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「『星の王子さま』のメタファー」慶應義塾大学看護医療学部2013年

(1)問題


 
次の文章は、アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著、倉橋由美子訳『新訳星の王子さま』からの抜粋です。文章を読んで、以下の設問に答えなさい。
 
問題1. 太字①で、狐は、友だちを持つには「辛抱強くすることだよ」と答えています。「幸抱強くすること」とは、具体的にはどのようなことだと考えますか。あなたの体験を踏まえて、400字以内で述べなさい。

問題2. 太字②で、狐が言った「麦畑の色がある」とはどういうことか、200字以内で述べなさい。

問題3. 太字③の、「ぼくはぼくのバラに責任がある……」とは何を意味しているか、300字以内で述べなさい。
 
狐が現れたのはそのときだった。
「こんにちは」と狐がいった。
「こんにちは」と王子さまは丁寧に答えて振り返ったが、何も見えなかった。
「ここだよ、林檎の木の下だよ」という声がした。
「きみは誰? かっこいいね……」と王子さまがいった。
「おれかい? 狐だよ」と狐がいった。
「ぼくと遊ぼうよ。ぼく、とても悲しいんだ」
「おれはあんたとは遊べない。まだ仲良しになってないからね」
「そうなのか。ごめんね」と王子さまはいった。しかしちょっと思案してからいった。
「『仲良しになる』ってどういう意味?」
「あんた、このあたりの人間じゃないね。何を探してるんだ?」
「人間を探してる。『仲良しになる』って何のこと?」
「人間は鉄砲を持っていて、狩りをするんだ。まったく困ったもんだ。鶏も飼っている。人間はそんなことしか興味がないんだ。あんた、鶏を探してるのか?」
「違うよ。友だちを探してるんだ。『仲良しになる』ってどういうこと?」
「これはしょっちゅういい加減にされることだけど、『関係をつくる』ってことさ」
「関係をつくる?」
「ああ、そうだ」と狐はいった。「おれにいわせると、あんたはほかの十万の男の子とまったく同じような男の子だ。だからおれはあんたを必要としない。あんたも同じで、おれを必要としない。おれは十万といる狐と似たようなもんだ。ところがおれがあんたと仲良しになると、おれたちは互いに相手が必要になる。あんたはおれにとってこの世にたった一人のおとこのこになるし、おれはあんたにとってこの世にたった一人の狐になる……」
「話がわかってきたよ」と王子さまがいった。「花が一本咲いててね……ぼくはその花と仲良しになったんだ……」
「たぶんな。地球ではよくあることだよ」
「いや、これは地球での話じゃない」
狐はすっかり興味をそそられたようだった。
「ほかの星での話かい?」
「うん」
「その星に猟師はいるのか?」
「いないよ」
「そいつは面白いや。鶏は?」
「いないよ」
「どうもうまくいかないな」といって狐はため息をついた。
しかし狐は話をもとに戻した。
「おれの暮らしはだ単調だ。おれは鶏をつかまえる。人間はおれをつかまえる。鶏はみな同じようなものだし、人間はみな同じようなものだ。それでおれは少々退屈してるんだ。だけど、あんたがおれと仲良しになってくれたら、おれの生活も太陽がいっぱいということになる。ほかの足音とは違う足音がわかるようになる。ほかの足音だと、おれは穴の中に隠れてしまう。でもあんたの足音がしたら、音楽だと思って穴の中から出てくる。それにほら、向こうに麦畑が見えるだろう。おれはパンなんか食べない。麦なんてまったく役に立たない。麦畑はおれに何も話しかけてこない。残念なことだ。だけど、あんたは金色の髪をしている。おれがあんたと仲良しになったら、麦畑はすばらしいものになる。金色の麦を見ると、おれはあんたを思い出すわけだ。そして麦の上を渡る風の音も大好きになる……」。
狐は黙って長いこと王子さまの顔をじっと見ていた。
「お願いだから仲良しになってほしい」と狐がいった。
「ぼくもそうしたいけど、あまり時間がないんだ。友だちも見つけなきやいけないし、知らなきゃいけないこともたくさんある」
「仲良しになった相手でないと知ることはできないね。①人間ときたら、今ではもう何も知る暇もない。店でできあいの品物を買うだけだ。友達が買える店なんてありっこない。だから、人間はもうともだちは持てない。友だちがほしかったら、おれと仲良しになることだ。」
「でも、どうすればいいの?」と王子さまは尋ねた。

「辛抱強くすることだよ」と狐が答えた。「最初はおれから少し離れてそこの草の上に座る。あんたを目の隅で見る。あんたはなにもしゃべってはいけない。言葉というものが誤解のもとだ。一日ごとにあんたはだんだん近づいてきて座れるようになる。」
次の日、王子さまはまたやってきた。
すると狐がいった。
「同じ時刻に戻ってくるほうがいいんだけどね。たとえば、あんたが午後四時にやってくるとすれば、おれは三時にはそろそろ嬉しくなる。四時が近づくにつれてますます嬉しくなる。四時にはすっかり昂奮して落ち着かなくなる。幸せにはそれなりの代償もあるということに気がつくだろう。あんたが、いつでもかまわずにやってきたら、気持ちの準備をいつすればいいかわからない……きまりというものがいるんだ」
「きまりって、何のこと?」と王子さまがいった。
「それがまた、いい加減になっていることが多いんだな」と狐がいった。「ある一日はほかの一日とは違うし、ある一時間はほかの一時間とは違う。これは事実だ。たとえば、おれを追っかける猟師にだって、きまりというものがある。猟師は木曜日に村の娘たちと踊る。で、木曜日はおれにとってすばらしい日になる。その日は葡萄畑まで遠出することができる。だけど猟師がいつでも好きなときに村の娘と踊ることになったら、どの日も区別がなくなって、おかげでおれには休日もなくなる」
王子さまはこんなふうにして狐と仲良しになった。だが別れのときが近づいてきた。
「ああ、おれは泣いちゃうだろうな」と狐はいった。
「それはきみがいけないんだよ」と王子さまはいった。「ぼくはきみに何も悪いことをするつもりはなかった。きみはぼくに仲良くしてもらいたかったんだね……」
「そのとおりだよ」
「でも、きみは泣きだすんだろう?」
「そうだよ」
「じゃあ何もいいことなんかないじゃないか」
「いや、ある。麦畑の色があるからね」

それから狐はまたいった。
「もう一度、バラを見てごらん。あんたのバラがこの世界に一つしかないってことがわかるから。それから、さようならをいいにここに戻ってきたら、秘密の贈り物をあげるよ」
 
王子さまはもう一度バラを見にいった。
「きみたちはぼくのバラの花とはまるで違うね」と王子さまはいった。「きみたちはまだ何者でもない。誰もきみたちを仲良しにしたわけじゃないし、きみたちも誰かを仲良しにしたわけじゃない。ぼくがはじめてあの狐と出会ったときと同じだ。狐はほかの十万匹の狐と変わらなかった。でも彼を友だちにしたんだから、今ではこの世界に一匹しかいない狐だ」
そういわれてバラたちは恥ずかしい思いをした。
「きみたちは美しい。でも空しい。人はきみたちのために死ぬ気にはなれない。そりゃ、ぼくのバラだって、ただの通りがかりの人が見ればきみたちと同じようなものだと思うかもしれない。だけど、ぼくのバラはそれだけで、きみたち全部を一緒にしたよりもずっと大切なんだ。だって、ぼくが水をやったんだからね。覆いガラスもかけてやったし、衝立で風も防いでやったんだから。毛虫も(二つ、三つは蝶々になるようにそのままにしたけど)殺してやった花だから。不平にも自慢話にも耳を傾けてやったし、黙っているときでさえも耳を傾けたんだから。彼女はぼくの花なんだ」
 
それから王子さまは狐のところに戻ってきた。
 
「さようなら」と王子さまはいった。「さようなら」と狐がいった。「おれの秘密を教えようか。簡単なことさ。心で見ないと物事はよく見えない。肝心なことは目には見えないということだ」
「肝心なことは目には見えない」と王子さまは忘れないように繰り返した。
「あんたのバラがあんたにとって大切なものになるのは、そのバラのためにあんたがかけた時間のためだ」
「ぼくがバラのためにかけた時間…」と王子さまは忘れないように繰り返した。
「人間というものはこの真理を忘れているんだ。だけど、忘れてはいけない。あんたは自分が飼いならしたものに対してどこまでも責任がある。あんたはあんたのバラに責任がある……。
「ぼくはぼくのバラに責任がある……」と王子さまは忘れないように繰り返した。 
 
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ著、倉橋由美子訳『新訳星の王子さま』(宝島社、2005)l03~113頁より抜粋

(2)考え方


問題1

「辛抱強くする」の意味する内容をできれば多義的に解釈できるようにすること。

その多義的ななかから、特に大切だと思われる秘訣を1つ深堀りして書いてゆく。

自分の経験を下敷きにしながら、多少事実を誇張して書いてもよい。

問題2

金色の麦畑から何を連想するのかを考える。

問題3

「星の王子さま」は単なるファンタジーではなく、寓意(ぐうい)(注)を持たせた物語であることを理解すること。

とすれば、バラは花の薔薇ではなく、何かほかのもののメタファー(喩え)であると推測することができる。

看護医療学部の問題であるから、直接的にはバラは「患者」のメタファーという含みを出題者はもたせているが、「患者」に限定せずに、もっと広いものを指し示すと考えたほうが答案を作成するうえで書きやすいだろう。

(注)寓意:他の物事に仮託して、ある意味をあらわすこと。


(3)解答例


 
問題1.
 「辛抱強くする」とは、相手の欠点に対して目をつぶって我慢するとか、相手の好意がこちらに向くまで頃合いやタイミングを見計らうという意味のほかに、相互の成長を末永く見守ることの大切さも含意する。
他者との信頼の構築には時間がかかる。若いころには互いの未熟さが前面に出て、相手の立場や気持ちを考慮せず互いに自己主張をすることで、衝突を繰りかえし、傷つけ合うこともしばしばだった。
 若輩の私はこうした欠点をただ相手のみに責任を帰す傾向にあった。だが、自分も成長するにしたがい、こうした「若気の至り」はお互いさまであることに気づいた。相手のせいにして関係を絶つのではなく、寛容の精神で交友関係を辛抱強く維持すること。そして、自身の精神的な未熟に対しても我慢しながら、友人との成長を確認し合い、「昔と違ってずいぶん大人になった」ことを喜び合う姿勢が親友を持つ秘訣であり、また喜びでもある。
(400字)
 
問題2.
王子さまとせっかく仲良しになれたのに悲しい別れのときがくる。王子さまと別れて狐は孤独になる。しかし、金色の麦畑を見ると世界からまったく孤立した存在ではないことに気づかされる。金色の麦畑は金色の髪の王子さまや王子さまと話した楽しい日々を思い出すことができる。そして麦の上を渡る風の音も大好きになり、麦畑を通して自分と世界とのつながりを確認することができるということ。(182字)
 
問題3.
王子さまは自分の時間を割いて一生懸命に世話をしてバラを育てた。その結果、王子さまはバラと仲良しになることができた。それまで自分にとってまだ何者でもなかったバラが世界で唯一のかけがえのない存在となった。このようにバラが大切なものとなり、バラとの間に一定の関係性を築くことができた背景には、自分が対象に対してかけた長い時間が存在する。時間は目には見えないが、自分がバラを育てるためにかけた大切な人生の時間は対象のなかに血肉となって生きている。このことから、自分が自身に対して責任を持つように、自分の時間の一部を共有した、バラに象徴される他者に対して、人には倫理的な責任が発生するという真実が導き出される。(300字)

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