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家庭料理

家庭料理
 山田は二ヵ月前定年を迎えた。
待ちに待ったような気もするが、寂しくもあった。
 
長年、自分を含め家族の為に、一年、三六五日、約三十数年間食事を作ってくれた女房に感謝の証として、
『今日から、俺が晩飯を作るよ』
と宣言したものだった。
 
サラリーマン時代、付き合いは勿論、全国への出張で、ありとあらゆる料理を味わった。
それゆえか、味には結構こだわりがあった。
『シンプルだけどカレーは奥が深いんだよ』
から始まり、和洋中のポピュラーな料理は、やり尽くした。
地方の名物料理もネットで検索すれば、ある程度出来るものだ。
『便利な世の中になったものだ』
 
どれも家族には好評だった。
『うん、美味しい!』
『うまーい、すごいじゃん』
女房、娘は褒めてくれる。
 
やがて、
『お父さん、明太子まだ冷蔵庫にあったよね』
『お父さん、焼き海苔取ってくれる?』
『卵かけご飯にするから、お父さん取ってくれる?』
自慢のメインディッシュは、まだ残っている。
山田自身も、今一つ食事がすすまない。
 
と、ある日、山田は身体に疲労を感じ、
『少し、寝るよ』
『夕食は、4時くらいに起きて買い物に行って、作るから……』
『気にしないで、ゆっくり休んで』
と女房。
 
『あなた、夕食できたわよ』
『あっ、もうこんな時間か?』
『ごめん、寝過ごしちゃったね』
『いいわよ、それよりシャワー浴びてね』

『ふーっ、シャワー浴びたら生き返ったよ。気持ちいい!』
『じゃ、食べさせてもらおうか』
 
『いやー今日も酒は美味いね!』

『この、大分は米水津産のアジの開きは最高だね』
 
『じゃ、食事出してもいい?』
『ああ、もちろん、俺食べながら飲めるし、頼むよ』
 
『はい、どうぞ』と女房。
出されたものは、和洋中の豪華料理でも、地方の名物料理でもない。
 
山田は出されたものを、じっと見つめ・・・
 
女房『どうしたの?あなた』
娘    『パパ、泣いてるの?』
 
冷奴、野沢菜の漬物、あさりのお味噌汁、卵焼き、里芋の煮転がし、茄子の煮びたし、大根おろしの上にシラス・・・
 
                                        完


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