1.君に俳優を志すのをやめさせたい


 最初に断っておきたいのは「芸能界の厳しさ」の話ではありません。上下関係がえぐいから、ドラッグや枕営業が蔓延してるから、利権が渦巻いているから、そういう話を知りません。あくまで演じる事はどういう事かというお話です。それから、プロなら役の為に15キロ増量減量するのが普通、演じる為に抜歯、整形をいとわない覚悟も必要、とか、そういうのでもありません。
 とにかく、これまで聞きなれない話のはずです。

 知れば知るほど、まだ大半知らないうちなのに、俳優っていうのはとんでもない職業だと思います。世の中屈指の困難な仕事の部類に入ると感じます。そしてその職業とそれを目指す人達とのギャップがもっとも激烈な職業じゃないかと感じます。
 例えば、大家族のお母さんが「急に思い立ったよ」と。一日合計30分しかない隙間時間に効率よく勉強することで「NASAで大活躍するつもり。初歩的な英会話もできるし」と真顔で言ってる感じです。週末だけ草野球チームの準レギュラーが「そろそろメジャーリーグで大抜擢されなきゃ不公平だ」と嘆いてる感じです。ウソだろ、と思うかもしれませんが、本当にそうやって信じてる人がたくさんいるのが「俳優目指したい」ワールドです。もちろん、どの分野にも天才の人はいますが、そうでない大半の人に向けて伝えたいのです。

  演技に関する素晴らしい書籍は国内外割とあります。でもその内容は実際の演技の作り方や、身体的なコントロールの話がほとんどです。

 一番大切な部分、役者の仕事で食っていこう、と覚悟を決めるまでに知っておく事についてはほとんど触れられません。だって当たり前じゃん? という扱いです。ならばそのあたり前を、素人らしく説明しよう、という試みです。実際、初めて仕事で演出らしい演出に挑戦した時、事務所絶賛売り出し中の若者に「役者って何をがんばればいいかわからない」と言われました。当時は何も応えてあげる事ができませんでした。

 そうです、私についえ言えば、……どこかにしっかりつかまってください。コケないように。つかみました? 演技についてちょろっとだけ勉強しただだけのアマチュアです。……大丈夫ですか?
 先の新人売り出し用のショートムービー依頼され、うまくできなかったのをきっかけに演出を勉強し始めました。その当時は脚本の仕事をしていました。滑舌や身体のコントロールについてほぼ知りません。私自身は人前で演技することはできないので、その身体技術について、俳優の仕事全体のどれくらいを占めるのか想像の範囲を超えません。それなのに、です。その後たったの数本の自主制作とたったの6人の役者(芸能を仕事とする人4人、バイトと合わせている人1人、学生1人)と点々と実験会などをしてきただけなのに、です。素晴らしい演技の本も数冊読んだだけなのに、です。
 逆に言うと、ちょっと勉強しただけでそう感じるわけです。俳優になりたい皆さん、覚悟足りなさすぎだと。何をすべきか知る環境もない、と。自分の実感を根拠にタイトルのような事を言い張りたくなりました。

 演技にもあらゆる種類がありますが、ここで私が「理想の俳優」とするのは、いわゆるオスカーを取りに行くような俳優です。

 聞こえてきましたよ。「正気か? 素人のあんたがオスカー並の演技について語る? 誰も聞かないよ。無責任に夢を奪うんじゃないよ」と。残念ながら至極本気なのです。多くの人に自分が最大限活躍できる場所に早くたどり着いてほしいから。演技の世界はこれでもか、これでもか、と特殊です。あなたには他にもたくさん得意な事があるはずで、それを生かせる場所を本気で探しましたか、と。あなたを最も輝かせる場所は、本当に演技の世界ですか、と問いかけたいのです。
 やっぱりここしかない、となったら是非頑張ってほしい。真に心揺する日本人の演技をたくさん見たいです。

 宇宙飛行士になりたい、外科医になりたい、裁判官になりたい、メジャーリーガーになりたい、少しくらい思っても、努力する前から諦める人の方が多いかもしれません。目標と自分との距離感が想像しやすいからです。誰も月まで歩こうと思いません。俳優業はそれらの夢のような職業と同じ程度に夢のようなのに、諦めるのが難しい。一番の理由は困難さがイメージしにくいからだと少し足を踏み入れた今思います。結果、長期にわたって拗らせやすいのです。いま「俳優を目指す!」と意気込んでいる人達にできるだけ具体的に難しさのイメージを見せる事ができたら、覚悟できる人は数パーセントも残らない気がしているのです。
 候補の消去だって愛する何かに近寄る為のひと漕ぎに違いありません。早く気がつけば人生の早いうちに舵を修正できる。あがけば、心から打ち込める、この道だけが、自分を生かすと思える場所にたどり着くかもしれない。何様だ、と思われるだろう、と恐れ入りつつ、最後まで読んで貰えればこのから騒ぎが愛ある、意味あるものだと分かってもらう自信もあります。

ここで目指すのは、
・表現に興味のある人に再考する機会になる事。
・すべての人に俳優業ってメジャーリーグで活躍するくらい大変だなあと感じてもらう事。
・外見が平均よりいい、人気者になりたい、など漠然とした理由で売れる俳優を目指していた人がやめる決断をする手助けになる事。
・表現に興味あるものの、手段を選びきれない人が、俳優業の可能性を消去する、または覚悟を持って選択する事。
・何も考えずに読んでみたけど俳優を目指したくなる事。

 俳優業は他のヒーローな職業に比べて、得意分野が既存のカテゴリーにおさまり切らず、曖昧です。大変な困難を伴いますが、逆に言えば、人の心に敏感で創造性と体力と熱意がついてこれば、地位も名誉も学歴も家柄も(本当の)誠実さも外見も年齢も前科も関係なく、全ての人にごくごく薄っすら可能性がある、と言えると思います。こんな文章を読もうと思い立ってくれる人がごくわずかでしょうが、隣りに俳優になれそうな人がいたらここを読むようにと、是非すすめてください。ふふ。

 次回はこれを書くに至った経験についてです。「落ちやすく這い上がりたくない穴」是非続けて読みに来てください。

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