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小説学校犬タロー物語⑦、野良犬タローの危機、職員会の議題になる

タロー職員会の議題になる
司会の先生が「本日の予定されていた議題はすべて終わりました。緊急の議題がない限り、職員会を終わりにしたいと思います。よろしいでしょうか。」といういつもの口上を述べたのです。

その時、タローを教室から追い出そうとした数学科の町田先生が挙手をして発言を求めたのです。

「一つ議題として取り上げて欲しいことがあります」と述べて、タロー追い出し事件を説明したのです。
「野良犬が教室に入り込むということは大いに問題がります。ゼーゼーという咳もしており。病気持ちだと生徒に危険が及ぶこともあり得ます。この件についてのきちんとした対応策を望みます。」と述べたのです。

これに触発されて、家庭科の先生が発言したのです。
「タローの件について困っていることがあります。昼食時に教室に入ってきて、弁当のおかずのおすそ分けをねだるのです。犬嫌いの生徒は、教室から外に出て、ベランダで食べているのです。寒い時には可哀そうです」

この時、タローは危機が迫ってきていることを知る由もありません。畑の中の作業小屋でぐっすりと眠っていたのです。保健所に連絡されれば、命を失うかもしれないのです。

この時、タローを弁護する先生が出現したのです。国語科の松野先生です。

数学科の先生の多くは論理的で筋道を通そうとする人が多いのです。国語科の先生も論理的で理屈に合った議論を進めるのですが、そこに人情味が加味され、聞く人の心を動かす弁舌に優れています。その上、豊富な語彙を駆使するのも、お手の物です。

国語科の松野先生は校内屈指の論客で、職員会での発言数は一番多い先生です。タローに強力な味方が現れたのです。

松野先生が挙手して意見を述べます。
「私はタローを処分することには反対です。多くの生徒がタローを好いています。学校側が生徒に無断で処分すれば生徒の心を傷つけることになります。タローはおとなしい犬で生徒に害を与えるような犬ではありません。タロー大好きの生徒たちがタローを囲んで楽しそうにしている様子を私は度々目にしています。タローは生徒たちの心の中に深く入り込んでいるのです。タローを処分するということは生徒たちの心を傷つけることになります。」

つづいて商業科の大川先生がタロー弁護ために発言したのです。
「私もタローを処分することには反対です」と述べ、動物飼育と命を大切する教育との関連や、学校教育における情操教育の 大切さ等について、長々と演説したのです。校内で校長の次に高齢の大川先生は、職員会で議論が高まった時、一段と広い視野から意見を述べる傾向があるのです。

ここでまた数学科の町田先生が挙手したのです。
「私は、なにも、タローを保健所に渡し処分せよと言っているわけではありません!野放しにしておくのではなくキチンと管理すべきだと言っているのです!」

町田先生は内職用の書類の束を両手で縦にして持ち、机の上でトントンと調子を整えながら述べたのです。この動作は町田先生の癖で、やや高まってきた感情を抑制する効果もあるようです。

解決の糸口をみつけてホットした司会の先生はこの機を逃さず、まとめにかかり始めたのです。

「タローを野放しにしておくのではなく、キチンと管理し,学校で飼うという方向で進めるということで大方の意見がまとまってきたと私は考えますが,それで宜しいでしょうか?」と述べ、異論がないのを確かめ、「では、誰が、どのようにして管理するかについてのご意見をお願いします」と進めていったのです。

生徒に対して、面倒見の良い国語科の松野先生です。犬のタローについても労をとることをいとわない松野先生が発言します。

「私がタローをしかるべきところにつなぎ、動物病院に連れて行き,診てもらい予防注射もしてもらいます。餌と散歩の世話も、タローを一番かわいがっている杉本先生と一緒にやります。杉本さん、、いいですね。」

昨年の春に、大学を卒業して赴任してきたばかりの理科の杉本先生、びっくりして「ハッ、はーい。いいです」

こうして、犬について、約60人の職員が約1時間にわたって審議した職員会が終わったのです。


後にタロパパ(生徒からタローのお父さんという呼び名をもらった) と呼ばれるようになった教員を紹介しておいた方がが良いでしょう。この後、学校犬タローと深くかかわってくる社会科の大町先生のことです。大町先生は50歳で、まだ独り者という少し変わった男です。

「今日は職員会が早めに終わりそうだ。夕食は久しぶりに居酒屋で、お銚子一本と魚定食にしようか?それともアパートの近くの中華食堂でホイコーロ定食で軽く済まそうか?」と考えていたところ、思いがけもなく、全く関心のない犬のことで職員会が長引いてしまいました。追放と決まろうが学校で飼うことに決まろうがどちらでも良い。とにかく早く、終わってほしいとのみ考えていたのです。

まさか。この後の7年間、土日も長期休みの時にも登校してタローの世話をすることになることなど考えもしませんでした。ましてや、教員生活終了が近づきつつあった時期にタローが大町さんに最大の喜びを与えてくれることなど思いもしませんでした。
さて、この後、タローは生徒、教職員にどのような影響をもたらしたのでしょうか?



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