ドクター・マーティン シーズン1・2話より。うまい演技とその演技の作りを推考 後半

前半から続いてます。

3.演技の作り方を推考する
 まず、何よりこのシーンの役割を捉えなければなりません。

 マーティンの孤独を引き立てる事。このシーンの前に、同じ役割のシーンが重ねられています。同じようなテーマのシーンが重ねられていた時は、シーンの色の違いを見極める事が必要です。ブドウが3つ並べられていたら、その違いをはっきりさせたい所です。巨峰、マスカット、デラウェア、なんて。巨峰を3つ並べようとする脚本家はいません。いるとすればそれ自体に意味がある時だけです。

 前の二つのシーンの色を確認します。
 一つ目のシーン、幼い少年を助けた後にその親に拒絶されます。「無能な」受付のエレインが症状だけ聞き取り、名前も電話番号も正確に書き留めなかったため、マーティンは村の学校まで行って情報を集め、やっと子供を見つけ出し、助けに行きました。治療直後に解雇がその長女によって母親に知らされ、さっきまで感謝しきりの親に急に拒絶されます。
 二つ目。レストランで客なのにシンプルに冷たくあしらわれます。
 三つ目にここで扱っているガソリンスタンド。
「マーティンの孤独を伝える」がこれら3つのシーンのテーマですが、それぞれ別の角度から伝えています。あえて短くまとめると、一つ目は最高の仕事をしたのに拒絶されて孤独、二つ目はカフェにお金を入れる客なのに拒絶されて孤独。三つ目は自ら孤独まっしぐらにオウンゴール、です。

 色が分かれば、組み立てられます。マーティンには可哀想ですが、オウンゴールを必死で、華麗にすればするほど面白いので、もう周りはいじめない方が良い。レジの女の子は最初はマイルドにしたい所ですが、そうするとマーティンが「こいつも俺を陥れようとしている」と疑えないので、ぎりぎりの所を狙っていますね。
 そこで、おじさんの役割が大切です。善人です。ごく普通の良識ある、感じのよい、親切な住人であるべきです。このシーンの激高したマーティンを前にすると、一般的には「なんだコイツは」と、眉間に皺を寄せる人の方が多いはずです。でもおじさんはダイブ穏やかです。それがこのシーンのテーマを明確に伝える事を助けています。

 ここでこの反応の穏やかなおじさんを作る為には、おじさんの歴史づくりがダイレクトに響きます。自分も割と新しくコミュニティーに入って来た、入る時にはそれなりに苦労した、と作っておくと心が自然に反応しそうです。また、直前におじさんにだいぶ良い事があった、というのも心を安定させるかもしれません。
 さらにある程度パメラと面識があるのが良い。でも仲が良すぎるわけでもない。具体的に過去に話した世間話を調整しながら作っておくとマーティン先生を「共有」した時にこれまた作品のようなちょうどよい何か反応が沸きそうです。

 結果、心の動きを想像して見ると、最初の困っているマーティンについて「大丈夫か」は親切で言っています。そして、マーティンの返答の仕方で、ウワサの先生と気づきますが、そこでも何かをジャッジする事はなく、パメラに向かって「彼がマーティン先生だね」という意味で「あなたがマーティン先生だね」と言います。新しいコミュニティーに入るのは大変だろうよ、くらいの感触。「ガソリンがないのなら彼が入れたのは馬の小便か」でほんのりニヤけるくらいです。「このチョコバーは買えないぞ、エレインを復職させないかぎりな」とチョコバーを乱暴に取り上げられて、初めて「え」という顔をします。でも過度に傷つく事もなく、マーティンが去っていくのをただ見ています。去った後も過剰に動きません。「なんか大変な事情があるんだなあ」くらいの感じです。

 ああ、マーティンのオウンゴールのイメージをおじさんが完璧にアシストしてますね。

 この抜き出した要素から目的と状況を設定しましょう。素材を選び、試し、最適なのを選び取ったら、自分を使って出力してみよう。どんな演技が生まれそうですか?

そして、おまけ。
 第二話の最後、43‘あたりからエンディングまで、結婚式で浮いているマーティンの姿が最高です。
 解雇したエレインが来て「Good wedding」とお祝いし、エレインは態度を改めるといい、それなら解雇を撤回すると返し、それを聞いたエレインの父親が大きな声でアナウンスし、村人が歓喜の声を上げ、エレインが仕事に追加の条件要求するまで、約3分間の間、斜めにした身体の角度が一切変わりません。左手の位置も変わりません。表情と首の角度が少し動くだけです。
 村人に対する彼の気持ちがよく表れています。動かない、という選択はなかなか勇気がいりますが、結果的には最高です。身体の角度だけで、こんなにも気持ちも表現できるのか、と感動します。しかも動かない、というだけで。本物の表現者は本当に素晴らしいなあ、とつくづく、感じます。

 この表現にたどり着くには? 聞いてみたい。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?