【山海老】 手紙
お手紙、届くといいな。大好きな季節が少ししんどい季節になってきたのを感じるのですが、それでも夏はなにか特別なものだって信じています。
出会ったのはそう、想像で似顔絵かかせてもらった時ですね!頭に卵の殻を被せた絵!ずいぶん昔のことのようです。
お手紙に更なる想像の世界を挟みます。
yumetamaさんのnoteから浮かんだ世界です。
こんな世界も十分あり得たのかもって思った世界です。
たまたま人類は海老を好んだってだけで、食材としてもっと好まれた可能性は高いのかも。
【山海老】
野球の中継を流すラジオから蝉の声が聞こえる。夏休みの間に上映される映画のコマーシャルはなにも語らずただ蝉の声を奏で10秒ほどのあとにタイトルが読み上げられた。新聞紙のインクの香りが湿り始めた頃に窓から風が入り込み誰かの打ったヒットが伝えられる。
台所から香ばしく夕飯の揚げ物の香りが漂ってきて、揚げ油の粒子が虹のように輝くのに目を奪われる。どこからともなく父が冷えたビールの栓を開けて小さなグラスに注ぐ音がそこに合わさり賑やかな夕暮れ。狂熱を蒸し返す蝉の音。胡瓜を切る包丁とまな板のたてる軽やかなリズムはやがてダイナミックなオーケストラのように空気を刻む。夕飯の時間だ。
「かあさん、うまいなぁ。初モノはやっぱり特別だなぁ。」
父はそう言い、流れるような所作で揚げ物をつまみ、シャクシャクと音を立ててそれをビールで喉の奥へ流す。小さめの歯が揚げ物のがらんどうの部分を細かく砕く音。わたしの好きな音。
「うまい。出回りはじめのアブラは軽やかで、うまい。これに比べると盆明けから出回るクマは味が強いけど俺はこのアブラが1番うまいとおもう。」
二本目の瓶を持って大体の調理器具を洗い終えた母が食卓へ戻ってきた。
「山下さんちで絞った米油をいただいたんですよ。出始めのアブラを揚げるのに1番だって。」
下戸である母は生姜をおろしたポン酢に揚げ物を軽く浸して食べる。
冷房を切って夏いっぱいの臨場感を味わう。巨人が点をいれた。ザクザクと揚げ物を噛む音。がらんどうの揚げ物を歯で破り、賑やかに。
「来週は信州の叔父さんからいい土で育ったのを送ってくれるって。だいぶたくさん獲れてるみたい。網張ったらいつもよりよく獲れたって電話があったの。」
「そりゃあいいなぁ。信州のは中にいくつかアカエゾが混じってて、独特な青い香りがあって、ああたまらん!」
「まあお父さんったら、調子にのって飲み過ぎじゃありません?」
バリッ
バリッ
山海老を噛む音が途絶えることなく、会話もはずむ。陽も落ちてヒグラシの音がオーケストラにフェードインしてきて夏の始まりの1日がもうすぐ終わる。また夏がやってきた。そんな高揚感が近所からも伝わってくる。賑やかな、それはそれは賑やかな季節。わたしの大好きな季節。
【おしまい】
山海老って呼ぶとおいしそうって思って…そんなことないですか?ううっ…
今年も夏がやってきました。
yumetamaさんへ
クリオネより愛をこめて
本日も【スナック・クリオネ】にお越しいただいき、ありがとうございます。 席料、乾き物、氷、水道水、全て有料でございます(うふふッ) またのご来店、お待ちしております。