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小説 : 500,000希望の日記 2/5


【5月14日 土曜日】
前回から6日も書けなかった。
今週は班長がかなり荒れたな。

というのもここでは、水道は無くて
日曜日に大きめの貯水タンクが運ばれてくるんだが
それが全員分の一週間の生活用水で、なおかつ薄く茶色い不衛生な水だ。

それを全員でうまくやりくりして
飲水として使う以外に、顔や体を洗ったり、
ひいては掃除もこれを使わされるから地獄だ。

前に書いた購買のメニューで一番人気があるのが
300希望もする、一応透明な「500mlの水道水」だろう。

水道がもしかしたらどこかに通っているのかもしれないが
俺たちに自由使用が許されているのは、
この汚い貯水タンクの水だ。

その俺たちの生命線である貯水タンクに、
人間のクズの島村班長が酒に酔ったノリで小便をしたのだ。

俺たちは本当に島村をその場で殺してやろうかと思ったが後が怖いからできない。
ただ怒りを噛み締めるしかない。
だがこの件について、
元ホストのヤスが班長に向かって「おい!」と一言言ってしまったが為に
ヤスはかなりボコボコにされて、
買い貯めてあったヤスの水を島村班長によって全て貯水タンクに入れられてしまった上に、
今日、ビールを島村班長に上納させられていた。

全く本当に島村という人間はクズだ。
ただ、ここでは島村班長と、さらにその上の本社の佐藤が正義だ。

しかしながら、俺がこの日記を書き始めたのは、そのクズの島村班長と
もっとクズの本社の佐藤のおかげだ。
まあ、おかげというのもおかしいが。

今日はここまでにしておく。


【5月15日 日曜日】
今日は急に本社に島村が呼び出されたので、
島村班長の代わりの監視役の人間が来た。


とはいえ、俺たちはその代わりに来た奴とは会話すらする事を許されず、
その代わりの奴も、「なんで俺がこんなクソみてえな現場に」と言った感じだった。


俺たちはといえば、久しぶりに人間が過ごす日曜日らしい休みに静かに歓喜し、
俺を含む何人かはヤスの手当をした。

今日は時間があるので、ここの人間について書いておく。
まあこれを読んでいるお前には意味の無い事になるかもしれないがとりあえず俺の頭の整理のためにも書く。



ここの就労施設には俺を含めて就労者が5名、
常駐の班長が1名、たまに本社から担当者が1人来る。

まずは俺について書いておこう。自分自身について日記に書くなんて保育園の宿題みたいだが、まあこういう状況だとむしろ面白い。


シゲ
俺だ。
この日記を書いている張本人であり、良からぬ事を一人で企てている。あまり調子に乗って書くと何があるかわからないからこの辺で。


俺は元半グレとしか呼びようがない事をしてきた。高校の時、突如迎えに来た半グレの先輩の車に乗っちまったが最後。そっからは上からの言いなりになるしかなく、ロクでも無い事をしてきた。
あの時、何も無いこの高校生活に到着した、さしずめノアの方舟みたいに先輩の車が見えたんだ。


だがそこからは地獄だった。内容については書きたく無いし書ききれないくらい信念に背くような感じで生きて来た。信念なんかなかったから続けられたんかもしれないが。


俺はいつの日か、そこで出会った同い年の「トシ」とタッグを組んで行動する様になった。まあ、1人でやるより効率が良かったし、何よりマジで腹違いの兄弟なんじゃねえかってくらい気が合ったんだ。


トシは優秀だった。
俺も一緒に成長できた。
ただ、俺たちは目立ちすぎたんだ。

先輩の毒牙にかかった。つまりハメられたんだ。
トシは気に入らねえ極道の命を狙ったとして、俺の目の前で撃たれた。

一瞬だった。
最後の言葉も何もかけられず、
血溜まりの中で倒れたトシを見て、
俺は悲しくて。

その次の日トシを打った先輩を刺した。

今でも血溜まりを見ると正気でいられなくなる。
おれはそういう世界での適性を失った上に殺人者になった。


ここまでにしておこう。マジで自分語りがすぎた。
流石に便所の紙を使いすぎると怪しまれるからな。
とにかく犯罪者になった俺は、全く住む次元の違うお偉いさんにとって都合の悪い事に巻き込まれちまったのか、この地下就労施設にぶち込まれたって訳だ。
ここで終わりな。キリがねえ。

ヤス
今週痛い目を見た奴。
元ホストで体も貧弱だから仲間内でもいじられたりする。
確か罪状は売春勧誘だったかな。ホストらしいぜ。

ジロウ
太ってるから動きがトロイ。ただ元営業だけあって悪知恵は働く。
こいつのせいで、俺が現場にあるフォークリフトに乗っている。
フォーク乗りとは名ばかりで、本社の佐藤が
「フォークマンだけ椅子に座るなんて不平等だ」という理由から
リーチフォークという立つタイプのフォークに、
「ジロウよりお前の方が適任だ」と島村班長から言われて
俺が乗る羽目に。案外神経使うし、何かあった時言い逃れできないからここではフォークなんて乗るもんじゃねえ。

多分ジロウは俺にフォークのお役目が行くように演技した。
こいつの罪状は空き巣だったはず。仕事中に魔がさしたのか?

角田
こいつは元格闘技をやっていてイカツイが頭まで筋肉だ。
行動的なバカが一番害悪だと聞いたことがあるがまさにそれだ。
しかもどこか島村もビビって角田にはそこまでキツくあたった所をとりあえず見たことない。

罪状は詐欺。こいつに騙されるのは相当病んでいる奴くらいだろ。

細谷
こいつだけ元大学生だった。
アイドルの追っかけをやっているうちに
エスカレートしてストーカーから障害を起こした。それがこいつの罪状だ。

アイドルにハマるなんざ俺にはよくわからない感覚だが、こいつは思い込むと他人の意見を聞けなくなる節がある。

島村班長
多分50前後の性格クズ。
どう育ったらこのような人間が出来上がるのか知りたい。
俺たちの事はゴミの様にしか思っていない。

ただ、何かトラブルがあると本社の佐藤経由で罰が下るようなので、島村班長も俺たちと同じく理不尽にさらされているのかも知れない。
本社の佐藤の犬みたいな男。


本社の佐藤
倫理観がぶっ壊れているので何を言っても、どんな感想を持とうと無駄。
人が死んでも「自分の評価が下がらなければOK」
もうこれは人間じゃない。せめてもの救いは、月に2回くらいしか会う事がないので、まだ救いがある。

ただ、こいつのふざけているところは

2日外出許可・・・ 500,000希望
と同じ希望額で

人身事故無罪(笑)・・・500,000希望
を作った事だ。

これを作ったのは本社の佐藤。
こいつが最近、悪ノリで作ったクソルールだ。
下記のやり取りは、本社の人間が佐藤以外も狂ってる事を象徴しているが、島村がおどついてんのは見ものだった(笑)

佐藤
「おい!島村!お前が一番溜め込んでるんだろ?そしたらいいルールを設定してやる!
なんと『人身事故無罪〜(笑)』!
これでは向かってきたやつを黙らす事ができるなぁおい?まあ、そうなったら一生黙っちまうがなwww面白いだろ??」

島村班長
「ええ...最高ですが、これって本当にルールとして組み込むんですかい?うちの「希望システム」は希望の盗難防止も兼ねてその辺全部独自のアプリで管理してるじゃないですかぁ...」

佐藤
「お?なんだ?俺面白く無いか?なあ?
俺は面白くないんかなーーー???!!」

島村
「いやいや!!すっごく面白いです!!でも佐藤さんの上司さんが許してくれるかなーって思いましてええ...」

佐藤
「もう通した。」

島村
「...え ?」

佐藤
「てめえ!何回も言わせんじゃねえよ!俺のカロリー返せよ!
この天才的発想は、俺の上も快諾済みだっつってんの!寧ろ社長賞まででたぜwww
サボりの抑止になるってな!!!」

島村
「わわ...           左様でございますか!!
いやいや、面白いですね!!私もムカついたらフォークリフトでこのチンカス共を粛清しちゃおうかなーー!!ハハハ!!」

佐藤
「おうよ!ハハハ!マジで面白くね?ここまでゴキブリみたいに必死に生きてきた奴が、俺が決めたルールでこの世から消えるの!!しかも仮装の通貨で許されちゃうwww明日から正式に追加しとくぜー!!」

以上がそのルールが新設された時のやり取りだ。

頭がおかしい。いやもう人間じゃねえ。
しかしだ、これは滅茶苦茶無計画が産んだチャンスでもないか?

島村が嫌がったのは、てめえが使うんじゃなくて、てめえが使われてタマを取られるんじゃねえかって心配が増えただけだったからだ。

そして島村もなんだかんだ本社に監視されている身分、加えて自堕落な性格で、そいつが500,000希望なんか貯められるなんて思わない。
貯まったとしても2日外出許可の方に使うだろうな。


ただし、これは本当にルール化されたんだ。

って事はせめてこれを使って島村を消す事で何か変わるかもしれない。


実際500,000希望貯める障壁と、本当に本社の人間が許してくれるかは分からない。
ただ、アイツらの頭が果てしなくバグっている事に賭けるしか無い。
島村をヤッたとしたら、本社の人間が何の信仰も知識も無いのに、ディキシーランド式で葬式をここでしてくれるくらいイカれている事を願う。

そして俺は、この「希望」というセンスの無い通貨名が、初めてしっくり来た。


この日から俺は島村を事故で消そうと決心したんだ。



【5月18日 水曜日】
ここで核心である俺のやるべき事を書く。
こんな日記が見つかれば俺は直ぐにでも殺されるだろう。
それか耐え難いイジメにあって精神が壊れる。
だんだん慣れてきてしまったが、前にいた地上での生活は、もう全て嘘の様に今は感じてしまう。

まあそんな事言っても始まらない。

俺はとりあえず1人でこれを計画している。
月に五万の手取りをいかに節制しても四万の貯蓄が限界だろう。
それにプラス、島村や佐藤の余興とかで理不尽に「希望」を使わされる事がある。

まあ、そうなると月に3万がいいところか。
って事は今の手持ちと合わせてあと約一年半で目標の「希望」が貯まる計算だ。

来るその日まで俺は着々と準備を進めなければならない。誰にも気づかれずにだ。

とりあえず今日はここまでだ。


続く

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