「フラワー」第二話

35 東口宅アパート・中(夜)
玄関のドア、元気よく開く。
もろこ「ただいまー!」
縞 男「おかえり」
もろこ、縞男と目をあわさないように
もろこ「ひゃー! いい匂いだねー。お腹すいたんだ」
縞 男「手洗って」
縞男が作っているのは焼きそば。
もろこ手を洗いながら
もろこ「なんかやる事ある? かわいいって事以外で」
縞男笑う。
もろこ「ご飯炊いてある?」
縞 男「蒸らしがあと5分くらい」
もろこ「縞男さん、サイコーだ」
×     ×     ×     
飯を食べているもろこと縞男。
縞男がアハハと笑う。
×     ×     ×     
流しの上の蛍光灯だけがつく暗い台所、もろこが換気扇を回しながら煙草を吸っている。
かばんから手紙の束を取り出す。
少し眺めてから煙草を消し、生ゴミの入っているゴミ箱を開ける。
捨てられる手紙の束。
電気が消える。
ドアが閉まる音。
ドアが開く音。
電気がつく。
もろこ、ゴミ箱から手紙の束を取り出し、雑巾でキレイにする。
×     ×     ×
換気扇を回しながらタバコ片手に手紙を読むもろこの後ろ姿。
 
36 繁華街(昼)
居酒屋チェーン店から出て来るもろこ。
居酒屋店長、『アルバイト募集』の紙をはがしながら
居酒屋店長「ごめんね。決まったばっかりでさ。これクーポン券。いつでも使えるから」
店長、店の中に消える。
もろこクーポン券をくしゃくしゃにしながら歩きだす。
 
37 東口宅アパート(夕)
求人広告を広げて×印をつけているもろこ。
縞男、隣でランドセルから筒に入った絵の賞状をを出し、見せようとする。
もろこ「やばいな。もう1ヶ月も仕事してない」
縞男、賞状を筒にしまう。
縞男、隣で手の爪を切り始める。
縞 男「最近桜木先生が、『お母さんどうしてる』ってすごい聞いてくる。留守電聞いてほしいって」
もろこ「へえ」
もろこ、広告見ながら聞いてない。
縞 男「奥さんが会いたがってるって暇ができたらまた来てくれって」
もろこ「うん……え? 何? 何てった?」
縞 男「……何でもね」
もろこ「『何でもない』、でしょ。……はあ、携帯使えるのもこれまでか」
携帯を眺めるもろこ。
携帯が鳴る、『公衆電話』の表示。
縞 男「……出ないの」
もろこ「出ない」
携帯の着信音止まる。
首を振るもろこ。
縞 男「……死んじゃったとか」
もろこ「あと5か月って言ってたし」
縞 男「もう1ヶ月ったたよ」
もろこ「……」
携帯、再び鳴る。
もろこ、縞男の顔を見ながら出る。
もろこ「……はい」
もろこ、携帯の口を押さえながら
もろこ「死んでない」
立ち上がるもろこ、ベランダの美しい夕日に気がつき、縞男に指差して知らせる。
縞男、ウンと頷くだけ。
もろこ、ベランダで夕日を見ながら話をしている。
縞男、脚の爪を切る。
もろこ、部屋に戻ってきて
もろこ「奥さんの方だった。なんか私に会いたがってる人がいるって」
縞 男「どんな」
もろこ「元君の友だちて」
縞男、もろこを試すように
縞 男「……またお金もらえるんじゃない」
もろこ「言ったでしょ、またもらえると思って病院行ったらなかったって」
縞 男「じゃ今度はもらえるかも」
もろこ「なに、どうしたの。あんなに反対してたのに」
縞 男「もろこさんが逃げてる分、僕が学校で桜木先生に会わないように逃げなきゃいけない。もろこさんのかわり……学校では普通にすごしたい」
もろこ、ふと、鏡の前に立つ。
もろこ「そろそろお腹出始めなきゃいけないころだな」
縞 男「膨らませばいいんだよ」
もろこ、縞男の顔を見る。
×     ×     ×     
ふんわりワンピースのもろこ、来る。
もろこ「どう?」
縞 男「ふくらんでるかふくらんでないかわからないね」
もろこ「妊娠5ヶ月ってことだしね。お腹が目立ってくるのは結構後の方だから」
縞 男「大丈夫だよ。うん。死ぬんでしょ。あと5ヶ月で」
もろこ、驚いて縞男の顔を見る。
宿題に目を戻す縞男。
縞 男「(見られている事に気がついて)何?」
もろこ首を振る。
 
38 野原前カーブ
ふんわりワンピースもろこ、横切る。
 
39 総合病院・病室
真っ白な赤ちゃんのニットの帽子。
もろこ、手に持って見ている。
知恵の手には編みかけの手袋。
知 恵「生まれたら、すぐ冬でしょ」
もろこ「……」
知 恵「どうしたの」
もろこ「何か悪いなって」
知 恵「とんでもない! 私楽しいの」
かばんから現像したばかりの写真の束を知恵の近くに置く。
もろこ、頭を下げる。
もろこ「こういうのは自分で作ろうかなーと思ってるし」
知 恵「そうねえ」
もろこ「え」
知 恵「一緒に作りましょう」
知恵、道具を出す。
もろこ、それはやりたいくない、と
もろこ「あー、私に会いたいって人って」
知 恵「元春のお友達」
知恵、道具を強引に渡す。
もろこ「どういう関係の」
知 恵「さあ、お客さんだったのかな。元春が。居酒屋やってる人って、それしか知らないの」
もろこ「……」
長身で、美しい、柳(りゅう) 波(ぽー)(33)が来る
知 恵「柳さん」
もろこ振り返る。
少し中国語のなまりで
柳 「こんにちは。柳波といいます。」
もろこ「あ、東口もろこです」
もろこ、編み棒を置いて、逃げるように。
 
40 同・屋上
柳、屋上から風景を見ている。
もろこ、様子を伺いながら後姿を見ている。
もろこ「私に会いたいって」
柳 「はい。あなたに、死ぬ前の元春の事を聞きたくて」
もろこ「はい? あ、私、事故の事はよくわからなくて」
柳 「つきあってたんでしょう。お腹に子供もって」
もろこ「あ……はい」
柳 「……どんな人かなって。元春の選んだ女性が」
もろこ「……」
柳、振り返ってもろこを見る。
柳 「僕は元春のボーイフレンドです」
もろこ「あ」
柳 「付き合ってたんです」
もろこ「……」
柳 「知らなかったんですね……2年前、親に言うって、そしたらカンドウ? されたって」
もろこ、首を振る。
柳 「僕と元春もそれからなんとなく離れてしまって。元春はそれからずっと両親と連絡をとってなかったって聞きました。最後に会ったのは1年近く前なんです」
もろこ「それで余計に喜んでるワケだ」
柳 「元春と愛し合ってましたか」
もろこ「え……と、正直、ちょっと酔ったはずみで、はずみでって感じでっ始まって……会ったのも、数えるほどで。柳さんが彼氏だったって聞いて、その、納得です」
柳 「女の人の事は、小学校で一人好きだった子がいたくらいって」
もろこ「ですか」
柳 「とても愛してました」
柳、泣く。
柳 「許されるなら、僕も育てます。その赤ちゃん」
もろこ「じ、実は流産してしまって、でも両親にはまだ言えてないんです」
柳 「……そんな、何かできることは」
 
41 居酒屋「わさび」・ホール
もろこ「いらっしゃいませー」
もろこ、とびきりの笑顔。
客でにぎわう居酒屋チェーン店。
もろこ、教えられながらテーブルの片付けをしている。
ガラガラとグラスを倒して手伝われるもろこ。
それを見ている柳に「店長」の名札が付いている。
 
42 同・スタッフ部屋
もろこ、ロッカーからかばんを取り出す。
入り口近くにあるタイムカード。
自分の名前のカードを取り、機械でスタンプを押す。
「5月」とある真っ白なカードに一日だけ出勤と退勤の時間が入っている。
もろこ指を折って数えて
 
43 東口宅アパート・外観(夜)
もろこの声「ああ!」
 
44 同・中
もろこ、畳の部屋にうつぶせに倒れている。
もろこ「疲れたー、でも雇ってくれるって」
縞男、麦茶を持って、テーブルの傍に置く。
縞 男「お疲れ様」
もろこ「にしてもラッキーだったな。まさか『わさび』店長とは」
縞 男「居酒屋の店長ってそんなすごいの」
もろこ「外国人が店長ってのがすごい。えらい。『わさび』チェーン店だけど、初めての事なんだって」
縞 男「避妊はちゃんとしてね」
もろこ縞男の膝をピシャリ。
もろこ「元君の元彼なんだって」
縞 男「え」
もろこ「元君、男の人が好きだったんだなあ」
縞 男「……ますますまずいじゃん、もろこさんのウソ」
もろこ、縞男のジーンズの穴を修理し始める。
もろこ「柳さんには流産したけど両親には言えない、って咄嗟にウソついたの。我ながらいい事言ったなあ。両親にも流産した事にしちゃおっかな」
縞 男「あとちょっとで死んじゃう人に?」
もろこ、縞男をじっと見る。
もろこ「だよね。仕事もできたし、お金もなんとかなるから。とにかくもう会わないようにすればいいだけ。居酒屋入る日はごはん準備しとくからね」
 
45 野原前カーブ(夕)
清彦、花びんの花を入れ替えている。
もろこ、来て、清彦に気が付いてとっさに隠れる近くの電信柱。

続く↓ 


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