糸を手繰る





ここはどこだろう。

真っ暗なトンネル。


前も後ろもわからない。

だけど、自分の小指に1本の糸が結ばれている。


長く長く延びたそれを辿るように

僕は歩いていく。


名前も何も思い出せない。

どうして僕はここにいるんだろう。


糸を手繰る。

不安になりながらも歩いていく。


急に、自分の右側が明るくなった。


大きなスクリーンに映し出されるように

映像が流れる。


赤ん坊が家族に祝福される映像。

幸せそうな家族だった。


何処か懐かしいと思える場所で

懐かしい顔をした人たちが

赤ん坊を抱えている。


僕は歩みを止めなかった。

スクリーンは僕の移動に着いてくるようだった。


そうしないといけないと思ったから歩いた。

映像は赤ん坊の視点に変わる。


たくさんのおもちゃ。

たくさんの笑顔。


この子はたくさんの幸せに

囲まれて生きていたんだな。


時を飛ばすように

映像の中の子供は成長する。


幼稚園の時。

初めての友達ができたのだろう。


追いかけっこや、かくれんぼ。

その子の笑顔が弾けるようだった。


映像の中は幸せに溢れていた。


その子もどんどん成長する。

いつの間にか小学生くらいになった。


視点の子も同じく成長している。

お互いのランドセルを見せあい笑い合う。


たくさんの友達ができた。

あの子と会うことも少なくなったようだ。


でも、会えば変わらずに接する。

あの子はそういう子だ。


中学生になった。

視点の子も、恋をした。


先輩に恋をした、そう告げると

あの子は寂しそうに笑って。


頑張れ。


一言だけ、言葉が聞こえたんだ。


小指の糸が少しだけ熱くなった気がする。

あの子は涙を流していた。


だけど、憧れからくる恋なんて

うまくいかないものだ。


叶わなかった恋に涙を流すと

君が、声をかけてきた。


泣いてるの?


強がって、泣いてないって嘘をついたんだっけ。

不明瞭な記憶。


あぁ、ニブいな。

これは僕の記憶じゃないか。


君に出会った幼稚園。

君と過ごした小学校。

誰かに恋をした中学校。


ずっと、君は寄り添っていてくれた。


そして、映像は高校の頃へと変わる。

地元の学校。


君は放課後、校門の前で待っていてくれた。

手を繋ぐのもためらう程に僕らは純真で。


でも、手なんて繋がなくても

好きだってことくらいわかっていたから。


小指の糸を、遠くの方から誰かが引く。

急ぎたいのに、足はまだうまく動かない。


映像は、大学の頃になった。

一度だけ、大きな喧嘩をしたんだ。


お互いがすれ違って

それをうまく解消できなくて。


距離を置こうって言ったのは僕だ。

しばしの1人の時間、出した結論は…


愛しているってことだ。

わかったときには走り出していたんだ。


君を抱き寄せた。

もう離さないって。


結婚式の日。

僕たちは、たくさんの祝福を受けた。


この人を幸せにする。

そのために生きようって思った。


糸を引く力が強くなる。

少し小走りで糸の方へと向かう。


それから、たくさんの日々が過ぎていく。

君も僕も幸せに年齢を重ねる。


子供ができて、僕らは恋人から夫婦になって。

たくさんの困難もあった。


だけども、僕らはそれを乗り越えていった。

いつだって、笑顔で。


笑いジワができたと、君が僕をからかった。

それだけ、幸せな人生だったんだ。



僕は駆け出していた。

この先にいるのはきっと君だ。


愛し続けた君がいる。

僕は全て思い出していた。


君が先に逝ったことも。

そして、病院のベットの上で約束したことも。


「私が先に逝ったら、あなたを待っています」


小指の赤い糸。

僕と君の、赤い糸。


暗いトンネルはいつの間にか消えていた。

そこは、懐かしい丘の上だ。


1本の桜、その下に君が立っていた。

この桜は、僕が君に告白した時の場所。


「待たせて、ごめん」


君の背中に声をかける。

桜花が舞って

君がゆっくりと此方に振り向いた。


「       」


君の声が聞こえた。


         「糸を手繰る」

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