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BUoY の木工造作の話

建築をやっています佐藤研吾です。BUoYの立ち上げの頃から室内のデザインと工事をやらせてもらっています。今は福島県の方に拠点があり、昨今の移動がしにくい状況もあって、なかなか東京のBUoYに行って公演を見たりすることができていないのですが、ボツボツと、BUoYを運営されている方々と細かなやり取りをしたりしています。

実はおよそ1ヶ月ほど前に、2階のギャラリーの扉やカフェの什器などのちょっとしたメンテナンスのためにBUoYへ行きました。いくつか木組みが緩んでいる部分があったので、叩いて部品をまた固定し直したりの作業。2年ほど経ち、木を使った部分は飴色のように濃い艶が出ていました。工事の時に仕上げとして塗った柿渋の経年変化によるものです。

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またカフェのカウンターや、コーヒーを入れるドリップスタンドなどにはコーヒーのシミやキズ跡だったりがポツポツと刻まれていました。けれどもなんとなく、木の飴色の艶と、コーヒーのシミは相性が良い。柿渋の塗りムラなのか、木目なのか、コーヒーのシミなのか分からない、あるいはそれらがうまく重ね合わさったような部分もありました。世の中にはコーヒー染めという布の染色もありますが、その仕上がりは柿渋染めとけっこう似ているので、コーヒーと柿渋が調和するのは当然といえば当然かもしれません。ただ、カウンターの天板などは、少し摩耗して木の素地が見えていた気がするので、どこかで柿渋と蜜蝋ワックスの塗り直しをやってもいいかなと思いました>BUoY Cafeの方。

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コーヒーのドリップスタンドは、上段の穴の開いた板が横のクサビ(三角形の部品)が突きささることで固定されています。すこしその部分が緩んでいたので、さし直しました。


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BUoYのある建物は、かつての東京オリンピックの年である1964年に建設されました。建設当時、田んぼと平屋の家々が広がっていた千住の地に、全高11階建という大きな団地はかなりシンボリックで異様な姿だったと想像します(たぶん印象としては、BUoYのトイレの前に立つとても背の高い緑の壁のような感じ)。

BUoYはその団地の低層部に併設された、ボーリング場とサウナのフロアを改修して生まれました。2階は元々ボウリング場であったことを生かした細長い形状のカフェとギャラリー、そして稽古場スペース。地下は演劇やダンス公演を行う広い空間になっています。どちらも水道電気空調などの最低限の設備工事を施し、その他の内装については要所のみ手を入れました。特に地下の内装はほぼいじっていません(床に塗料を薄く塗ったくらい)。

2階のカフェまわりは、前述の通り、木を使ったいくつかの要素が、広いフロアの各所に散りばめられています。BUoYを訪れるさまざまな人たちが入れ替わり立ち代わり同居し、また演劇=複数人の重なり合いという状況を、モノの世界でも再演できないかと模索した形でもあります。コーヒーを淹れる人、コーヒーを飲む人、ただそのへんに座っている人たち。その傍で、カウンターやイス、そして扉や衝立などが勝手気ままに、舞台の稽古か小芝居を 演じる。そんなモノとヒトが入り混じる場へ向かってほしいと思っています。


2021年4月

佐藤 研吾

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BUoYの玄関扉。室内外共に取り付けられた大きな木製の取手部品は、BUoYオープンからおよそ1年ほど経ってから取り付けました。道からはすこし奥まっているところにありますが、内側から外に向かってオーイと呼びかけているような。訪れる度に、気になる造作です。


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