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小説:500,000希望の日記 4/5

【9月4日 日曜日】

ここは月末に給料が支払われる。
と言っても月に5万希望のみ。1希望を1円に換算したら、田舎のコンビニのバイトよりも悪い時給だ。鬱になるから時給計算はしないようにしている。

前回の日記からヤスとジロウが協力者となった。俺たちは給料を月に3万希望貯める事を平均で行い、来年の3月には計画を実行する約束をした。
ここでは島村班長もそうだが、本社の佐藤の突拍子もないアイデアでいくら希望が飛んでしまうかわからない。だから来年の3月までに3人で500,000希望貯める。

それを3人の目標としてやっていく事にした。
まずはお互いの貯めた希望額を見せ合った。

ここは昔、貨幣で「希望」をやりとりしていた時に、盗難、殺しが横行してしまったため、本社が指紋認証の電子決済にした。だからこの「希望」の給料だけのためのスマートフォンが各自与えられている。
と言っても、地下なので電波は無い。だから本当に「希望」のやり取りのための指紋認証か番号でロックを解くスマートフォンだ。
スマートフォンが今回の計画で希望のやりとり以外で活躍することは無いだろう。宝の持ち腐れだが仕方ない。

ただこれにも良いところがあって、お互いの承認があれば希望の移動ができるのだ。というのも、500,000希望を1人で貯める頃には嫌でも警戒されて、本社の佐藤に「ビール1ダース400,000希望だ。強制だぞ。喜べ。」とか言われるのが見えている。だから適度に散財しつつ何となくバレないように貯めるのが月3万が限界でもあるとは思っていた。それぞれ貯めた希望を、計画の決行後にすぐ俺のスマートフォンに希望を集めて佐藤を呼び出す。そこで通用するか分からないこの「人身事故無罪(笑)・・・500,000希望」に賭けて報告するしかない。書いていて頭がおかしくなりそうな賭けだが、正直これしか思いつかない。これで俺が酷い目に遭った末に殺されたとしても、人生の最後に巨悪に立ち向かって死ぬのもいいかもしれない。

今日もヤスとジロウと計画について少しだけ話ができた。一番のキモである「島村班長の人身事故に見立てた消し方」が実は思い付いていない。
多分、なんだかんだ班長も何を警戒をしているはずだ。
それと本社の面倒な部署直通のブザーと、教育室というキツいお仕置き部屋が存在する事が我々の恐怖に根付く抑止となっているのだ。

だからやるのは島村班長が気を抜いた時、一気にやれる方法を何とか3月の決行日までに探さないといけない。かなり厄介ではある。まあそれに関しては若干「何とかなるだろう」という楽観視を3人ともしている。時間はまだある。状況も変わってしまうかもしれないから。だから今はそれ以外の下準備に集中する事にした。

それと、ヤスが少し興奮気味に教えてくれたのだが、最近島村班長は俺に対して少し苦手意識を持っていると言っていた。確かに俺に対して歯切れが悪く、本社の佐藤が来た時に態度がデカくなり俺を殴ったり蹴ったりする節がある。
俺からしたら何も変わっているつもりがなかったが、ヤスは元ホストの職業柄そういった相手が持った苦手意識とかにすごく敏感らしい。

と言っても計画には若干都合が悪いのでしおらしくしなければならない。

今日はここまでにする。


【10月12日 水曜日】

最近自由に日記を書くことを躊躇っている。
というのは、ジロウとヤスから「俺たちの行動は怪しまれているはずという前提でやった方がいい」という話が出たからだ。

確かに協力者としての面は気の緩みから出る可能性がある。島村班長も監視が趣味みたいなところがあるから、余計な動きは極力控える。
とりあえず今は順調に希望を貯められている。

今日はここまでだ。


【11月5日 土曜日】

ここ最近は、細谷と角田とも接点を持つように勤めた。色々カモフラージュになるからな。あと味方は多い方がいいし、「あいつらは計画に加担させないが、もし事態が好転した時はあいつらにも恩恵があってほしい」とヤスが言ったからってのもある。
それには俺もジロウももちろん賛同した。
感動ポルノみたいで寒いが、今の俺たちにとってこれが最高の気持ちの支えだ。

細谷は、
相変わらずストイックに希望を溜めて、「エロ本・・・5,000希望」を購入している。
好きだったアイドルに似た女の切り抜きをスクラップしたり壁に貼ったりしている。アイドルの話を聞いてやったり、エロ本の不必要な部分を島村班長に撮られる前に一回借りたりして少しずつだが細谷も心を開いてくれた感じはする。

こいつはただ純粋なだけだ。計画に加担させるのは酷だろう。


角田は、
いつもたくさんの「水・・・300希望」を買っているなと思っていたが、
話を聞いたら、それは主に筋トレのために使用しているのだった。
角田に筋トレを教わることでコミュニケーションは取れたが、こいつも計画には向かない。
本当に筋トレのことしか興味がないようだった。


とりあえずはここにいる奴らの思考の仕方とかが把握できるようになってきた気がする。もう年末が近い。希望は順調すぎるくらい溜まってきたが、良い人身事故の方法がどうしても見つからない。

とりあえずは今の課題点はそこだ。


12月11日日曜日やられた。想定の範囲内だったのだが、島村がやはり俺の事を面白いと思っていなかったようだ。本社の佐藤が先月の末に来た時に、速攻俺だけが呼び出されて「お前には教育が必要だ」と島村班長の部屋の奥に存在する「教育室」に初めて通されたのだ。そこで一日中暴力から辱めまでありとあらゆる仕打ちを受けた。おかげでこうやって日記を書くのも今はギリギリのダメージを受けた。腱や指を切るような勇気は島村班長には無い。ただ佐藤はヤバい。逆にそのヤバさに賭けるしかない。当日の実行は佐藤に絶対にバレる。その時にあいつを笑わせられたら俺たちの勝ちだと思



【1月1日 日曜日】
ようやく完治もした所に昨日は年末の余興の生贄にされた。
大晦日の日に本社の佐藤は来なかったが、島村班長は居て、この日ばかりは休みになった。日本人的感覚だろうか。

ただそこでやった「洞窟探検」。それの隊員に病み上がりの俺が任命されたのだ。

まあ言ってみれば、島村班長がいつも立ちションをしている穴に命綱つけて降りれるところまで降りてみようってことなんだが、
普段ならやりたくないが、何かいいアイデアを見つけたい今の俺にとっては興味のある事だった。

ただ命綱は俺の体重を支えられるかわからない麻の紐で、それをヤスと角田が上で持っているというなんとも心許ない感じだった。


島村班長「早く行けーい!!」

島村はここぞとばかりに俺に復讐してくる。
まあいい。

俺は底が見えない穴にゆっくり降りて行った。

岩肌が剥き出しになっていて手や足を引っ掛ける箇所は沢山あった。
とはいえ危険で恐ろしい事には変わらなかった。


岩肌から崩れ落ちたカケラが、穴の底に落ちて音が変えるまでに相当な時間があった。やはりこの穴は深い。

少し降りた所で俺は上にいる連中に声をかけた。
これ以上は意味がねぇ。引き上げろと。

するとヤスと角田が紐を引っ張り出した
が、なにやら上が騒がしい。

ヤス「班長!!あぶないからやめて下さい!!」


俺はこのまま一筋縄じゃ終わらねえことはわかっていたが、
まさか島村が立小便をかましてくるとは予想だにしていなかった。

俺は島村の小便を顔に浴びながら登り切って、一直線に島村へ走って行った。

しかしここはヤスとジロウに止められ、
一方島村は「まあまあ年末なんだから無礼講無礼講」と言って、自分の学の無さを披露していた。


本当に俺はこんなやつの下で働いている事に対して怒りで震えた。


ただ、止めてくれたヤスとジロウには後で礼を言った。ここで問題を起こせば全てが水の泡だ。

しかも俺はあの穴は何かしらに使える事を悟った。
兎にも角にも、年末にジジイの小便を顔から浴びたやつは世界でも俺ぐらいじゃないか。ハハ。

とりあえずあと3ヶ月。3ヶ月の辛抱だ。


【2月5日 日曜日】
きた。とうとう浮かんだ。島村班長を人身事故に見立てて殺す方法が。

角田には本当に感謝したい。
アイツが持った純粋な疑問のお陰で、希望の光が差した。

昨日、朝7時に角田が何かをじっと見ている。

それはいつもの白い作業着で立小便をする島村班長で、俺は最初角田は気が触れちまったのかと思った。

ただ、その後角田は
「島村班長、最近ずっと7時ちょうどにオシッコするんだよなぁ」
って俺に話しかけてきた。


これだ!!これしかねえ!!この土壇場で降りてきた天啓!!!

俺は今日、ヤスとジロウと短い時間だったが話せた。

島村班長が朝7時ちょうどに大穴に向かって立小便をするクセがついている事、それを利用してフォークリフトで島村班長を押し出して穴に落とす。

男ならわかるが、立小便をしている時にとっさに身の危険を案じて動けるジジイなんて居ないはずだ。


最後の説得の文言にヤスとジロウは声を殺して笑っていたが、二人ともそれでいこうと同意をしてくれた。

もう俺に残された道はそれしかねえ。

やってみるしかねえんだ。


【2月11日 土曜日】

やばい。緊急事態だ。
今日は急に本社の佐藤が来て、ここで使っているフォークリフトを本社で使いたいから借りると言い出した。だから今月末に回収に来られてしまう。

本当にタイミングの悪い奴だ。
俺たちは呆然としたが、その場で俺が足で25と書いた。

俺は今月の25日には決行する旨をヤスとジロウに伝えたつもりだ。
察しのいい二人はリアクションこそしなかったがそれに気付いたから大丈夫だろう。


【2月12日 日曜日】

またもや事件が起きた。

細谷の精神が壊れた。

キッカケは、細谷が自室を空けた隙に壁に貼ってあったお気に入りの女の写真を破かれて床に撒かれていたからだ。

誰がやったかはわからない。

ただ、大方島村だろうと、細谷は泣き喚きながら島村に食ってかかって行った。

島村は「俺じゃねえし俺に歯向かうなんていい度胸じゃねえか」と細谷を教育室へ連れて行った。

あそこは俺も経験したが地獄だ。
本社の佐藤がいない分、俺よりは軽い体罰で済むだろうが。


案の定、細谷の精神は壊れた。

全く声が届かなくなっちまった。

島村といえば、細谷に体罰を与えた後に
俺たちを全員呼び出して「俺をはめようとしてる奴は誰だ!?」全員を正座させて順番に殴り続けた。
数えていたが、俺はみんなより5回多く殴られた。


本当に島村がやったかやってないかはどうでもいいが、細谷は大丈夫なのだろうか。

それよりも実行までにあと2週間切っている事の方が恐怖だ。冷静になれ。



続く



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