「フラワー」第三話

46 もろこの居酒屋から、夜の繁華街フカン
 
47 タイムカードマシン
「5月」と書いたもろこのカードがガシャンと挿入され、出勤時間が入る。
前半2週間が埋まり、裏返される。
 
48 居酒屋・客席
サラリーマン二人と美しい女性Cの3人の客前で注文をとっているもろこ。
端末の扱いでアタフタしている。
メニューを前にイライラしているサラリーマン二人。
サラリーマンA「またあ?」
もろこ「こうやって、あ、はい、大丈夫です。どうぞ」
サラリーマンB「玉子焼き」
もろこ、しばらくいろんなボタンを押している。
サラリーマンA「なんか、おふくろ思い出した」
女性C、クスクス笑いながら
女性C「かわいいー」
×     ×     ×
サラリーマン1「お姉さん!」
もろこ、来る。
もろこ「はい」
サラリーマン1「これ伝票間違ってるよ」
もろこ「え、と」
女性C、クスクス笑っている。
サラリーマン1「もうお姉さんいいや」
近くにいた柳、客と目を合わせ、来る。
サラリーマン、伝票を見せ
柳 「申し訳ございません」
もろこ、近くで座ってみているが、あまり悪いとも思ってない様子。 
柳 「(もろこに)ここはいいですよ」
もろこ、助かった、とばかり頭を軽く下げ、行く。
 
49 同・裏口階段
もろこ、店のユニフォームのまま煙草を吸っている。
携帯を取り出し、見る。
縞男がご飯を食べる待ち受け画面。
「桜木せんせー」の着信、3件。
留守電ボタンを押す。
知恵の緊張した声で
知恵の声「あ、もろこさんですか。知恵です。(受話器を抑えてコンコンと咳)また来てくれるとうれしいです。待ってます」
もろこ、電話を切り、縞男に電話する。
もろこ「……ごはん、食べたー?」
 
50 居酒屋「わさび」・スタッフ部屋
もろこ、タイムカードを押している。
「6月」と書いた新しいカードを入れる。
もろこ、指を折りながら離れる。
 
51 路上・野原前カーブ(夜)
 
夕日の沈んだ後、まだ少し青い空。
買い物袋を提げたもろこ、来る。
清彦が花の前でしゃがみこんでいる。
もろこ気づかれぬよう、慎重に行く。
横まで来ると車が通り過ぎる。
清彦、ライトに照らされれながら、場所を確認しながら道路に寝そべる。
もろこ動きを止める、が、そのまま去っていく。
が、かばんで腹の膨らみを隠しつつ戻ってくる。
清 彦「やあ、恥ずかしいところを」
と、あわてて立ち上がろうとするが
もろこ「そんなことしてたら、なんか、踏まれちゃいそうですよ」
清 彦「ははは」
と動かない。
もろこ「……逆」
清 彦「……」
もろこ「頭がこっち」
清彦、体の向きをかえる。
もろこ、足の位置、腕の位置を調整する。
       清彦、時計を見ながら。
清 彦「これが、元春の見た最後の景色。日没はもうちょっとはやかっただろうけど。もうちょっと南に落ちただろうけど」
もろこ、立ち去る事もできず。
清彦、立ち上がりながら
清 彦「妻があなたの為にって何やら色々やってるんです。来てやってくれませんか」
もろこ、じっと清彦を見ている。

52 スーパー
買い物かごを持ったもろこ来る。
小麦粉を一袋、カゴに入れ、少し考えてもう一つ。
 
53 東口宅アパート・中(夜)
もろこ、縫物をしている。
縞 男「何それ」
もろこ「妊婦帯。縞男さんの時につかってたやつ」
縞 男「……」
もろこ、妊婦帯を身に着けそこに小麦粉を詰める。
もろこ「ど?」
縞 男「……何するのかわからないけど、『ぽい』よ」
 
54 総合病院・廊下
もろこ歩いている後姿。
横から見ると前より少し腹が出ている。
 
55 同・病室
もろこのぞく。
毛糸をいじっていた知恵、気がつき
知 恵「もろこさん!」
もろこ、少し笑う。
知 恵「何がおかしいの」
もろこ「とてもお元気で」
知 恵「死んでると思った?」
もろこ、首を振りながら近くへ。
知恵、笑顔でもろこをじっと見て
知 恵「ど? あなたと、赤ちゃん」
もろこ「……順調、です」
知 恵「……そ。こう見えて、こっちも予定通りみたい」
知恵の後ろにはたくさんのニット。
ワンピース、帽子、手袋マフラー。
知 恵「三歳くらいまでは大丈夫よ」
もろこ、知恵の手元を見る。
空色のカーディガンを解いて玉にしている。
もろこ「……」
知 恵「私のカーディガン。いい色でしょう。お気に入りだったの。でももう着る事はないだろうし……あと何を作ろうか」
知恵、笑っている。
もろこ「……」
知恵、枕の下から封筒を出して
知 恵「少ないけど」
もろこ首を振る。
知 恵「どして? 大変でしょう。私の為に」
知恵、もろこの手を取って握らせる。
もろこじっと封筒を見ている。
もろこ「……ちょっと、トイレに」
もろこ、かばんを持ち、力なく病室を出て行く。
 
56 同・エレベーター
もろこ乗ってくると、一階のボタンを押す。
最初から乗っていた車椅子の患者。
患 者「これ上に行きますよ」
もろこ「あ、そうなんですか」
階を昇っていくボタンの光。
もろこ、最上階のボタンを押す。
途中で患者が降り、一人になるもろこ。
封筒を見ているがかばんにしまう。
 
57 同・屋上
もろこ来て、隅の喫煙場所に座り、煙草に火をつける。
が、前方に洗濯物を干している清彦を見つける。
もろこ、腹の具合を服の下から直し、くわえたばこで立ち上がる。
見事に歪みなく懸命に干している清彦、もろこに気がついて、軽く会釈する。
もろこ、仕方なく手を上げて応じる。
清彦、終えて、空の籠を持ってくる。
清 彦「来てくれてよかった。喜んでたでしょう」
もろこ、干してある枕を指をさして
もろこ「あれ枕ですか」
清 彦「ああ、妻があれじゃないとダメって、家から持って来てるんです」
もろこ「やさしい……あ」
晴れた空に分厚い雲がゆっくり来る。
清 彦「あれ」
遠くから激しい雨が近づいてくる。
もろこ「来る!」
雨はだんだん近づいてくる。
二人はひさしの下で濡れない。
清彦、力の抜けた顔で見ている。
もろこ「やばいよ」
清 彦「いんです」
もろこ「せっかく干してたのに」
清 彦「また洗います」
もろこ「枕はやばいよ」
動かない清彦。
もろこ「もう!」
もろこ、煙草を消すと、枕を走って取りに行き、清彦に思い切り投げる。
もろこ、ついでに他のものを取り込む。
妊婦が雨に打たれて重労働している、ように見える。
清彦、しかたなく、出て来る。
もろこ、清彦、洗濯物をかかえ、走って戻ってくる。
二人を打つ雨。
もろこ、洗濯物を見ながら
もろこ「なんとか、セーフのもある」
しきりに背中を気にしている清彦。
もろこ、気になる。
もろこ「何?」
もろこ、背中に回ろうとする。
清 彦「いや」
清彦背中を向けないように動く。
もろこ、余計気になり、フェイントをつけて背中に回る。
清彦のシャツにブラジャーのヒモが透けている。
もろこ「は!」
もろこ、仰天の後、笑いだし、清彦の背中をパシッと叩く。
清彦、困っている。
もろこ笑っている。
もろこ「何カップ?」
清 彦「……Bカップ」
もろこ、再び清彦をパシっと叩いて笑う。
清 彦「『ゼブラ君』ていうのも、初めは少し緊張してたんです」
もろこ、ちょっと考えてワハハと笑う。
もろこ「ブラ、ね」
屋上の戸が開き、あわてた中年の女性が二人来る。
清彦、洗濯物で胸を隠す。
もろこが持っている洗濯物に気がつき、
女性D「ありがとうございました」
女性E「助かりました」
もろこ、持っていた洗濯物を渡す。
女性1、隣の自販機で缶コーヒーを買っている。
もろこと清彦に笑顔で渡す。
もろこ「……ありがとう」
女性達、下がっていく。
もろこ、缶コーヒーを飲む。
清彦も飲む。
二人とも雨を見ている。
清 彦「知恵ちゃんには見たって言わないでほしいんです」
もろこ「……」
清 彦「つけてない事になってるんです。2年前から」
もろこ「……2年前から奥さんと仲悪い?」
清 彦「……2年前、私達は元春に言われたんです。カミングアウトって言うんですか」
もろこ「男の人が好きって」
清 彦「知ってるんですね」
もろこ「まあ」
清 彦「そうですか、よかった。元春はあなたに本当に心開いてたんでしょうね」
もろこ「……」
清 彦「知恵ちゃんは私が原因で元春がそうなってしまったと思ってるんです」
もろこ「関係ないよ」
清彦、少し笑う。
清 彦「最初にバレたのは元春が幼稚園の時です。『お父さんの絵』で、ブラジャーしている私を書いたんです」
もろこ笑う。
もろこ「その時は怒られなかったの」
清 彦「怒られました。でも、そういう私も含めて許してくれてたんです。2年前までは……あれからずっとつけずに我慢してたんですが、妻が倒れてまた……」
もろこ「つけないと、どうなるの」
清 彦「少し人と目を合わせられるし、おどおどしないで済むし、少し自分に自信が持てて、前向きに考える事ができて、背筋が伸びる感じ……でも、バレないと思います。知恵ちゃんはあんまり僕を見てないですから」
地面を打つ雨が少し弱まる。
清 彦「いつのまにか、どうしたら知恵ちゃんが喜ぶか分らなくなっていました」
もろこ「……最近、私は縞男さんが分らない時があります。歩調が合わないんです。一緒に歩いててもなんとなくズレて行くんです」
清 彦「今一番の成長期だからね」
もろこ首を振る。
もろこ「だったらどんどん合わせやすくなるはずですよね」
清 彦「……」
もろこ「前は合わせようとしなくてよかったんです。こんな事は始めてで……先生、見てやってください。学校にいる時は縞男さんを見てて欲しいんです」
清 彦「……分りました。もろこさんも、また知恵ちゃんの所に来てあげて下さい。元気そうですが、数値はよくなくて。少し早まるかもしれません……あなたの存在はとても大きいから」
もろこ「……はい」
清彦、濡れている時計を気にする。
もろこ「それ、偽物ですね」
清 彦「ちゃんとした時計ですよ」
清彦、まじめな顔。
もろこ、驚いて笑う。
雨が上がる。
清彦、手に持っている洗濯物を干し始める。
もろこ、干す場所を拭いてやる。
風になびく洗濯物。

続く


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