夫は成長教に入信している「止まらない高速エレベーター」

止まらない高速エレベーター

「来季から君はマネージャーだ」

昇進知らせをメールで受け取った、と夫は言った。
本当は嬉しい知らせのはずなのに、夫の顔は憂鬱そうだった。
夫は「出世断っていい?」と私に聞いてきた。
出世すればするほど夫の好きな現場仕事からは遠ざかって行く。

夫は勇気を出して昇進を断って、別の部署への異動を希望したが
応えはNOだった。

夫のいる会社は10年もいると同じ年に入っていた同期は1割も残らない。

夫は上にしか登らないエレベーターに乗っている。
タワマンの最上階に向かうエレベーターのように
1階の次は25階しかないのだ。
どこで止まっていいのかわからないし降りるにはとても勇気がいる。

一緒に乗っていた同僚達は、エレベーターから
飛び降りた後、
もっと早い速度のベンチャーと書いているジェットコースターに乗るか、
大根のように引き抜かれて、別の場所にある高速エレベーターに
乗り換えるかのどちらかを選んでいる。

夫はどこに着地したら良いのかわからない。
エレベーターの中は四季も天気もよくわからない。
空気が薄くなっても上の階にいくしかないのだ。

「降りたらどうなるかわからないかもしれないけど、
 飛び降りたら私と一緒に考えようよ」

夫はそう言われて、目に見えるボタンを全部押した。
その1つが緊急避難のボタンだったようだ。
上司についに辞めたいと話したのだ。
辞めるぐらいなら、一旦休もうという話が出て、
ようやく彼は休職することになった。

成長教という教団から脱会する第一歩を踏み出したのだ。

彼は、勇気を出して飛び降りて、私たちは、
薄っぺらいけどマットレスを引いて受け止めた。

降りた先にはちゃんと地面がある。
私と娘はマットをひいて彼が降りてくるのを、
ずっと待っていたのだ。

夫は会社を休んで毎日を私たちと一緒に過ごす。
時々日差しが眩しそうにしている。
長い間エレベーターに乗っていたから、
地上の光が眩しいのだ。目眩やふらつきもまだある。

夫は毎日ベビーカーに子どもを乗せて散歩をする。ベビーカーは彼と娘のペースでゆっくりとまっすぐに進む。上にあがることはないけれども、ゆっくりと私達の行動範囲は広がっていく。


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