わが青春想い出の記 13 初めてのデート 川島智
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初めてのデート
月の光がきれいな夜、2人は浜辺を散歩した。
洋子はいつの間にか自分のことを「あなた」と言ったり、バカ丁寧な言葉で「いらっしゃる」などと言うようになっていた。
「そんなこと覚えてたの」。
「覚えてるわよ」。
「あの頃の洋子は僕にとって勉強、スポーツとも目の上のタンコブだったからなー。他の人には負けても、洋子にだけは負けたくなかったから」。
「私は人生にはもっといろいろな経験と、淋しさに耐える辛抱も必要であることを知りました。だから私はあなたのためになることなら、どんなに淋しくても耐えて行く決心がついたの。私、今までは少し呑気過ぎました。これからは家庭的な勉強をします。そしてあなたが卒業して帰る日までに、料理の稽古もして帰ってきたら毎日おいしいものを食べさせてあげます。裁縫も習うつもりよ」。
「お金がかかるのではないですか」。
「お金の心配?」。
「僕は貧乏育ちだからな」。
「もの好きね」。
「洋子は貧乏生活が出来ますか」。
「あなたと一緒なら出来るわ」。
「出来なかったら、どうしますか?」。
「出来なかったら、こっそり実家に帰って食べて来るわ」。
「いい心掛けですね。でもそっと口を拭う名人になっては困りますよ」。
「あなたもね」。
「おい、おい、今から夫婦喧嘩は早いよ」。
「あなたが意地悪で憎まれ口を言うからよ」。
「真面目な話をしよう。僕は、洋子とこんな関係になったことを実に喜んでいます。だから東京に行ったら2人の今後の生活を考えていろいろなものを買って来たいと思っているんだ」。
「そんなことまで考えていたの。嬉しいわ」。
「私ねー、この頃、楽しみが増えたの。あなたが行った後のことを考えるとどんなに淋しいか分かりませんが、でも帰って来る希望が持てるから楽しみですわ。私それまでにたくさん勉強していいお嫁さんになります。だからいいご褒美を買って来てね」。
「買ってくるなと言っても買って来ますよ」。
「それなら買ってくるな」。
「ハイ」。
2人は向かい合って笑った。時間が過ぎてゆくのも忘れていた。
「私、今日のこと忘れないわ」。
「僕だって忘れはしないよ」。
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