「フラワー」第一話

あらすじ
 シングルマザーのもろこと、一人息子の縞男。もろこは職を転々としながらなんとかやってきたがいつもお金がない。さらに父親がわからない妊娠をしてしまう。元同級生のバイク死亡事故の現場に偶然居合わせた事から、とっさにお腹の子供のお父さんは元同級生だ、ウソを言い、堕胎費用のお金を工面しようとした。同級生の母親は息子と2年音信不通だった事もあり、喜ぶ。さらに母親知恵はがんだったため、残り少ない余命の中で赤ちゃんに会うの励みにする、という。もろこはすぐに子どもを堕胎するが、知恵の小遣いも魅力的だった為、腹に小麦粉を詰めて「知恵が亡くなるまで」偽装妊娠を続けようとする。そんな中、息子の縞男は心のバランスを崩して行き、もろこは行動を起こさなければならなくなる。

『』
 
《 登場人物》
 
東口もろこ(28)  縞男の母親
東口縞男(しまお)(11)   小学5年生
桜木清彦(58)   元春父
桜木知恵(58)   元春母
柳(りゅう) 波(ぽー)(30)    元春の元恋人
桜木元春(28)   もろこの同級生 
坂井(50)     女性看護士
ひとみ(24)    OL
女性A
青年A
女性B
青年B
サラリーマンA
サラリーマンB
女性C
警察官
居酒屋店長
女性D
女性E
従業員1
従業員2
サラリーマンC
サラリーマンD
老婆
女性客
男性客A
男性客B

1 暗闇に響く心臓の音
 
2 産婦人科病院・診察室
婦人科の診察台上の東口もろこ(28)、目を開ける。
 
3 同・前の道
歩道の桜並木が美しい。
道端の縞(しま)男(お)(11)、病院にお腹の大きな妊婦が入っていくのを見ている。
お嬢様風の女性A、病院の扉から高級スーツの男と出てきて
男性A、女性Aの頭を撫でながら安堵の表情。
女性A「ホッとしてる! 絶対、できてなくてほっとしてる」
女性A泣きだしそう。
男性A「バカ」
男性A、怒ったふりをしながら女性Aを抱きしめ、
二人歩いていく。
縞男、カップルを眺めながら縁石に腰掛ける。
渋谷のギャル風の女性B、自分の腹に手を当てながら病院から出て来る。
車道を横切って紫色の作業服でかけてくる筋骨隆々の青年B。
青年B「リンダ!」
女性Bにかけよると女性B少しはにかんで頷く。
青年B、女性Bを抱き上げ、グルグル回転する。
縞男、冷静に眺めている。
産婦人科の扉が再び開く。
もろこ「来てくれたの! できちゃってた」
縞男、すっくと立ち上がる。
ギャルカップル、目を丸くして縞男を見る。
縞男、やっぱりというように頷く。
縞男、行こう、と歩き出す。
もろこ、小走りに縞男についていく。
A、Bのカップルが呆然ともろこと縞男を見送っている。
 
4 電車内
郊外の景色流れる車窓。
もろこ、縞男、扉付近に立っている。
もろこ、縞男をつつく。
縞男、そっけなく手を払う。
もろこ「怒ってんのー」
縞 男「……」
3人座りの優先席が真ん中に老人を残して空く。
もろこ見て
もろこ「縞男さん! 縞男さん!」
縞 男「あと駅一つだよ」
老人、端に寄る。
もろこ「あ、ほら、縞男さん!」
縞 男「声(でかいよ)」
縞男、老人に会釈しながら渋々座る。
もろこと反対側を見てひじを突く縞男。
もろこ、それを見ている。
もろこ「たぶん、ヒー君かタツ兄」
縞 男「……」
もろこ「赤ちゃんのお父さん」
縞 男「なんですぐそうなっちゃう」
もろこ「お酒入ると、すぐついて行っちゃう、ってなんか、なんとなくバレてるなあ、最近気が付いた。新しい人に会ってもみんなそれ知ってる感じ。で、本当についてっちゃう」
縞男、ため息をつく。
もろこ「もう、だから、これから気をつける。遊びに行くの月1やめる」
縞 男「三か月に一回」
もろこ「……2か月に1回?」
電車が減速する。
縞男立ち上がる。
もろこ、太目のヒールで立ち上がると、電車の揺れでもろこの席に座ろうとした大柄のOLひとみ(24)の脚を踏んでしまう。
ひとみ「イタッ」
もろこ、ヒョコと頭を下げる。
ひとみ、怒りの表情で席に座る。
扉が開き、縞男降りていく。
もろこ、降りようと扉へ行くがひとみ、席に座ったまま、もろこの薄手のワンピースの裾を掴み引っ張る。
ひとみのこぶしがフルフルと震えている。
もろこ、両手でワンピースを引っ張り返す。
今にも破れそうなワンピース。
扉が閉まる合図の音楽が鳴る。
縞男気がついて戻ってくる。
ひとみが手を離し、もろこ、勢いで扉近くに倒れて頭をぶつける。
縞 男「もろこさん! だめ!」
縞男、もろこを掴もうとするが、間に合わず。
もろこ、すごい勢いでひとみの頭に頭突きをする。
ひとみ「イターイ!」
もろこ、縞男、閉まるドアすれすれで飛び降りる。
もろこ、逃げるように走る、縞男追いかけていく。
 
5 駅前商店街
もろこ走って来る。
縞男、追いつき、何か怒っている。
もろこ、縞男の肩を抱く。
タイトル『フラワー』
 
6 東口宅アパート・前
 
2階建て、木造の古いアパート。
表札に「東口もろこ」「縞男」と並ぶ。
ドア前でポケットやカバンをゴソゴソするもろこ。
縞男、郵便物を持ち、手に持ったもろこのパンツのゴミを払いながら来て
もろこ「あれ!」
縞 男「もろこさんが干すといつも何か落ちてるよ」
もろこ「どこに落ちてた?」
縞 男「下の駐車場」
もろこ「これ恥ずかしいやつ……紫のやつならよかったのに」
縞男、首にかけた鍵を出し、開け、もろこを先に入れてやる。
もろこ「どっちかっていったらよ」
縞男、続けて入る。
 
7 同・中
6畳、4畳半、キッチン。
縞男、洗面所で手洗い、うがいをする。
もろこ、雑に干された洗濯物を取り入れる。
その中に紫のパンツも。
部屋いっぱいの洗濯物。
もろこ、テレビのチャンネルを選ぶ。
縞男、来て、テレビの電源を切り、器用に洗濯物をたたみ始める。
縞 男「で?」
もろこ「で?」
縞 男「いつ生まれてくるの」
もろこ「生まないよ」
もろこ、テレビをつける。
縞男、テレビを消す。
もろこ「……」
もろこ、洗濯物を雑にたたみ始める。
縞 男「どうして」
もろこ「お金ないじゃん! あーでもおろすにしても金要るなー」
縞 男「避妊は?」
もろこ「もう知ってるんだ、もう、そういう話してんだ。してるか5年生だもん」
もろこ、縞男の穴の開いた靴下を見つける。
縞 男「我慢してないんだよ、色々」
もろこ「……」
縞 男「考えないの? 危険日とか」
針と糸を探しているもろこ、大笑い。
縞男、もろこにたたまれた洗濯物をたたみなおす。
もろこ「……タイミング悪いなあ。昨日バイトクビになったし」
縞 男「カラオケ屋? なんで!」
赤丸がついた壁のカレンダーを繰りながら
もろこ「レジ間違えすぎ? とかっていきなり来なくていいって。あームカつく。母子手当の入金まで結構あるなあ」
縞 男「どうすんの……」
もろこ「どうしよ。ポスティングだけじゃ食費にもならん」
もろこ、靴下の穴を裁縫で修理し始める。
縞 男「……僕も『できちゃった』んでしょ。なんで僕は生んだの」
もろこ「迷ったよ。でも一人ならなんとかなるかなって。お金とか。なんとかなってるよね? 微妙?」
縞 男「順番で決めるの? じゃ、僕が2人目だったら産んでないの」
もろこ「そんなの、考えた事ない。縞男さんて、なんか、すごい。私の子供じゃないみたい」
縞男、洗濯したもろこのスカートから出て来る腕時計。
もろこ「あああ! カルチェー!」
縞 男「偽物でしょ」
縞男、離れる。
もろこ「縞男さーん怒ってんのー」
縞男の声「順番なの? そんな簡単な事?」
もろこ、縞男に修理した靴下を見せる。
目をそらす縞男、ドアを開けて。
もろこ「どこ行くの」
ドアのしまる音。
縞男、再び戸を開け。
縞男の声「しょうゆ、きれてんの」
残されるもろこ。
 
8 住宅街(夕)
一人歩く縞男。
後ろからポスティングしながら走ってくるもろこ、縞男を追い越して振り返り、にっと笑う。
縞男、見ているがもろこからいくらかチラシを受け取ると反対側にポスティングしながら歩く。
家が途切れると、2人、並んで歩く。
 
9 野原前カーブ
片側が広い野原。
もろこ、縞男歩いてくる。
2人の目の前に古フェイスのヘルメットを被って倒れている寺西元春(28)。
もろこ「え!」
縞 男「あれ」
縞男が指さす方向、十数メートル先に倒れたバイク。
もろこ「事故ね……大丈夫ですかー」
動かない元春。
もろこ「きゅ、救急車?」
もろこ、携帯を取り出す。
縞 男「止められてるんじゃなかった」
もろこ「そうじゃん」
縞男、駆け出しながら
縞 男「お金なくてもかけられるよね?」
縞男、公衆電話に入り、電話をかける。
もろこ、そっと元春の手に触れるが、すぐ手を引っ込める。
縞男、戻ってくる。
もろこ「もう冷たい」
縞男、元春に近づこうとする。
もろこ「死んでるってば」
×     ×     ×     
救急隊員が到着する。
もろこ「もう死んでるみたいで」
救急隊員、もろこを無視し、適格に処置を施していく。
もろこと縞男、処置をじっと見ている。
元春のヘルメットが脱がされる。
目を閉じた、元春の顔。
もろこ、目を凝らして
もろこ「……ん? 元君?」
縞 男「知ってる人?」
もろこ「うーん」
救急隊員「知り合いの方ですか」
もろこ「違うかもしれないんだけど」
もろこ、救急隊員に元春の鞄を持たされ、促され、救急車に乗り込む。
もろこ、ドアを閉めようとする救急隊員にさからって、縞男に千円札を渡しながら
もろこ「すぐもどるから醤油だけお願い……ニラともやし」
縞男頷き、救急車を見送る。
救急車のカーテンから垣間見える、必死の心臓マッサージ。
 
10 救急車内
元春の顔を見ているもろこ、元春の鞄の中の財布を取り出し、免許証を確認する。
「寺西元春」とある。
 
11 総合病院・廊下
暗い廊下の奥から聞こえる年配の女性の嗚咽。
メモを取る制服の警察官と話をしているもろこ。
もろこ「特に、そういう事はみませんでした」
警察官「ご協力ありがとうございました」
警察官、去る。
もろこ「……帰りの交通費とかは?」
不満気なもろこの背後に桜木清彦(58)が立っている。
ヒョロっと貧弱そうで髪は薄く、シャツをズボンに入れ、眼鏡をかけたまじめそうな男。
もろこ「びっ! くりしたー」
清 彦「あなたが連絡して下さった?」
清彦、目を合わせて話さない。
もろこ「はあ」
清 彦「ありがとうございました。元春の事」
もろこ「本当に申し訳ないんですけど、突然救急車に乗って、帰るお金を忘れてきちゃって、あの、貸してもらえたら」
清 彦「ああ」
財布からお金を出す清彦、その腕に高級腕時計。
もろこ、時計から目をそらさずに
清 彦「差し上げます」
もろこ「……あの、元君は小学校の同級生で」
清 彦「そんなに長く……お友だちで」
もろこ、自分のお腹を触りながら
もろこ「……お父さんなんです。あたしのお腹にいる子のお父さん」
清 彦「ええ…………は?」
別の場所で新たな急患が担ぎこまれた喧騒。
 
12 東口宅アパート・中(夜)
「保護者様 PTA活動」の書類に達筆に「東口もろこ」とサインする縞男の手元。
ランドセルから判子を取り出し、書類に押しながら
縞 男「なんで? なんでそんな事言っちゃたの」
もろこの声「だってー」
トイレの水流す音。
もろこ、スカートで手を拭きながら来る。
もろこ「その人、これの本物してたの」
もろこ、自分の偽物腕時計見せる。
もろこ「で、思い出したの。お家が大きい子だったなって、ほら、白鳥モータースの向かいに大きなお家あるでしょ、白い」
縞 男「……死んじゃった人と最後に会ったのいつ?」
もろこ「小学生のとき」
縞 男「……」
もろこ「でもね! 運がいいの、あたし」
縞 男「何が」
もろこ「ここ何年か音信不通だったんだって! 両親とも。何とでもなるよ」
縞 男「……その人どんな子だったの?」
もろこ「んー。すごい頭のいい子だった。あ、給食食べるの遅かった」
縞 男「それで?」
もろこ「……」
縞 男「たったそんだけしか覚えてないの?」
もろこ「だってーあたしは頭悪いけど、給食食べるのは早かったし。同じクラスにいたって別世界だもん。そういうの分かるでしょう? 小学生」
縞 男「……」
縞男、台所へ行き米を洗い始める。
もろこの声「怒ってんのー? ……うまくやるって」
縞 男「何を」
もろこ「ちょっとお金をもらえればいいなって」
縞 男「……」
もろこの声「……ガス明日止められるよ」
縞 男「今日は使える」
縞男、ヤカンを置いて火をつける。
もろこの声「縞男さんの為にもやるの。大丈夫、相手はお金持ちなんだから」
縞男、台所の小さい窓を開ける。
風が吹いてくる。
縞 男「だって、生まないんでしょ。赤ちゃん」
もろこの声「どっちにしてもお金がいる」
もろこ、体操座りでむくれている。
縞 男「じゃがいも洗える?」
もろこ、縞男のそばに来て
もろこ「明日ガス止まっちゃうから今日多めにカレー作っとこう! 芽ですぎ!」
じゃがいもの芽をちぎるもろこ。
縞男、コンロに大きな鍋を置く。
もろこ「あ、それ一回すすぐ」
と、鍋を下ろしてすすぐ。
 
13 野原前カーブ
もろこ、縞男来る。
不自然にパリッとしている縞男のいつも着ているシャツ。
もろこ「一張羅」
縞 男「アイロンかけたから?」
もろこ「アイロンかけたから」
傷ついたガードレールに簡単に作った花瓶を針金で巻きつけている清彦。
清彦気がついて、軽く会釈するが、
清 彦「ゼブラ君?」
縞 男「あ……桜木先生」
もろこ「先生? ゼブラ?」
清 彦「君のお母さんだったんですか。この春から第二小に転任して来たんです。副校長として」
もろこ、両者の顔を見ながら
もろこ「ゼブラって何ですか」
清 彦「(縞男に)お母さん知らないんですか?」
もろこ、縞男を見る。
縞男、花瓶に花をさすのを手伝う。
清 彦「学校では皆にそう呼ばれてるんですよね? 5年2組、生徒会長、東口縞男君。縞縞のゼブラ君。5年生でっていうのは珍しいね」
清彦、散らばった花を片付ける。
もろこ「縞男さん生徒会長なの」
縞 男「……」
清 彦「今日はありがとうございます。妻がとても楽しみにしていて」
清彦、立ち上がり、先頭を行く。
縞男、もろこ、ついていく。
もろこ「生徒会長だったの? なんかすごいじゃん、なんで教えてくれないの。ゼブラって、なに? しましまって?」
縞 男「……」
もろこ「(ひそひそと)学校の先生なんて。そんなお金持ちじゃないよね。時計、偽物かな。しかも、縞男さんの学校の先生なんて、だましたところで逃げられないし」
縞 男「うん、やめよう」
もろこ「しかも」
清彦のアウター、腕のところが少しほつれている。
もろこ「ほつれてる。こっち側なの?」
清彦、もろこ、縞男、駅の方面へ歩く。
 
14 住宅街
大き目の家が続く住宅街。
清彦、もろこ、縞男、歩いてくる。
もろこ「あれ、ですよね。元くんのお家大きいなって、小学校の時、みんな知ってたんですよ」
清 彦「ああ、妻の実家が、知ってますか、そこの白鳥モータースで。土地を譲ってもらったのもあって。私だけではとても」
もろこ、縞男、目を合わせる。
 
15 桜木宅・外観
古い2階建て日本家屋。
清彦、一人入っていく。
清 彦「あ、すいません」
清彦、中から門を開けて待っている。
もろこ、縞男入っていく。
 
16 同・廊下
清彦を先頭に来る3人。
清 彦「知恵ちゃん、来てくれたよ」
清彦、部屋に入っていく。
もろこ、部屋の中をチラッとみて全力で後退する。
縞男押されて後ろに下がるが、押し戻す。
縞 男「何?!」
もろこ「(ひそひそと)帰ろう」
縞 男「え、、ちょっと、ちょっと、ここまで来たら、お線香だけでも、あげないと、ほら」
清 彦「?」
清彦、部屋から顔を出す。
清 彦「大丈夫ですか」
縞 男「っはい」
縞男、もろこを引きずっていく。
 
17 同・和室
小さな庭に面する光の多い部屋。
庭の手入れが行き届いている。
蒲団に寝ている桜木知恵(58)
もろこ、縞男、入ってくる。
知恵、ゆっくり二人を見る。
清彦、大きなクッションを知恵の身体の下に入れ、少しおこしてやり
清 彦「東口もろこさんと息子さん、縞男くん」
縞男、会釈する。
知 恵「……大変だったわね。ずっと二人きりで?」
もろこ「前の旦那とはこの子が生まれる前に離婚しちゃって」
知 恵「そう……でも、だから元春はあなたに会えたのね」
もろこ、部屋の隅、元春の遺影に気がつき、逃げるように線香を上げに行く。
縞男も続く。
チーンとリンの音。
知 恵「……どうしてあと半年待ってくれなかったのかしら」
もろこ、縞男、手を合わせている。
知 恵「ガンなの私。1か月前に後半年って言われてるの。だからあと5か月」
もろこ、縞男振り返る。
知 恵「一日でも親より長生きするのが」
知恵、わんわん泣く。
縞男、もろこの様子をうかがう。
清 彦「知恵ちゃん」
もろこ、具合悪そうに立ち上がり。
もろこ「あの、本当に残念です。今日はこれで」
もろこ、頭を下げ、出て行こうと背を向ける。
知恵、もろこに向き直り
知 恵「でも私がんばる! 元春の子が、生まれるまで、生きるの!」
背を向けているもろこ、縞男を見る、と自分をみている縞男。
知 恵「もろこさん! 来て! 予定日は?」
もろこ、動かずに。
もろこ「……11月下旬、です」
知 恵「11月。お父さん」
知恵、引き出しを指差す。
清彦、引き出しから手帳を取り出す。
知 恵「(もろこに)ちょっと、こっち来て」
もろこ、ゆっくり知恵のところへ。
しかし、まだ微妙に距離がある。
知 恵「見て」
手帳の10月から後ろがない。
知 恵「後ろ向きでしょ。告知されてちぎったの。暗いわね」
知恵、おかしくなって笑う。
清彦、切り取られた先のカレンダーを知恵に渡す。
知恵、それを元の場所に差込みながら
知 恵「元気な子を産んで。元春がいなくなって、私も少しでも早く逝きたいって。でもあなたのおかげで最後まで生きてみようって思えたの。抗がん剤治療もまた」
もろこ、吐気で口を押さえる。
知 恵「大変ね、今が一番大変な時よね」
知恵、生き生きともろこの背中をさする。
もろこ、謝るようにその手を拒否して
もろこ「ト、トイレ貸してください」
×     ×     ×    
戻ってくるもろこ、縞男を部屋の外から呼んで。
縞男、立ち上がる。
もろこ「あの、ではこれで」
知 恵「もろこさん、これ少ないけど」
知恵、封筒を差し出す。
もろこ知恵に近づきながら
もろこ「そんな、いただけないです」
知 恵「いいから、これから大変なんだから」
もろこ「……すいません」
と、受け取るもろこ。
縞男、もろこを見ている。
 
18 同・外
清彦に見送られて家から出て来るもろこ、縞男。
もろこ、清彦が家に入るのを確認し
もろこ「まさかの余命、5か月」
縞 男「何でもらっちゃうの!」
もろこ「そうだ」
もろこ封筒を出して中を見る。
もろこ「……9、10! 10万円! ガス代払えるぞ! 携帯も!」
縞 男「詐欺だよ。警察に捕まるよ」
もろこ「でも! あの人すごく幸せそうだったじゃない?」
縞 男「……今だけでしょ?」
もろこ「もちろん、私だって縞男さん残して絶対に捕まるわけにはいかない。問題になりそうだったら、奥さん死んじゃった後に先生に返せばいい」
縞男、ついていく。
二人、並んで歩く。
 
19 東口宅アパート・中(夜)
ボッという音とともにヤカンを乗せたコンロに火がつく。
もろこ「火っていいよねえ。お金のちからー」
もろこ、居間へ行く。
縞男、二つに割るアイスを割り、一つをもろこに渡す。
時計を見て首を振るもろこ。
もろこ「手術12時間前から食べれない」
縞 男「手術?」
もろこ、カバンから紙を一枚。
もろこ「サインちょうだい」
もろこの名前がある手術承諾書。
もろこ、近くにあった紙切れに名前と住所を幼い字で書きながら
もろこ「ひー君の名前でいいや。こう書いて」
縞 男「……」
もろこ「手術する時にサインが要るから。あ、この漢字ならってないか」
縞 男「そうじゃなくて……今日会った人は? あの人、赤ちゃんが生まれるまで生きるとかって」
もろこ「もう会うわけない」
縞 男「僕の学校の先生の奥さんだよ」
もろこ「あの先生、すごく弱そうじゃん。なんとかなるよ。奥さんさえ、ね」
縞男、咥えアイスでサインし始める。
もろこ「うわあ、やっぱり縞男さんの字キレイ。私、キレイな字書ける人にずっと憧れてるんだよね。私の息子じゃないみたい」
縞男、たまらなくもろこを見る。
悪気のないもろこのうれしそうな顔。
ヤカンが笛を吹き、もろこがあわてて台所に走る。
 
20 暗い空から青い空へ
 
21 東口宅アパート・中(朝)
縞男、玄関で靴を履いている。
もろこ、それを見ている。
縞 男「行って来ます」
もろこ「はい」
縞男笑って
縞 男「見送り?」
もろこ「はい」
縞男、玄関の戸を開けて
縞 男「今日、朝ごはんありがとう」
もろこ笑って
もろこ「そんないつも作ってない?」
縞 男「たまに」
もろこ「たまには作るでしょ」
もろこ野球帽を被った縞男の頭をぐるぐると回す。
縞男、クスクスと笑う。
縞 男「たまに」
縞男ポケットから手術承諾書を出し、もろこに渡す。
縞 男「隠そうと思ったけど」
もろこ「……」
縞男、もろこのお腹を少し触って、そしてドアをしめる。
暗い玄関。
閉まったドアを見ているもろこ。
換気扇の下へ行き、煙草を一本取り出す。
自分の腹に目をやって吸うのをやめる。
財布のお金を確認する。
携帯電話が鳴る。
もろこ「はい……え? 入院、ですか」
もろこ携帯で時間を見る。
玄関を離れる。
 
22 総合病院・晴天の外観
 
23 同・病室
6人部屋、窓際のベッドの知恵、身体を起こしている。
その前に立っているもろこ。
知 恵「無理言って、悪かったわね。あの人おおげさに言ったでしょう。あなたに会って興奮して、がんばりすぎちゃったのね。少し入院するのよ。検査、検査でもっと具合悪くなっちゃうわ」
もろこ「私に渡したいものがあるって」
知恵、手紙の束を出す。
手紙に「おばあちゃんより」とある。
もろこ、あからさまに無表情で、ゆっくり受け取る。
知 恵「『おばあちゃん』って。初めて書いたー」
もろこ、手紙を見ている。
知 恵「なんかのドラマで見たのよ。死んでいく母親が子供がハタチになるまで誕生日のお祝いのメッセージを書くって。おしゃれよね。名前が決まってたらもっといいと思って」
知恵、分厚い名前辞典を取り出す。
本の間には候補がいくつか書いてあるらしいメモ。
もろこ「名前は……生まれた後に考えようかな、みたいな」
知 恵「……そうね。顔見て決めるって言うのもいいわね。いろいろ考えちゃって、バカみたい」
もろこ「あの」
知 恵「元春は、その、元気だった? あなたといるとき? やさしかった?」
もろこ「あの、まだちょっとその、ショックが大きいっていうか、元君の事話すのは」
もろこ、時計を見る。
知 恵「……そうよね。なんかごめんなさい。あなたが落ち着いたら、話してくれるとうれしいかな、なんて」
もろこ「そろそろ……今日、あたし、時間なくて」
知 恵「ああ、ごめんなさいね。私つい興奮しちゃって……あら」
もろこのセーターの脇腹の少しほつれている場所を見ている知恵。
もろこ「あ、ちょっと引っ掛けちゃって。こんなの、全然。安物だし」
知恵、もろこを自分のポーチから鈎針を取り出す。
知 恵「脱いで。3分もかからない」
もろこ「え」
知恵、無理やり服を脱がそうとする。
もろこ「あああ、脱ぎます、脱ぎます」
もろこ、観念して自分で脱ぐ。
もろこ、時計を見てかばんを肩にかける。
もろこ手紙を気づかれないようにそっとベッドに置く。
知恵、老眼鏡をかけセーターの糸の端を探し出し、手際よくほつれを直す。
美しい仕上がり。
知恵、道具をしまいながら
知 恵「いい?」
もろこ「すご……まじすごい! どこがほつれてたか分らない! プロ? 先生だ!」
もろこ、素直に興奮している。
知 恵「あら、そんな顔するのね。その顔」
もろこあわててセーターを被って着る。
もろこ「私、世の中のたいていの事苦手だけど、唯一裁縫は嫌いじゃなくて」
もろこ、セーターから顔が出て
もろこ「でも編み物は難しいなって」
知恵、微笑んで見ている。
もろこ、なんだか恥ずかしい。
もろこ「そうだ、おじさんの。ジャンパー、ここんとこほつれてましたよ」
知恵、道具をしまいながら
知 恵「知ってる。でもいいの。私あの人嫌いなの」
女性看護士、坂井(50)、点滴を持ってくる。
もろこ「え」
知 恵「嫌いなの。ねー坂井さん」
坂井、笑って
坂 井「まーたご主人の事」
もろこ、坂井をチラと見ながら
もろこ「なんで」
知 恵「時間、ないんでしょ」
もろこ「あ」
もろこ、あわてて、頭を少しさげ、出て行こうとする。
知 恵「あ、忘れてる」
知恵、手紙の束を差し出す。
もろこ「ですよね」
もろこ、戻ってきて、受け取ると、行く。
坂井、手際よく点滴を進める。
知恵、窓の外を見ている。
 
24 繁華街
走っているもろこ。
無料で置かれた求人の雑誌が目に入る。
もろこ、そちらの方へ走って行き、雑誌を手にとり、また走っていく。
 
25 産婦人科病院・前の道
走ってくるもろこ、病院前で息を切らして立ち止まる。
セーターの直された部分を見る。
ポリポリと頭をかく。
が、そのまま病院に吸い込まれる。
 
26 産婦人科病院・診察室
婦人科の診察台上のもろこ、
看護師「10から逆に数えてください」
もろこ「10、9、8……」
もろこ、ゆっくり目を閉じる。
暗闇。
 
27 第二小学校・教室
休み時間、縞男、友達と楽しそうにしゃべっている。
 
28 総合病院・病室
点滴の針がはずされる知恵、しんどそうに身体を起こす。
鈎針と、毛糸の作りかけの小物を解き始める。
 
29 第二小学校・体育館
跳び箱を飛ぶ縞男。
 
30 同・下駄箱
外靴を出し、上履きを入れる縞男。
靴を履く。
 
31 同・校庭
下校時間、三々五々帰っていく生徒達。ランドセルを背負った縞男、友人と笑って歩いている。
清彦、ホースで花壇に水を撒いている。
縞男気がつき、見ている。
縞男、ゆっくり赤くなり始めた空を振り返る。
雲が流れている。
 
32 総合病院・病室
ベッドの上で窓の外を見ている知恵。
 
33 夕日
 
34 野原前カーブ(夕)
薄暗い道、もろこ、来る。
事故現場を見る。
前日とはまた別の花が活けてある。
もろこ、立ち止まって見ている。
何台か通り過ぎる車が通る度、もろこのシルエットを浮かび上がらせる。

つづく


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