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【R】 フィクション


スナック・クリオネ1.5周年記念企画の最後はフィクション作品です。最近よくコメントをくれるようになったメンズたちの物語!

では、お楽しみください!






【R】


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「ちぇっ。」

青年は新しく届いた依頼のメールを途中まで読み、またかといった顔で天井を見上げた。

「こんなんじゃねぇんだよ、俺がやりたいのはさ。」

アパートに置かれたオフィス・チェアをくるりと90度ほどまわして窓の外を見る。12月ののどかな午前の風景、通りに小さなバイクが走っているのが見えた。近所の肉屋の倅だろう、惣菜用の野菜を買いにでもいくのだろうか。ガラガラとしたエンジンの音はどこか懐かしさを持っていた。

「で、今日のにゃんこちゃんはどんな子だい?」

メールに添付された写真を開く。三毛猫のミリリ、3歳。小柄で眼のパッチリとしたかわいい猫だ。一週間ほど前からいなくなり、小学生の娘がひどく不安定になっている。なんとか見つけてもらえないだろうか。という内容だ。

元来動物が好きというのもあるが、青年はこの手の捜索を苦にはしない。実際に依頼の多くはペットの捜索であったし、決して豊かではないが、この生活を支えているのは確かだ。手短にメールで受領するにあたっての契約内容を貼り付け、協力することのできるだいたいの日数(その期間内に手がかりが見つからなければ諦めてください、という意味の。)を打って送った。

ベランダに出てタバコに火をつけアゴをあげて空を見遣る。肌寒いが日差しはまだ強さを残したそれは故郷の12月とは違う。少しの間であれば長袖のシャツで充分過ごせる陽気。けっしておいしくないタバコを吸い殻の詰まった缶に押し込み部屋に戻ると、すでに依頼主からの返信が届いていた。デスクトップに映る実家の愛犬を少し眺め、メールを開く。

契約内容については同意、前金は今からすぐに振り込むとのことだった。それを確認次第捜索を開始する旨を返信して、着替えながら一日のだいたいの予定を組む。まずは仕事の願掛け代わりに、銀行に向かうより先に行きつけの喫茶店で時間を過ごすことにした。

【喫茶 六番】

サングラスをかけた短い髪のマスターが今日もその店のカウンターの中でカップを磨いていた。背の高い男だ。

「やあ、ある。いらっしゃい。」

「マスター。濃いのを淹れてくれよ。」

「御意。」

短く整えられた髪に黒いジャケット。昭和の画面から出てきたようなその姿は毎日変わることはない。

「変わった豆を買ったんだ。試してみるといい。舌に苦味も充分くるし、酸味だって申し分ない。癖のある豆だから焙煎の具合に苦労したんだが、いざ良い塩梅を見つけるといつだって嬉しいものだ。」

湯が豆の中を滲むように巡り、新しい姿を楽しむように落ちていく。

「素晴らしい豆だ。なかなか扱えないぐらい我儘な豆だが、心を通わせればこんな素晴らしい豆はない。実は買い手がつかなくてうちでまとめて引き取ったんだよ。」

あるはそのマスターの言葉が自分に向けてなのか、豆に対してなのか、その境界線をうろうろしながら無駄のない所作をみつめていた。

「最後に少しの常温の生クリームを浮かべて完成だ。」

見事な一杯のコーヒー。一口目を啜るあたりにうっすらとクリームが浮かんでいる。それと一緒に口に含んでみた。確かに強いキックのある味わいだが、クリームが豆のアロマの中にある甘い部分を探しやすく橋渡しをしてくれたのを感じる。舌に微かに残る甘みが次のひと口を飲みやすくして、次第にクリームなしでもその強い味わいを素直に受け入れられるように慣れていった。

「マスター。これ、すげえよ。」

「濃いのを頼むってことは仕事もらえたんだな。」

「うん、また迷い猫だけどさ。」

「きっと見つかるさ。」


振り込みを確認して部屋に戻り、依頼主に電話をかける。普段の生活範囲を知っている限り聴き出す。最近変わったことがないか、なにかヒントになりそうなことを探っていく。頻繁に外に出るわけではなく、出たとしてもすぐ隣の四丁目のあたりぐらいまでというのはわかっているらしい。この行動範囲の中に手がかりが見つからなければ時間がかかるかもしれない。というのも四丁目は閑静な住宅街で比較的大きな家が集まっている。青年の住んでいる場所は三丁目。依頼主の家は四丁目よりの三丁目。ここは駅に近いものの住宅街として機能している。しかし駅の方向にある二丁目と一丁目には商店街やロータリー周りの店がたくさんあり、当然人や車の動きも多い。誰も猫など気にしないしアクシデントは起こりやすいと言える。駅から向かって四丁目の先にあたる地域も大きな町ではあるが、間には川が流れており離れた場所から橋を渡らないと辿り着くことができない。頻繁に外に出るわけでない家庭の猫がそこへ辿り着くとは考えづらかった。実際に家猫の行動範囲は広くても半径2〜300mぐらいである。迷ったのだからその先にいることもあるが可能性があるのはせいぜい500mだろう。おそらく三丁目か四丁目にいる。

三毛猫のミリリの写真と特徴を小さいサイズの紙に刷り、まずは四丁目と三丁目の可能な限りのポストに投函した。いつ頃見かけた、そんな些細な情報でもヒントに繋がることがあるし、何より生存情報とも言えるものだ。投稿しながら実際の地域の公園や猫の好きそうな隙間などの位置を把握していく。そしてそこを調べてみるが、結局この日はどのような猫も見ることはできなかった。

部屋に戻ると一日の調査内容を依頼主に送った。どんな情報でもあれば教えてほしいとも付け加えた。

依頼を受けた時点ですでに一週間経っていることから、トラブルに巻き込まれている可能性もある。このトラブルに関しては望まぬ目撃情報として入ってくることもある。

翌日の朝。駅前で三毛猫のミリリのビラ配りを行い、情報を集める。目撃者ゼロ。三毛猫のミリリ自体の認知度もゼロだ。家猫なので当然なのだが。日中はミリリの隠れることのできそうな場所や暖かそうな場所を重点的に声をかけながら探していく。夕方は再度駅前でビラ配りを。夜にも再度ミリリのいる可能性の高そうな場所を声をかけながら探していく。その翌日もビラ配りを行い、二丁目と一丁目のめぼしい箇所も探してみたもののなんの情報も得られなかった。三毛猫のミリリ。尻尾に特徴的な白いニコちゃんマークのような模様のある三毛猫のミリリ。見かければ同定は容易なはずだがなんせ情報が得られない。

四日目の朝もビラを配るもここまで手がかりがないと青年の中ではトラブルの可能性が多くを占めるようになっていた。三丁目の公園の喫煙所でベンチに腰をかけタバコに火をつけた。この公園にだっていてもおかしくなさそうなのにな、そう思いながら公園内の茂みなどに目を凝らして何か動きがないかチェックする。しかし垣根の低い植木の向こうからゆっくりと姿を表したのは肉屋の倅だった。配達の間に一服といったところだろう。知らない間ではないのでタバコを吸う間話でもしようかという気になった。というのもこの三日間で実際に口にしたのは「ミリリ」という名だけだったのだ。

「配達?昨日の夕方商店街に行ったんだけど店賑やかだったね。」

「はい、おかげさまで最近忙しいっす。惣菜も売れるし肉も結構売れてて。お年寄りなんかも増えてきたから町内であれば無料で配達も始めて。それが結構忙しいんっす。」

「それはいいね。うちはあいも変わらず猫探しとかばっかでよ、平和でいいんだけど。」

「猫っすか。可愛いっすよ、猫。探してあげてくださいよ、あるさん。きっと喜ばれます。」

「そうだけどさ、わかっちゃいるんだけどなんか違うんだよな、あ、そうだ。配達でいろんなとこ行くだろ。この猫なんだ。三毛猫のミリリって猫。見たことない?」

「ミリリ。ミリリあるっす。見た時あるっす。可愛い猫っす。」

「そう。ミリリ可愛いんだ。まだ実物見たことないんだけど。そこの三丁目と四丁目の間くらいの家の猫なんだよ。」

「つい何日か前見たんでまた見たら教えるっす。」

「え?つい何日か前見たの?どこで?」

「駅裏の【Cats  & Shots】っす。友達に誘われて飲み行ったっす。物騒だからすぐ帰ったっすけど、三毛猫のミリリいたっす。今週の新猫にリストされてたっす。写真一緒に撮ったりで人気っぽいっすね。」

「おおう、そこだ!すぐ行くよ!」

「あそこヤバイっすよ。物騒な噂ばっかりっす。表面は猫と一緒にショット楽しむバーってなってるっすけど、裏はヤバいっすね。」

「ありがとよ!」

青年は急いで部屋へ戻り動きやすい衣類に着替えを済ませて例の店へ向かった。


店は夜の8時かららしい。昼前に人がいるとは思えないが、とりあえず店のドアを叩いてみた。一呼吸置いてから店の中から人の動く音が聞こえて扉が開いた。

「こんにちは。わたくし猫を探している者ですが、最近この店に三毛猫のミリリちゃんらしき新猫が入ったと聞きまして。よかったら中で確認させていただけませんか?」

「は?帰れよ。いねえよ。」

ドアが閉まりそうになるところの靴を挟み、そのまま踵の硬い部分で捻るようにドアを大きく開けてさっと店の中に入ってみせた。

「てめえ、勝手に入ってんじゃねえ!」

「すいません。すぐ済みますから。」

青年は滑るように足を運び店の奥へ向かった。そこには複数の猫がケージに入れられていて、案の定三毛猫のミリリと思われる猫もいた。

「そうそう、この子です。三毛猫のミリリちゃん。返してもらいますね。」

ケージに手をかけようとした瞬間に男の拳が飛んできた。もちろんそうくることは予想していたのでそれを交わして男の背後にまわった。

「ただこの子を返してもらうだけですよ。手荒なことにはしたくない。」

「誰?誰かいんの?」

そんな声が奥から聞こえた。新たな男が現れた。目つきといい体つきといい最初の男とは違う。

「マットさん。変なやつが猫を連れて帰るって勝手に入ってきやがったんです。」

「はじめまして。わたくし変なやつではなく、猫を探している者です。この三毛猫のミリリちゃんを返していただきたくここへ参りました。」

「なんだ、そういうこと。」

素早いパンチが飛んできた。避けた。が、最初の男に脚を蹴られてバランスを崩したところに再度パンチが飛んできた。アゴのあたりに衝撃を受けてそのまま意識が後部へスライドしていった。


目を覚ます。どこかの駐車場だろうか、アスファルトを舐めるようにうつ伏せに横たわっていた。鼻と口に鉄のような味を感じる。血が出たんだろう。痛みはそれほどない。これなら大丈夫だ。両手と両足に神経を巡らせる。ゆっくりと、動くか動かないか程度の動作確認をしながら体を温めていく。問題ない。致命傷はない。骨も筋肉も無事だ。あとは周りに人がいるかどうかだ。耳も聞こえる。なんの気配もない。鼓膜も大丈夫だ。舌を口内で動かす。しっかりと血の味がする。歯もある。舌も切れてなさそうだ。ok、俺は一人でどこか外で倒れている。ここは安全だ。

立ち上がり周りを見渡す。予想通りここは駐車場で倒れていたのはその隅の方の人目につかない場所だ。駅裏。歩くと体が少し痛むがなんの異常もなさそうだ。コーヒーでも飲むか。そんなことを思いながら15分ほど歩いて昼過ぎの喫茶店へ入った。きぃ、となる扉。薄暗い店内のカウンターの中に今日もマスターがいた。客はゼロ。朝と夕方前がこの店の忙しい時間帯だ。

「やあ、ある。やられたのか?」

「ま、まあ。」

「猫の件で?」

「そうです。猫の件で。駅裏の【Cats  & Shots】って店。三毛猫のミリリがあそこにいるって聞いて。複数相手に油断してこの様です。」

「三毛猫のミリリ、健康そうだった?」

「問題なさそうですね。正直外歩き回られるより楽っちゃ楽だから。」

「でもやられちゃ仕方ない。どうするんだ、次は。」

「ちょっと休んで再挑戦。まあ、次はなんとかなるよ。それよりかマスター。今日はミルクたっぷりのやつ淹れてくれよ。」

「御意。」

マスターはミルクを温めつつコーヒーをゆっくり落としていた。その音と香りが心地よくてうとうとし始めていた頃にコーヒーが届いた。熱すぎない温度で飲みやすい。口当たりが柔らかく、ミルクの奥から豆の香りとわずかな酸味もやってきてミルクに綺麗な輪郭を描いている。おいしいな、心から思った。

「マスター。おいしいよ、このコーヒー。」

「えらい素直だな。気をつけな。あんまり評判のいい店じゃない。」


夕方6時。店はまだ開いていないがドアの鍵は開いていた。中に入る。

「なんだ、またあんたか。」

昼前と同じ顔ぶれの二人。今度は先制して子分のような奴の顔に前蹴りをかました。遠慮いらない。そして続け様に昼間ボコボコにしてくれたやつ目掛けて拳を叩き込んだ。店の奥に目をやると三毛猫のミリリはまだケージの中にいた。その隙を逃さず相手が左のストレートを伸ばしてきた。まだ昼のダメージがあるのか反応が遅れてモロに食らってしまった。間髪入れずに右の膝が飛んできた。なんとか防ぐものの体のふらつきが激しい。そのまま抱え込まれて床に投げられた。

「もう少し痛い目に遭わないといけないみたいだな。」

カチリと音がした。ナイフを抜いた音。確かに物騒な店だ。距離を保ちつつ後退する。ナイフの分だけ距離を意識しなければならない。何かものを投げるか、そう思ったが手頃なものは少し離れたバースペースにある。不利だがなんとかあそこまで動こう、そう思った時に聞き覚えのある声がした。

「おやおや、またやられそうだな。」

入り口に現れたのは喫茶店のマスターだった。

「え?どうしてここに?なんで今いるのわかったの?」

「誰だお前。仲間か?」

「ある、お前の行動くらい筒抜けだよ。心配なもんで見にきたんだ。物騒な店だからな。この店が猫をたくさん置く理由。表向きは猫と戯れながらショットを楽しめるお店。裏の顔は。」

「なんだ、てめえ!」

男がマスターに殴りかかるもそれを容易くいなして男はひっくり返った。

「裏の顔。猫を餌に依存性の高そうな女性を見つけ出し、薬を売りつける。そんなところだ。」

男が再度ナイフを構えた。

「マスター!あぶねえ!ここは俺がやるから!」

「心配するな。所詮この程度だ。たいしたことはない。」

ナイフを手に男が突っ込んできた。

「あぶねえっ!」

ズボッ。一瞬膝をかがめて低い位置から蹴り上げるようにマスターの長い脚が男の脇腹にめり込み、勝負がついた。

「ナイフ持とうがタッパの差を考えな。俺の脚の方が断然速くお前に届く。店主に伝えておけ。喫茶店が二度と悪さをするなと言っていたとな。」

「き、きっさて……まさか、あんた…。」

倒れた男がひきつった顔で言った。

「マ、マスター。あんた一体。」

「ふん。生クリームみたいなもんさ。」

そう言い残してマスターは去って行った。


三毛猫のミリリをカゴに入れて商店街を歩く。クリスマスが近いからか商店街の軒先はとても賑やかだ。肉屋で惣菜の袋詰めを手伝っていた倅に気付いたので三毛猫のミリリをみせた。

「よかったっす!」

急に空腹に気づいて唐揚げを300gとポテトサラダを買い、部屋にそれを置いて依頼主に電話をかけた。今からお届けします、そう言って電話を切る。

空はずいぶん暗く住宅街の窓から漏れる明かりがどれも幸せそうに見える。それぞれの家庭にそれぞれの生活があって、それぞれの夕食があるのだろう。三毛猫のミリリを届けたらコンビニでビールを買おう。そして唐揚げと一緒に楽しむのだ。

インターフォンを押すとすぐに駆け寄る音が聞こえて、娘が飛び出してきた。

三毛猫のミリリを渡すと嬉しそうにそのカゴを玄関に置いてミリリに触れた。

「美里ちゃん、お兄さんにお礼言わないと。」

「おにいさん、ありがとうございます。」

「いや、いいんです。仕事ですから。」

「お顔怪我されてますけど、大丈夫ですか?」

一瞬ありのままを話すかどうか迷ったが、知る必要のないことかもしれない。

「実は猫の群れと喧嘩しまして。」

「あら。」

そう言って依頼主は家の奥から傷薬を持ってきてくれた。見覚えのある袋も、だ。

「もしよろしければ、駅前のお肉屋さんで買ったんですけど、唐揚げ持って帰ってください。とてもおいしくて、いつも買いすぎてしまうんです。せっかくなのでどうぞ。」

「ありがとうございます!」

玄関を閉めると三毛猫のミリリがカゴから出た音がした。きっと娘さんも今日はミリリとゆっくり眠るんだろう。さらに200gほど増えた唐揚げ、ビールも多めに買わなきゃならないと飲む口実を作りコンビニへ急ぐ。夜の住宅街。この仕事も悪くない。

部屋に戻ると一件のメールが入っていた。知らないアドレスからだ。仕事の依頼のようなので開いてみるとそれは意外なものだった。

ある、俺だ。お前を見込んで仕事がある。何年もかかるような仕事だ。報酬ははずむ。だが危険も多い仕事だ。もし興味があれば、あす、店へ。 

食い入るように画面の文字をもう一度読み返す。左手でビールを開け、一気に飲み干した。目が覚めるような味がした。







【おしまい】


この作品は両氏の作品のパラレル・ワールドとして書かせていただきました。


スナック・クリオネ1.5周年記念感謝祭はこれにて終了!

次回から通常営業に戻ります!

みなさま、ありがとうございました!









本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。