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BUoY Radio #3 布施砂丘彦の失敗


BUoY Radio 第3回目は、コントラバス奏者の布施砂丘彦さんによる演奏とテキストをお届けします。


トム・ジョンソン
《失敗 ~コントラバスのための非常に難しい小品》
《合理的な旋律 第1番》より

 トム・ジョンソン(Tom Johnson, 1939-)は、フランスで活躍するアメリカ人作曲家、批評家。モートン・フェルドマンに作曲を学ぶ。1971年、批評家として、スティーブ・ライヒやフィリップ・グラスを紹介した。翌年1972年には、《4つの音のオペラ》で作曲家として成功を収める。これはタイトルの通り、4つの音だけで構成された非常にミニマルな作品である。1983年にフランスへ移住。
 《失敗 ~コントラバスのための非常に難しい小品》は、1975年に、ニューヨーク・フィルハーモニック副首席コントラバス奏者(当時)のジョン・ディークのために作曲された。世界的コントラバス奏者ゲーリー・カーが演奏したことからも有名で、英語圏では演奏される機会が少なくない。日本語による演奏は、溝入敬三(CD「コントラバス劇場」2003年、ジパングプロダクツ株式会社)と故・都筑道子(CD「Sweet & Low」2006年、NAVI)が行っている。
 《合理的な旋律》は1982年の作品。

企画・出演 布施砂丘彦
制作 ムジカネアン
   相馬巧/ヒビノアヤコ
録音 増田義基(BUoY)


「布施砂丘彦の失敗」ー問いとしての音楽

 はっきりいって、この《失敗》という作品の演奏をひとびとに聴かれることは、とても恥ずかしい。
 われわれクラシック音楽の演奏家(のほとんど)は、常に、聴衆に「成功した音楽」を聴かせることを目標としている。それは、音程やリズムが正確であるということだけでなく、音楽的な表現に「成功」しているということだ。誰も「失敗」は聴かれたくない。
 しかし、この《失敗》を演奏すると、必ずや「失敗」に出会う。実際、今回の演奏もそうとう「失敗」している。これは一発録りだ。途中で明らかに言葉に詰まったり、音を間違えたりした。クラシック音楽の演奏で未だかつて聴いたことがないようなリアリティが、ここにはあるだろう。演奏したわたしにとっては裸を見られるような恥ずかしさである。

 この作品を演奏することーーすなわち「失敗」することに恥ずかしさを覚える理由は、クラシック音楽の演奏家が常に「成功」を求めているからだ、と先に述べた。言い方を変えれば、多くの(バッハからシェーンベルクくらいまでの、いわゆる)クラシック音楽の演奏には「答え」が求められている。そこには「美しい演奏」や「音楽的に優れた演奏」という観念があり、演奏家も聴衆も、その「極上の答え」としての演奏を求める。即興的で自由なアンサンブルでさえ、だ。そこで見たいものは「知らない答え」であったとしても、「間違え」や「答えまでの過程」ではない。
 しかし、芸術の持つ役割は、「極上の答え」を魅せることだけではない。肉薄する「問い」をひとびとに突きつけることもまた、芸術の大きな役割のひとつである。

 ソーシャルネットワークを前提とした情報社会に生きるわれわれは、インスタントな「答え」にしがみつきやすい。ものごとが動くスピードが速すぎる以上、早急な「答え」が必要なのは明らかで、それは一概に悪いこととはいえない。
 しかし、ひとびとが文化的な営みをするためには、「問い」もまた、必要なのである。
 だからわたしは、音楽によって「問い」を作り出そうとしてきた。このことは、わたしが企画したいくつかのコンサート、「「終わりなき終わり」を「変容」する」(2020年8月、森下文化センター)や「歌を捨てよ 分断を歌おう」(2021年1月、北千住BUoY)にご来場いただいた方には明らかだろう。これらの公演では、それぞれの作品が意図しない形で出会うこと、すなわち異なる「答え」を組み合わせることで、結果的に聴衆のなかで「問い」が生まれることを狙った。

 《失敗》は、それ自体が「問い」である。聴けば分かる通り、そこに「答え」はない。これが演奏者を辱める所以でもある。
 この作品がひとびとに突きつける「問い」は、紛争だとか差別だとか環境問題だとか、そういった高尚なものではない。もっとバカっぽくて、シンプルだ。

 この音楽を聴くことによって、わたしの数々の「失敗」を笑ったあと、少しでも何かを思考するきっかけとなったら、わたしも恥ずかしい思いをした甲斐がある。


布施砂丘彦
 1996年生まれ。東京藝術大学卒業、桐朋オーケストラ・アカデミー研修課程修了。10代の頃より都内のプロオーケストラに客演している。古楽器での演奏活動や研究も行なっており、オルケストル・アヴァン=ギャルド首席コントラバス奏者。時評「音楽の態度」で第7回柴田南雄音楽評論賞奨励賞受賞。これまで企画制作した公演には、「「終わりなき終わり」を「変容」する」(2020年8月、森下文化センター)、北とぴあ国際音楽祭2020参加公演「ベートーヴェン、交響曲前夜」(2020年11月、北とぴあ)、「歌を捨てよ 分断を歌おう」(2021年1月、北千住BUoY)などがある。ミヒャエル・ハイドン・プロジェクト主宰。
twitter @Stift_St_Floria
note https://note.com/sakuhiko_fuse

ムジカネアン MUSICA NÉANT
 現代音楽作品を中心に演奏活動を行うアートコレクティブ。主なメンバーは、思想史学者の相馬巧、コントラバス奏者の布施砂丘彦、音楽家の川崎槙耶、俳優のヒビノアヤコ。


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BUoY Radio、次回は7月中の更新を予定しています。

BUoY スタッフ 増田

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