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ただアウシュビッツ収容所が隣にあるだけ。『関心領域』【映画レビュー】

- - - - ★つけれず
鑑賞日:5月29日
劇場: MOVIX三好
監督:ジョナサン・グレイザー
出演: クリスティアン・フリーデル


“愛の反対は憎しみではなく無関心だ” マザー・テレサ
 

「私は特定の地域や戦争について、ここでは深く語りたくはありません。その議論をするためにここにいるのではありませんし、現在起こっていることについて誰かとけんかをするつもりもありません。私が興味を持つのは、平和、理解、仲直りを訴えることです。」

ジョナサン・グレイザー監督メッセージ(パンフ抜粋)


視覚的な暴力は一切なく聴覚でホロコーストを想起させる

ここに映し出される光景は 普通の、少し裕福な家庭の日常だ
ただアウシュビッツ収容所が隣にあるだけ 

普通の、少し裕福な家庭の日常

意図的に設置された定点カメラは 
普通の中間管理職につく男の日常を捉えている
会社(軍)のために働き、効率化を考え、成果を上げすぎたために上司(上官)に嫌味を言われ 栄転という名目の左遷を受け、愛車(馬)を手放し、妻には単身赴任を希望される それでも善き夫、善き父親として接しつつ、たまにつまみ喰いをする 普通の男ルドルフ・ヘス
劇的なことは皆無、無関心に努めて普通の生活を送る 

しかし唐突に 臨界点を超え 暗闇の奥の小さな灯に未来を観る
刹那、我々観客と視線が交わり ラストに我々はグレイザー監督のメッセージを受け取ることとなる 

過去の話ではなく地続きで今に繋がっている。

“荷”を焼却した灰で育った美しい花を愛でる妻ヘートヴィヒ

より無関心を体現するのは 妻ヘートヴィヒだ
毎日のように届けられる衣服や装飾品 誰のものだったかに興味はなく当たり前のように恩恵に与る
“荷”を焼却した灰で育った美しい花々 滑り台付のプール 夢だった庭園付きマイホームを手放したくない妻は単身赴任を懇願し 画策する 
常にホロコーストを感じさせる庭園からの風景や音には 無関心を決め込む 

あまりに無神経な言動の数々だが、果たしてヘス夫婦と我々観客との間に明確な隔たりはあるのだろうか
ひとはみな 程度の差こそあれ 他人の痛みに気づかぬふりをして生きているのかもしれない 

慣れてしまった日常が 異常なのだと引き戻してくれる

実話に基づいたとされるネガポジ反転映像で魅せるリンゴのエピソードが安堵を誘う 拾った手書きの楽譜でピアノを弾くシーンが 慣れてしまった日常が 異常なのだと引き戻してくれる

まるで新発売のBBQセットのプレゼンをしているかの如く 焼却炉の効率化を嬉々として語り 塀の向こうの彼らを“荷”と呼ぶ異常な世界

無垢の存在が環境によって化物になってしまう可能性も示唆されていた

不穏な音が頭から離れない

不穏な音が頭から離れない
心の中の触れられたくない柔らかな部分を 素手で触られているかのような感覚
途中、あまりに普通な生活に 睡魔が襲ってきたのだが これこそが慣れの怖さだと気づく ヘス一家と自分との差が 曖昧になっていく
日常に潜む悲劇に自分がいかに無関心か 
面白かった、傑作だと評価し辛いが 観れば心揺らされるであろう映画

みんな自分の生活圏以外に興味はないだろう? と
 


ジョナサン・グレイザー監督は、スパイク・ジョーンズと同じくCMやミュージック・ビデオの仕事で脚光を浴びた後、映画の世界へ飛び込んだ
異業種監督だ。映像の美しさはこの頃から。

超有名なPV ジャミロクワイ1996年リリースのシングル曲「Virtual Insanity」ジェイ・ケイかっこいい
他にもレディオヘッドの「Karma Police」、ブラーの「The Universal」等々
著名アーティストのPVを次々に手がけた
 


美しい映像と説明しすぎない演出

『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』(2013)
グレイザー監督スカーレット・ヨハンソン主演のSFスリラー
グレイザー作品とは知らず スカヨハ観たさに鑑賞したが、スカヨハの熱演もさることながら美しい映像と説明しすぎない演出で引き込まれた
グレイザー監督に興味を持った方、おススメです

ジョナサン・グレイザー 今後も注目したい監督だ


『ヒトラーのための虐殺会議』(2022)
こちらグレイザー監督は関係ないが、『関心領域』とは違うアプローチ、
「会話」によってホロコーストを想起 こちらも暴力シーンは一切ない
会議のテーマは ”「最終解決」に向けて 人員もお金も節約し 如何に効率よく目標を達成させるか ” 
様々な「最悪な」ナイスアイデアが飛び交う 背筋も凍る「ビジネス会議」 
ヘスの名前も挙がっていた
改めて人間の恐ろしさ 愚かさを知らされる
『関心領域』と対を成す、あるいは前日譚的な作品ではないだろうか
 観入ってしまったが、鑑賞後の気分は  よくない
 


                     (text by 電気羊は夢を見た)


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