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【蓼、パンを食う】 Chapter 3


「暑いな。」

「夏だからな。駅のプラットフォームなんか最低だ。」

俺たちは東京駅で新幹線を待っていた。アボカドでも実りそうな熱気と湿度を肌に感じる。お気に入りのガラスのコップに身を浸していた蓼はぐったりと文字通り項垂れるような格好だ。

「暑いな。」

「夏だからな。東京の夏だ。室内は快適で外は室内の快適さと引き換えに暑さ上乗せだ。」

「空が低いからさ。だからこんなに暑いんだ。もっと空が高ければいいんだよ。」

「なんだそれ。その研究所はそんなこともやってるのか?」

「自然の力みたいなのをな。酔っぱらうと博士が聞かせたがるんだ。養殖場、魚とかの養殖場だ。陸に穴掘ってやってるやつ。どうしても水が腐るんだ。水流を作っても流れの回らない部分が腐るんだ。」

「まあ、あまり綺麗な水ってイメージはないよな。」

「自然に似せて作った不自然ってもんだ。博士の受け売りだが。そこでだ、養殖の池の長さと幅と高ささ。これには実は黄金比率があってね、この比率、あ、あれか、新幹線!」

やってきた新幹線を見て(どこから映像を認識してるかはわからないが、表面があることはわかった)蓼は喜んでいるようだった。カニパンとレタスのサンドイッチを蓼の昼食用に買い、自分用には柿の葉寿司と少なめのおかずが3種類入ったものを買った。蓼のための水も買ってあるし、蓼がもっと冷たいものを欲しがれば車内で買えばいい。

「焦るなよ。到着したからってすぐには乗れないぞ。乗客が全員降りたら清掃とチェックがある。俺たちが乗れるのはその後だ。」

「なんだよ。そこまでして待たなきゃならないのか?暑い。新幹線が到着してからさらに暑い。」

「暑いさ。夏だもの。で、比率の話。どうなった?」

「ああ、そうだった。ある比率にすると水が勝手に循環するんだ。自然ってのはなんだってうまくできててそれで回ってたのさ。暑いな。暑いのは夏だからって言ったけど、これはすごいな。」

蓼が弱ってきているのがわかった。口は達者だがすでに収穫された状態に変わりはない。時間は着実にやがて訪れるドアを開けようとしている。俺はそれに抗うようにグラスに水を注ぎ新幹線の扉が早く開くのを願った。


【続く】

本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。