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【保護猫、凶暴につき】


「あそこです!」

近所から通報があり2丁目公園を取り囲むようにして警察がスタンバイしている。ある少年が猫を保護しようとしたのだが肝心の猫が保護に応じないというのだ。

「警察です。君、名前は?」

若めの警察官が声をかける。まずは猫を落ち着かせることが大事なのでその声は優しかった。

「にゃい」

短く猫が答える。

「住所は?」

「にゃい」

車からベテランと思われる男が降りてきて手慣れた様子で猫のいる土管の中を覗き込んだ。

「ええ、そうだとは思ってます。家猫ではなさそうだ。でもね、さっきの少年とそのご家族がね、あなたを保護したいって言ってるんですよ。」

猫の反応はない。前脚を少し伸ばして体制を入れ替えてくつろいだままだ。

「えっと、猫さんでいいかな。もうすぐ季節が変わって寒くなりますよ。その前にね、あちらのご家族がぜひ一緒に暮らしたいって言ってるんです。何か返事をいただけませんか」

「にゃい」

猫は頑固なのかベテラン刑事の問いかけにも一切のってこない。精神的な距離を一定に保っているのがよくわかる。

「カリカリもね、持ってきてくださってるんですよ。いいカリカリです。どうぞ、ここにおきますから気になった時に召し上がってください」

猫はピクンと耳を動かしたがあえて背中を伸ばして興味のない素振りを見せているようだった。そこで耐えかねたのか若手の警官が恐る恐る猫に触ろうと手を伸ばした。

「さわるにゃ」

猫は突如その体を翻しその前脚を伸ばして警官の手を引っ掻いた。

「しつれいにゃ」

「いてて」

「あらってにゃいてでばっちいにゃ」

猫は随分と怒っているようだった。ベテランは若手に余計なことしやがってと言い車の中に戻るように伝えた。

「猫さん、何か食べたいものとかありませんか。あちらのご家族がね、何かあれば用意しておくから気が向いたら食べるだけでもいいので一度家に来てくれないかって言ってるんです。家はね、この公園の向かいのあそこの角にあります。ねえ、何かありませんか?」

ベテランは今日はこれで最後にしようと思っていた。あまりしつこくするのも両者の関係を悪くすることは経験上理解していた。すると猫が尻尾を少し動かしたのが見えた。

「もも」



猫は夕暮れの日差しを遠目に思い出していた。以前一緒に暮らしていた人々と桃を食べたことを。家の中にいても季節を感じさせてくれる人たちだった。なのに若かった自分はある日突然その家を出たのだ。

雲がオレンジに焼けて遠くに浮かんでいる。その両端にさらに強い黄色が輪郭を描くように輝いている。桃の香りがした。おいしかったみずみずしい果実の香りがした。その香りがどこからきているのか猫は見当もつかなかったが、そこに魚の焼ける香りも加わってきて猫は必死に背中を丸くした。








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