「フラワー」第五話

73 東口宅アパート・外観(夜)
お腹の大きいもろこ入っていく。
 
74 同・中
縞男、台所でしょうがをすっている。
もろこ、汗だくで入ってきて
もろこ「暑いー。ただいま」
縞男、洗濯物を入れている。
縞 男「おかえり! 途中で脱いでこればいいのに」
もろこ「駅いっぱい人がいてさ」
縞男、もろこが外した妊婦帯を見る。
縞 男「けっこう大きくなりましたねー」
もろこ「このお腹つけてると電車で席を譲ってもらえますよ。縞男さんもつける?」
縞男笑う。
縞 男「何入ってるの」
もろこ、小さなビニール袋に小麦粉を入れて見せて
もろこ「小麦粉」
縞 男「へえ」
縞男、ドスンと落とす。
もろこ「ちょっと」
縞 男「何」
もろこ、袋の間を開いて、さらに小麦粉を入れる。
もろこ「そうだけど」
縞 男「もう7月かあ。いつ死ぬって言ってたっけ?」
もろこ「……あの時から半年だから10月くらいかな……縞男さん、その言い方何かひっかかる」
縞 男「何が?」
もろこ「何って……なんだろう」
縞 男「時々、もろこさんのお母さんてどんな人だったかって考えるけど、あの人の年くらいってことだよね」
もろこ「私のお母さんか。確かに、生きてたら、あれくらいかもね。興味ないけど」
縞 男「会いたくないの」
もろこ「縞男さんが生まれる前までは結構好きだったかな」
縞 男「……」
もろこ「縞男さんを育ててるうちに、気づいちゃったの。どんなに自分が愛されてなかったか。例えば、泣いている縞男をさんを抱っこしたくて抱っこするでしょ、そうすると思い出しちゃうの。私が泣くと迷惑そうだったなあとか。私が縞男さんにしてきたことと比べちゃうの。絵本を読んでくれたことも、髪を乾かしてくれた事も、歯ブラシしてもらったこともなかったって、気づいちゃった。お母さんて、世界に一人しかしらないでしょ。だから知らなかったのに。私の髪や服だけちゃんとしてたのは、体裁を気にするお母さんの為だったんだなあって」
縞 男「……」
もろこ、大きくなった袋を腹に当ててみる。
 
75 第二小学校・外観
渡り廊下を子供たちが笹を持って走る。
 
76 同・体育館
体育館の天井までとどきそうな大きな笹が4本横たわっている。
生徒達が一斉に願い事を書いた短冊を結び付けている。
「やきゅうせんしゅになれますように」「足がはやくなりますように」と色鮮やかな短冊。
体育館の隅に清彦がかげ薄く立っている。
その隣では人気のある教師が子供に囲まれている。
清彦、竹の先端近くに立っている友人達と縞男に気がつく。
短冊を見ながら話をしている。
教師たちが4本の竹を一斉に立てようとする。
縞男、その瞬間、その先端に真っ白な短冊を結びつける。
清彦、見ている。
先端の短冊はほとんど天井近くの高さにあがっていく。
×     ×     ×
誰もいなくなった体育館。
スクッと短冊をまとった4本の竹が立っている。
清彦、屋根近くの窓を閉開するためのスペースに出てくる。
高所恐怖症らしく、立ったり座ったりしながら縞男の真っ白な短冊に近づいていく。
前まで来るが、短冊が裏返しで見えない。
×     ×     ×
清彦、棒でつついて裏返す。
が、字が小さくて見えない。
柵から身を乗り出して手を伸ばす。
あわや、落ちるといった格好。
清彦、何度も決心しては挑戦する。
やっと手が届き、短冊を笹からはがす。
と、勢いで下まで落ちていく。
清彦、へっぴり腰ながら、すごいスピードで下がっていき、下から出てくる。
生徒の集団が入ってきて、拾おうとする。
清 彦「ああ! 先生落としたから、つけとくから、うん」
生徒達、ステージの方へ行く。
清彦、短冊を拾う。
名前もなく、一行、「早く死ねますように」とある。
清彦、あわてて出て行く。
 
77 同・廊下
はだしでかけてくるもろこ。
職員室から出てくる清彦が手をあげる、とその目がだんだん見開き、手が下がっていく。
ペタンコなもろこのお腹。
もろこ「先生! 縞男さんが大変って」
清 彦「……もろこさん、お腹」
もろこ「……キャー!」
清 彦「いつから」
もろこ「……」
清 彦「今はとにかく、これ」
清彦、短冊を出す。
もろこ「……縞男さんの字です」
 
78 同・花壇前(夕)
花壇一杯の花。
清彦が水を巻きながら
清 彦「どんな理由があるにせよ、知恵ちゃんには言えないなあ」
もろこ「もう会わないようにします」
清 彦「……来週、家に連れて帰れる事になってるんです。あなたのおかげでずっと体調も安定してたから。どうしたらいいんでしょうねえ」
二人、ホースの水が弧を描いているのを見ている。
 
79 居酒屋「わさび」・ホール(夜)
もろこ、縞男の短冊を見ている。
女性客の声「すいません」
もろこ、短冊をエプロンにしまい、行く。
女性客「これ、もう一つと」
男性客「生1つ」
もろこ、品のよさそうな中年6人ほどの客席で注文用の端末をスムーズに操作する。
テーブルの上の食事はほとんどなくなっており、皆、酔っているように見える。
もろこ、席を立とうとする。
客のうちの一人、中年の女性客。
女性客「ねえ、ここの店長って中国人なの」
もろこ「はい」
女性客「なんで中国人なの」
もろこ「え」
女性客「料理大丈夫? 会社の中国人なんてあれよ『中国では絶対外食でギョウザ食べません。何入ってるかわからないから』とか言うのよ。中国人がよ」
他の客が笑うが
もろこ「店長はそんな事言いません」
もろこの勢いに場の空気が変わる
女性客「店長と寝てるの?」
もろこ「店長はまじめな人です!」
柳、もろこの叫びに気がついて入ってくる。
柳 「申し訳ございません」
女性客「何? 中身も知らないうちから謝らないでよ! 余計腹が立つ!」
他の客から笑顔が消える。
柳 「ちゃんと聞こえてました」
柳、もろこを引いて去ろうとする。
女性客「ね、そんな被害者みたいに行かないでよ。私飲んでないの。酔ってないのよ全然。今日運転する当番だから」
もろこ、柳の手を振り払い、女性客をじっと見る。
女性客「居酒屋のパートがなに、バーカ!」
もろこ、動きが止まり
もろこ「おまえがバカだ」
女性客「『おまえ』って言ったな!」
女性客の平手がもろこの頭と顔にヒット。
反撃の為、もろこの手が勢いよく伸びる。
柳、もろこを掴み、抑える。
もろこ、我に返る。
他の客、女性客を止めている。
柳、土下座する。
柳 「申し訳ございませんでした!」
もろこ、それを見て、一緒に頭を下げる。
女性客、服を直しながら
女性客「遅いわよ」
もろこ「すみませんでした。キレてしまいました」
女性客「あなたの立場でキレちゃだめじゃない」
もろこ「はい」
女性客「許さないから」
もろこ「はい」
 
80 同・裏口階段
もろこ、中からこそっとドアを押す。
隙間から柳が喫煙しているのが見える。
その横顔が疲れている。
もろこ、スッと閉める。
 
81 東口宅アパート外観
とろとろ歩いているもろこ。
かばんから短冊を出して見ながら歩いていく。
もろこ、自宅のドアの前で立ち止まる。
しばらく考えているが、思い切ったように入っていく。
 
82 同・中(夜)
台所に立っている縞男、振り返る。
縞 男「お帰り!」
縞男、もろこの小麦粉袋を腹につけて上からエプロンをし、得意顔。
もろこ、笑わない。
縞男、真顔になる。
もろこ、黙って「早く死ねますように」の短冊を縞男に見せる。
縞 男「……どうしたの、それ」
縞男、料理の続きを始める。
もろこ、隣に来てじっと見つめる。
縞 男「何?」
もろこ、コンロの火を消す。
もろこ「これ、どう見ても私の好きな字」
縞 男「……ごめんなさい。まさか、もろこさんが見るなんて」
もろこ「何に謝ってるの」
縞 男「……ねえ。じゃあ、今日先生に会ったんだ。これなしで」
妊婦帯を取り外す縞男。
もろこ「この事で頭の中真っ白だったんだもん……ばれちゃったよ。お腹に赤ちゃんがいない事。……奥さんとこ行くのはもう終わりにする。引っ越すって明日言いに行こうと思ってる」
縞 男「……僕も行った方がいいよね」
もろこ「……」
縞 男「二人で行った方が本当っぽいよ」
縞男、微笑む。
縞男、台所を離れてトイレに。
もろこ「どこ行くの」
縞 男「うんち!」
もろこ「縞男さんの話終わってない」
縞男そのまま入っていく。
縞男の声「僕、それ反省してる。心配かけてごめんなさい」
もろこ、短冊を見ながら
もろこ「何に謝ってるの。私と縞男さんは一つなの。縞男さんが痛いと私も痛いの」
縞男の声「そう信じこんでるんだね」
もろこ「……」
もろこ、ごろりと寝転がる。
 
83 同・トイレの中
蓋が閉まったまま便座に座っている縞男。
 
84 同・外観(昼)
入道雲がまぶしい、美しい日。
お腹が大きい、もろこ、縞男、出てくる。
 
85 総合病院・病室
清彦、ベッドの横で弁当を食べている。
もろこ、縞男、来る。
清 彦「あ」
知 恵「縞男君ね、お久しぶり。よく来てくれたわね」
知恵、微笑んでみている。
知 恵「あ、そうだ」
台から小さな道具箱をとって開ける。
小さな箱の中に仕切りがたてられ、きれいに整頓された裁縫道具。
縞男、もろこの後ろに回りこむ。
知 恵「これやってくれたのあなた?」
もろこ、頷く。
知 恵「やっぱり。感心した。私こういうのちっともだめ。いつもくちゃくちゃーって。ありがとう」
もろこ、首を振る。
縞男、もろこの後ろで腰のあたりのマジックテープをはずそうとする。
もろこ「ちょっと」
清彦、口をもぐもぐさせながら立ち上がる。
もろこ、もろこ必死な抵抗も、腹の膨らみがずれて地面に落ちる。
知 恵「キャー!」
縞男、それを拾い、壁に思い切り投げつける。
小麦粉が煙のように漂う。
全員が動かない。
縞 男「もろこさん、妊娠してたのに赤ちゃんおろしちゃったの。お金が無くて育てられないって。殺しちゃったの。僕がいるから赤ちゃんもおばさんも生きられないし、もろこさんを悲しませてる」
知恵、フッと後ろに倒れる。
清彦すぐよりそってナースコールを押す。
ばたばたと看護士が来て、小麦粉にぎょっとしながら対処する。
もろこ、縞男、呆然とその様子を見ている。
もろこ、一歩二歩、と後ろへ下がると縞男を引っ張って逃げる、逃げる。

続く

 


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?