ工場に勤務し世間の皆と同じように激しい睡眠欲に取り憑かれながら人間らしく慎ましやかな日々を送っている。

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