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小説:500,000希望の日記 3/5


【7月3日 日曜日】

1ヶ月以上空いてしまった。
というのも、俺が不穏な動きをしていると気づかれているような気がしたからだ。

島村班長から「お前のそのイキイキした目はなんだ!?奴隷の分際で!!」と何度か言いがかりをつけられて殴られたが、
島村の言う通りだ。

俺は通貨以外の「希望」の概念を不確定ながらも見つけてしまった事により、行動に自信がみなぎる様になっていたのかもしれない。

悪目立ちは注意だ。


それと、これも俺に原因があるのだが、
この日記の紙である、便所の紙の減りが早いと指摘があり、
「便所の紙は最後の一枚を使い切った奴が、500希望で買う」というルールが出来てしまった。

ただ、ここにいる全員、500希望を払う事すら惜しいので絶対紙は残り一枚から減らない。
流石にこれは俺が払って交換している。
しかしこの新たな出費はキツイ。しかも500希望なんて足元見やがって。水より高い。

まあとにかく今は警戒が必要だ。


【7月19日 火曜日】

今日はヤスとの作業だった。島村班長からは離れていたので会話をしながら作業ができた。

まずは先月の介抱の件についてお礼を言われた。
島村班長が俺たちの貯水タンクにふざけて小便をした時に、反抗的な態度をとってボコられた時の話だ。

その時は俺とジロウでヤスを介抱してやったが、
角田と細谷は仕事が終わるや否や自室にこもって我関せずといった感じだった。

ちなみにここの就労施設にも、俺たちが各々1人になれる三畳くらいの部屋がある。
そこで寝たり、俺は日記を隠れて書いたりしているわけだ。

話を戻す。

この終わりが見えない地獄にヤスはもう参っているようだった。前職がホストだったヤスは、水商売の派手さを覚えてしまったから、こんな不衛生で女もいない所は耐え難い地獄のようだった。

まあそうだろう。俺だってキツイ。

そんな会話をしていたら、遠くから白い作業着が近づいてきたので俺たちは黙った。

俺たちの作業着は汚れが目立たないように黒。

逆に島村班長は白い作業着だ。よく目立つ。

島村班長は、いつもそうだがこの現場にある奈落の様な穴に立ち小便をしにきたようだ。
穴の直径5mくらい。深さに至っては覗き込んでも全く何も見えない穴。しかも島村班長が毎日のように小便をするのでその穴には近寄りたく無い。

とりあえず今日はヤスと少し話す事ができた。
他の奴らともとりあえずコミュニケーションをとっておいた方がいいかもしれない。


【7月31日 日曜日】

今日は島村班長の余興に付き合った。
俺と角田と細谷と島村班長で賭け麻雀だ。

といっても子供相手みたいな接待麻雀で全く楽しくない。
島村がきったやつがロンだったとしても、それを聞くや否や「って言うのは嘘で〜」と島村はきった牌を戻すのだ。
なのに「希望」を賭けなきゃならない地獄絵。


まあ、島村班長の命令だから普段コミュニケーションを取りに来ないコイツらも出てきざるを得ない。


角田「細谷は普段何をしてるのかなっ!?」

筋トレバカの角田が唐突に会話を始めた

細谷「別に」

島村班長「細谷はアイドルが好きなんだよなー(笑)この間も「希望」を貯めて買ったエロ本を切り抜いて自分の壁に貼ってるもんなー(笑)」

細谷・俺「!!!!??」


これには正直、細谷よりも俺がビビった流れだった。
島村班長は俺たちの部屋をチェックしていたのだ。

ただ、老人特有?の「こいつ何やってんだろ〜?」程度の興味で、把握している事に意味がある感じだったので、この日記が見つかっている訳では無さそうだった。肝を冷やしたぜ。


麻雀の話に戻すと、
細谷は好きなアイドルに似たエロ本の切り抜きを部屋の壁に貼っている事を馬鹿にされて「見たのか...!!?」と島村班長に口走ってしまったためその場でボコられた。


俺は角田に「俺たちにも責任があるから角田は島村さんがやり過ぎないか見てろ」
といって俺は購買へ走った。今日が日曜でよかった。

ここは惜しい出費だがビールを買って島村班長へ渡した。
それでとりあえず落ち着いてくれたが、その後の麻雀はいつもより出費がかさんだ。まあ、想定の範囲内だ。

細谷を介抱した際、細谷は一応お礼を言ってくれたし、角田も細谷に形上は謝罪した。

今日は散々だったが、とりあえず細谷と角田と関係を持てたので良しとする。


【8月7日 日曜日】

今日は凄く前向きな気持ちでこの日記をつけている。
この狭く息苦しい地下で、ようやく希望の光を見出せた。
俺に協力者が現れたのだ。しかも2人も。
本当に久しぶりに感激で男泣きをしたが、今思えば島村班長にバレなくてよかった。


どういう事が起きたか書いてゆく。

まず、今日の島村班長の相手は角田1人だったので俺はジロウとヤスと3人で昨日のジロウが終わらせられなかった軽作業を日曜日だが手伝っていた。

というのもこれはヤスが俺に提案してきたんだ。
ヤスは案外熱い男なのかも、いやそうなんだろうな。まあヤスとしても俺たちに聞いてほしい話があったからなんだが。

軽作業を始めて、島村班長が見えない所に行ったのを確認してからヤスは話し始めた。
ヤスは島村班長と本社の佐藤をかなり憎んでいた。理不尽な事で自分や俺達がやられる事にそうとうキテいた。
そこで冗談かもしれないが、「500,000希望貯めて島村班長やっちゃいますか?」と言った。


ジロウは「あーそれ私も思ってました(笑)」
と言っていたが、
俺は正直本当に計画している事をコイツらに話していいか迷った。
なのでとりあえず話を合わせた。

そこでそれぞれの過去話になった。
ホストのヤス、営業マンだったジロウの話は本当に面白くなんだか一気に距離が近くなった気がした。

だから俺も半グレの過去を話した。
トシの事もだ。

ヤスは泣きそうになりながら聞いてくれて、トシの事をどういうやつだったか聞かせてくれと言ってきた。

俺はトシの事を話した。
するとどうだ。ヤスはトシにそっくりだった。
好きな音楽、考え方、尊敬している人間、腹違いの兄弟だったんじゃねえかってくらい似ていた。



だから俺は賭けに出た。


2人に500,000希望貯める努力をしている事を告げた。
すると2人は俺が本気なのを確認して、少し驚いた表情をした後、「島村班長の殺し方」について聞いてきたが、
正直まだいい案がない事も話した。1人では方法に限界があるからだ。


すると2人は協力する意思を示してくれた。

俺は泣いた。

本当にトシが死んで以来、枯れたと思っていた涙腺から涙が出た。

そしたら2人とも泣き始めた。


ひとしきり泣いた後、冷静に計算した。

まず、貯める「希望」について、
単純に一人で1年半かかると思っていた計画が半年で終わる計算になる。ここは多少の誤差は仕方ないが三分の一になる事は非常に大きい。


次に計画を実行する際のリスクについて、
こちらの方が正直助かる。
味方が多い方が準備も実行もスムーズにいくからだ。

まだ方法を思いつかないが、今後は3人で案を出し合おうと約束した。

ジロウは頭が良くて、ロジカルに物事を考えられる心強い奴で、

ヤスはもうトシの生き写しの様。実は正義感が強く、熱い男だった。


俺はこんな場所でこんな友人関係を築けるなんて思ってもいなかった。

島村班長には一刻も早く、俺たちの希望の刃に倒れてもらいたい。

本当に今日は久しぶりにいい気分だった。


続く

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