ハトの実験
「ハトはなぜ首を振って歩くか?」という研究が面白かった。
もしハトがヘッドホンでもしているなら、「ああ、そういうことね」とすれ違いざまにハイタッチでもして終了なのだが、たぶん彼らにビートという概念はない。ではどうしてあんな風に首を振っているんだろう。気持ち悪くはならないのか。たしかに気になっていた。
ハトの歩き方を観察してみると、(1)まず頭を前に突き出す (2)そこに体が追い付く を繰り返している。つまり体が追い付くまでの間、頭の位置は動かない。バレエダンサーがスピンをする時、酔わないように顔はなるべく正面に固定して回っているが、どうやらあれと似たようなことをやっているらしい。これを確かめるために研究チームがやったことが傑作だ。彼らはハトをベルトコンベアに乗せた。すると、動いても景色が変わらないことに気が付いたハトは、あっさり首を振るのをやめて普通に歩き始めたのだ。
ところで皆さんはランニングマシンを使ったことがあるだろうか。僕が初めて挑戦したのは、まだ本格的にランニングを始める前のことだ。とりあえず30分を目標に走った。コンベア上のハトみたいに変わりばえのしない景色を眺めたまま、永遠に思える時間を過ごした。ようやく走り終えてマシンを降り、汗を拭きふき歩き出した途端、異変は起こった。
ものすごい「めまい」だった。歩こうと思っても、視界がぐらんぐらんして立っていられない。急に走ったせいかと思ったが、歩くのをやめると「めまい」は止まる。再び一歩進むと目の前の景色が高速でビューーーンと後ろに流れる。ひどい乗り物酔いみたいに頭がぐらぐらして今にも吐きそうだ。這うようにして椅子までたどり着いて息を整えた。ガラスに映る顔が真っ白だった。
落ち着いた頃にようやく気が付いた。30分の間に僕は、走っても景色が動かないことに慣れてしまっていた。走っても変わらなかった景色が、のろのろ歩くだけでサーッと流れることに脳が混乱したのだ。動いていないエスカレーターを歩くと足が重く感じるのは、きっと動いているエスカレーターを歩く時より進むのがずっと遅いからで、それと逆のことが起きたんだろう。本当にびっくりした。
僕が読んだ実験の記事には、もちろんコンベア後のハトのことは書いていなかった。だけどもしかしたらそのハトも謎の「めまい」に襲われたんじゃないかと踏んでいる。あの時の僕と同じで、豆鉄砲を食らったように驚いたに違いないのだ。
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