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【梅雨空の雨】 呑みながら書きました

「雨というものは僕が思っているよりもずっと遠くから落ちてきてるのさ」

サトルは食堂の窓の外で跳ねる雨粒を眺めながらそう呟いた。湿気の溢れる室内に行き場を無くしたかのように浮いていた生姜焼き定食の上の湯気もいつのまにか見えなくなっていて、硬めに炊かれているご飯さらに硬くなっていた。曇る眼鏡。少し顎を上げて話す仕草。わたしは何度めかの一緒の昼食でこの先きっとうまくいかないんだろうってことを感じていたのかもしれない。

「ほら。地面に落ちた雨粒がそこにあった水と合わさって高く跳ねる」

校内の書店でお互いをよく見かけたこと、ふとした気かけで一緒にお昼を食べることになっったのが先週のこと。それからほとんど毎日昼食に誘えp割れてはこうして彼の呟きを聞いている。

「角度も重要だ。まっすぐ落ちたのならこうはならないだろうからね」

彼はなかなかお昼を食べ始めない。食べ終えているのかどうかもわからない。

「将棋みたいだ」

いよいよだ。わたしは今日もこの人が食事を食べ終えるのかどうか知らないまま今日を終える。静かに立ち上がり自分の食べ終えたトレーを片付けに向かう。

「また明日。本屋で。」


よくわからない気持ちになる。話が合わないし、なのに一緒に毎日のようにお昼を食べるなんて馬鹿げてると思う。なんせ相手は食べてるのかどうかもわからない。でも毎日生姜焼き定食を頼み多めのマヨネーズを乗せてもらっている。雨粒がワンピースの肩を重くする。角度が重要だ。もしこの雨が斜めに後ろから降ってくれていればわたしはもっと早く歩くことができたのに。向かい風に乗ってわたしの足を重くするこの雨がわたしを食堂へ戻らせる。

午後の授業が始まる時間にサトルはまだそこにいた。美味しそうに生姜焼きとお肉の余熱でしなりとしたキャベツの千切りを一緒に口に運び硬めのご飯を頬張っていた。ごくりと喉を通る様子が見えて、そこに追い討ちをかけるようにもう冷たいであろうお味噌汁を飲んでいた。多めに貰ったマヨネーズはマヨネーズ単体として食べていた。この人は孤独だと思っていた。目に映っているものはこの人にしか見えないものだと思っていた。でも実際に生姜焼き定食を食べる様子は音に溢れリズムがあった。雨に打たれない場所で雨を見ながら沢山の雨粒の音を聴きながらこの人は食事をしていた。わたしのいなくなった場所で一生懸命生姜焼き定食を食べていた。

わたしはいなり寿司の2つ乗ったパックを買い、彼の食事を邪魔せぬように正面にゆっくりと座った。

「なんだ。足りなかったの?」

曇りのとれた眼鏡の奥の瞳が何度か動く。

「うん」

もう何度か眼鏡の奥が忙しなく動いて、急にピタッとわたしを見ながら定まった。

「ねえ、明日、映画を観に行きませんか?明日も雨みたいだし」

サトルは真剣な目でそう聞いて、わたしは頷いた。

雨はわたしの知らないところから降ってきているようだった。傘に弾む雨粒が隣の傘に乗ってまた跳ねた。映画を観たら雨が少しの間降り止んで、雨以外の話をし始めて。



【おしまい】





本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。