「フワラー」第六話

86 同・廊下
もろこ、縞男、逃げてゆく後姿。
 
87 同・病院前(夕)
街灯の下、もろこ、縞男来る。
縞男座りこんでしまう。
もろこ、縞男の頭をなでながら。
もろこ「あんな事して。やっぱり私の息子だった。私バカだあ、生まれてからずっとバカじゃない時ないの。縞男さんに気づいてあげられなかった」
縞男、首を振って顔を崩して泣く。
縞男、もろこの目を見、その声、とぎれとぎれに
縞 男「僕のせいで誰かが、誰かにイヤな思いさせたり、死んじゃったり、そういうの、すごく、ないように生きていきたい。のに、できない。やってしまう。笑っていてほしい人を悲しいって思わせて。もう、すごく疲れちゃったの」
もろこ、少し笑う。
もろこ「……どうしよう」
縞 男「僕おなか痛い」
もろこ、縞男の手を引っ張りおこし肩を支える。
もろこ「悲しい事をしたのは分かってる。でも、縞男さん。縞男さんをおなかで育てて産むって、本当に大仕事だった。生まれてくるまでの大仕事を覚えているから、あの時、私の体はまだ、ほとんどの大仕事する前だったのがわかってる。だから正気でいられる」
縞 男「平気でいられる」
もろこ「平気じゃない。正気。産む時はお股の内側から切腹したような気持ち。血がしばらくとまらなかった。縞男さんを産んで11年たって今でも左の骨盤が痛む。でも、そんな仕事がちっぽけに感じるくらい、生まれた後の仕事がある。あと、私のお母さんの話、それも途中で終わってた。私は愛されてなかったみたいってわかっちゃったけど。私はお母さんと違うって思える。悪い事ばかりじゃない」
ゆっくりゆっくり歩いていく。
空の暗い方へ歩く二人。
 
88 東口宅アパート外観(夜)
もろこ、眠る縞男を見ている。
 
89 居酒屋・客席
誰もいない店、椅子が机の上に乗っている。
もろこ、深刻な表情の柳、向かいあって座っている。
もろこ、笑って
もろこ「ですよね」
柳 「すいません、本部の決定で。僕の力不足です」
柳、テーブルに手をついて頭を下げる。
もろこ「でも、あたし今自分に感動した」
柳、顔を上げる。
もろこ「柳さんが何の処分もなくてよかったな、って本当に心から思えて。少し、ましになった気がする」
柳、微笑んで
柳 「ちょっと屋上へ行きましょうか」
 
90 同・屋上(夜)
繁華街が一望できる屋上。
もろこ、柳、来る。
もろこ「おお」
柳、そばにある木箱をさして
柳 「僕の特等席」
もろこ、にっこりと頭を下げて座る。
柳、タバコをくわえ、もろこに勧める。二人タバコをふかす。
風に飛んでゆく煙。
柳 「ありがとう。ああやって言ってくれて僕はうれしかった……元春があなたを選んだ気持ち、分かりました」
もろこ、タバコを吸っている手が止まり、火を消す。
もろこ「私、ごめんなさい。お腹の子供は別の人の子です」
柳 「……」
もろこ「……元君はずっとあなたが好きだったって言ってました。あなただけを愛してたって言ってました。私、嘘つきました」
柳 「……」
もろこ「私、嘘つきでした。ごめんなさい」
もろこ、立ち上がって頭を下げる。
もろこ「私も元君が柳さんを好きってよく分かります。外国人で苦労してるのに優しくて、短所ばっかの私を雇ってくれて、こんな私が役に立てる所を見つけてくれて。キレちゃった私を止めてくれて、はじめてのことばっかりでした」
柳、ぽかんとしている。
もろこ「ありがとうございました!」
もろこ、一礼してドアからすたすた出て行く。
 
91 駅のホーム
伏目がちに階段を上がってくるもろこ。
ふと見上げるとひとみがもろこを見ている。
見詰め合い、動かない二人。
(向かいののホームからの目線で)急行電車が通過し、二人の姿が見えない。
電車が通りすぎると、もろこが頭を抑えてしゃがみこんでいる。(頭突きされた)
ゆうゆうともろこを見下ろすひとみ、立ち去る。
もろこ、しゃがみこんでいるが、そのまま前のめりに倒れこむ。
とおりすがりの中年がもろこを覗き込む。
ひとみ、ゆっくりと戻ってきて、中年にしっしとやると、中年逃げるように去る。
ひとみ、軽々ともろこをお姫様抱っこし、行く。
目の上が切れて血が一筋。
×     ×     ×
駅のベンチ、もろこ、花柄のハンカチをあてている。
ひとみ、栄養ドリンクを飲み始める。
もろこ、むっくと起きる。
ひとみ「(血)止まった」
ひとみ、伴倉庫をもろこの額に貼る。
ひとみ「やりすぎた。警察いくか」
ひとみ、栄養ドリンクをもろこに渡す。
もろこ、首を振り、飲む。
二人揃ってもう一口飲む。
二人の前を電車が行く。
 
92 東口宅アパート・外観(夜)
ガラッとあく、もろこの部屋の窓。
 
93 同・中
絆創膏を貼ったもろこ、ベランダでひとみのハンカチを丁寧に干している。
奥で縞男がテレビを眺めている。
もろこ、その手がゆっくりになる。
もろこ「……縞男さーん」
縞 男「んー?」
もろこ「なんか分かった」
縞男、もろこを見る。
もろこ「一番怖い所へ行けばいいんだ」
縞 男「?」
 
94 総合病院・病室前廊下
もろこ、縞男、来る。
もろこ、縞男の服をととのえてやる。
そのシャツはアイロンがかかっている。
清彦来る。
清 彦「会いたくない、と」
もろこ、鞄から封筒を出し、清彦に。
その封筒は消費者金融もの。
去ろうとするもろこに
清 彦「……ちょっと、待って」
清彦、病室に入っていき、すぐに手招きしながら出てくる。
 
95 同・病室(夕)
もろこ、縞男、清彦に押されるように来る。
知恵、赤ちゃんの為に編んだニットを解いている、が、ゆっくり入り口を見る。
もろこ、縞男、近づいていく。
知恵、明らかに弱っている。
知 恵「それ、借金でしょ。本当に馬鹿。すぐ返してきなさい」
ベッド横の台にはニットがほどかれ、ヨレヨレの毛糸玉が山になっている。
もろこ「謝りにきました……すみませんした」
もろこ、頭を下げる。
縞男、じっと見ている。
知恵、ニットをほどきながら
知 恵「……許すって言えばいい? はい、ゆるしまーす」
もろこ、頭を下げたまま、聞いている。
知 恵「ウソって難しいのね。あなたみたいにできない。私、そういうのに会わない人生だったの。ペテン師とか」
もろこ「すいませんでした」
縞男、見ている。
知 恵「……お腹の子は元春の子じゃなかったの?」
もろこ「……はい。元君とは、小学校以来会ってません」
知 恵「私達より会ってないじゃない! (清彦に)ねえ?」
知恵、笑うのをやめる。
知 恵「……間違ってばっかりの私の人生、あなたと赤ちゃんが現れて、人生の最後に神様が許してくれたと思えたの。全部良かったって事にしてあげる、って……なんだか、あなたがとても好きだったのよ。あなたかわいく笑うのよねえ。神様に人生の採点をしてもらった気分。最後の最期にこんな仕打ち……でも、そうね。元春を追い込んだのは私だから。神様の採点だとしたら、やっぱり正しいわ。私にぴったりな茶番劇……あなた、神様の使いか何かだったの」
もろこ頭を下げ続ける。
知 恵「知ってるでしょ? 私、しつこいの」
知恵、窓の外を見る。
清彦が封筒を出す。
もろこ「お金は、少しずつ、持ってきます」
知 恵「持ってこないで、振り込みにして。お葬式代にしたいの」
知恵、雨が降ってくるのを見ながら
知 恵「さようなら」
もろこ、深く頭を下げて帰っていく。
縞男と病室を出る。
知恵、窓の外を見たまま、清彦、席を立ち上がる。
 
96 同・玄関前(夜)
雨がはげしく降っている。
もろこ、縞男立って空を見ているが、走り出る。
清彦、傘を持って走って追いつき
清彦の声「ああ、間に合わなかったか」
二人、立ち止まる。
清彦、二人を引っ張って屋根の下へ。
清 彦「すごい雨」
すでに濡れているもろこと縞男。
清 彦「……ゼブラ君。銭湯に行こう。ね、行こう」
清彦、女物の傘をもろこに差し出す。
もろこ、首を振る。
清彦、傘を差して押し付ける。
清 彦「ゼブラ君は先生と」
清彦、縞男を傘に入れ、歩きだす。
もろこ動かない。
縞男、振り返る。
清彦、振り返る。
もろこゆっくり行く。
 
97 銭湯・男湯脱衣所
「刺青、タトゥーのある方お断り」の張り紙。
マッチョな腕にタトゥーのある男、その上からガムテープを張って隠している、が、隣を見てギョッとする。
隣に来た細い青年、シャツを脱ぐと背中全体に刺青をしょっている、が、隣を見てぎょっとする。
まじめそうな清彦、シャツをぬぐとブラジャーをしている。
その隣で縞男も無表情で眺めている。
銭湯のスタッフ来て、タトゥーと刺青の男に注意する。
刺青の二人、ブラジャーはいいのかという顔で清彦を見るが、スタッフ、何も言えない。
注意された二人はしぶしぶ退場。
清 彦「大変だな」
縞 男「先生も、なんか、大変だね」
清彦、何が? という顔から、自分の姿に気が付く。
 
98 同・男湯浴槽
縞男、清彦ボーっとしている。
 
99 同・待合所
もろこ、壁にもたれている。
 
100 野原前カーブ(夕)
野原のススキがそよそよ揺れている。
縞男と友達3人で楽しそうに通り過ぎていく。
縞男が振り返ると、そこにある清彦の切り花。
 
101 居酒屋「ぜっぴん」・外観
 
102 同・中
もろこ、笑顔で注文をとっている。
 
103 銀行ATM
機械にお金を挿入する手元。
振込みの操作をしているもろこ。
 
104 野原前カーブ(夜)
通り過ぎるもろこ、そこにある清彦の切り花。
×     ×     ×
ススキが金色になる。
もろこ、秋の服装で来る。
切り花がなくなり、代わりにその近くの空き地にきれいな花が数種類、集まって咲いている。
もろこ立ち止まり、見ているが、すぐ走る。
ススキの野原の前をずっと走っていく。
 
105 もろこのアパート・中
もろこ勢いよくドアを開けて
もろこ「縞男さん!」
縞男、いつものシャツにアイロンをかけている。
縞男、頷く。

続く


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