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【本】大栗博司「強い力と弱い力 ヒッグス粒子が宇宙にかけた魔法を解く」感想・レビュー・解説

さて、この本の内容をなるべくちゃんと説明しようと思って、色々考えていたんだけど、でもやっぱりちょっとそれは難しいかもと思いました。

本書は、「標準模型」と呼ばれる、素粒子物理学の現時点での到達点を説明する本としては、恐ろしく分かりやすいし、読みやすいし、面白いです。僕がこういう分野の本を元から結構読んでいるということはもちろん無関係ではないと思いますが、とにかくスイスイ読めました。本書で初めて「標準模型」に触れる人は、やはり難しさを感じるとは思いますが、それは「説明」が難しいのではなくて「標準模型」が難しいのです。本書は、超難解な「標準模型」を説明する本としては、とても分かりやすいと思います。

ただ、僕が「理解したと思っていること」を、誰かに説明するのはまたちょっと別の話だな、と思います。僕は本書を読んで、かなり理解できた気になっているけど、でもやはり、誰かにちゃんと説明できそうにない以上、ちゃんとは理解していないということなんだと思います。

というわけでこの感想では、大雑把な流れだけ触れていこうと思います。

本書は、一体何について書かれた本かというと、それは「標準模型」についてなんですけど、もう少し詳しく書くと、「なぜヒッグス粒子の発見が大ニュースだったのか」を理解するための本、と言っていいでしょう。「ヒッグス粒子」というのは、「標準模型」に含まれる18種類の素粒子(パラメータ)が存在していますが、その中で最後まで発見されていなかったものです。つまり、「ヒッグス粒子」が発見されたことで、ようやく「標準模型」が完成した、と言えるのです。

しかし、「ヒッグス粒子」の重要度はそれだけではありません。そもそも「ヒッグス粒子」は、「弱い力」の3つの大きな謎を解くために存在が仮定されたものです(まあ実際には、「強い力」を解くために最初は仮定されたんですけど、その辺りの顛末は是非本書を読んでください。ワインバーグさんが頑張ったみたいです)。もし「ヒッグス粒子」というものが(というか、正確に言えば「ヒッグス場」が)存在すれば、「弱い力」が抱えていた難問3つを一気に解決できるぞ!と期待されたわけです。しかしその一方で、「ヒッグス場」の存在を導入しないで「弱い力」を説明する理屈も提唱されていました(「テクニカラー理論」と呼ばれていました)。つまり、「ヒッグス粒子(ヒッグス場)」が発見されたことで、「ヒッグス粒子(ヒッグス場)」が組み込まれた理論の方が正しい、ということがはっきりするわけです。

本書の著者は、この「ヒッグス粒子」の発見について、こんな風に書いています。

【ヒッグス粒子発見の宣言を聞いて、「自然界は本当に標準模型を採用していたのだ」という驚きと感動をかみ締めました】

物理学者でないとなかなか実感できないとは思いますが、本書冒頭のこの文章を読めばもう少し理解できるかもしれません。


【私が感動したもう一つの理由は、ヒッグス粒子の発見は、技術の勝利であるとともに、数学の力でもあったということです。
この粒子の存在は、素粒子の世界を数学的に説明するために、理論物理学者たちが紙と鉛筆で考え出したものです。「こういう素粒子があれば理論的に辻褄が合う」という形で予言したものですから、本当にそんなものが存在するかはわかりませんでした(中略)
ところが今回の発見で、自然界がその理論を採用していたことがわかりました。人間が頭の中で考え出したことが、自然の基本的なところで実際に起きていたのです】

理論的制約の中で生み出されたものだとはいえ、人間の「妄想」でしかなかったものが、実験によって存在することが確かめられ、自然の精緻さを感じた、ということで、そう説明されると、ちょっとは分かるような気がします。


さてでは、「ヒッグス粒子」はどのようにして「弱い力」の謎を解消したのか。それが「自発的対称性の破れ」と関わってきます。つまりこういうことです。

「自発的対称性の破れが起こっているなら、弱い力の謎はすべて解消される」→「自発的対称性の破れが起こるような仕組みを考えよう」→「その仕組みの核となるものがヒッグス粒子(ヒッグス場)である」

この「自発的対称性の破れ」は、南部陽一郎という理論物理学者が考え出したものです。彼の業績については本書にも色々言及がありますが、二つほど抜き出してみましょう。

【2004年に強い力の「漸近的自由性の発見」でグロス、ウィエウチェック、ポリッツァーの三人がノーベル賞を受賞した際、スウェーデン王立科学アカデミーの公式発表には「南部の理論は正しかったが、時代を先取りしすぎた」との異例の言及がありました】

【(偉大な理論物理学者には、賢者、曲芸師、魔法使いの三種類のスタイルがある、という著者の発言の後)そして、ごく稀に魔法使いとしか考えられない研究者が現れます。彼らの仕事は、時代を超越しているので、並の研究者にはすぐに理解できません。論文を読んでも、どうしてそのようなことを思いついたのか、なぜそうなっているのか、見当がつきません。しかし、彼らはこれまで誰も見たことのない自然界の深い真実を指し示しているのです。
南部は二十世紀を代表する魔法使いと言えるでしょう】

「自発的対称性の破れ」について本書では、【専門の物理学者でさえその意義を理解するのに何年もかかった理論】と書いていて、とにかくいかにそれが独創的で、しかもあらゆる分野に関わる発見だったことが示唆されます。

この「自発的対称性の破れ」自体の説明はしませんが、何故これが「弱い力」の謎を解くことになったのかは書いておきましょう。

とここでようやく、「強い力」と「弱い力」が何なのかの説明を挟みたいと思います。

まず「強い力」から。これは、「クォーク同士を結びつける力」です。「クォーク」というのは、原子よりもさらに小さい、現時点で物質の最小構成要素と考えられているものです。例えば原子などは、三つの「クォーク」が結びついて出来ている、と考えられています。そしてその「クォーク」を結びつけているのが「強い力」なわけです。

一方「弱い力」は、「ある粒子を別の粒子に変える力」です。例えば「中性子」という粒子は、「弱い力」の働きによって、「陽子」という粒子(に加えて「電子」と「反ニュートリノ」)に変化します。

ちなみに、この「強い力」「弱い力」という変な名前は、ちゃんとした正式名称(「重力」や「核力」などと同様に)なんですが、何に対して「強い」「弱い」のかというと「電磁気力」に対してです。自然界には「重力」「電磁気力」「強い力」「弱い力」の4つの力があるとされていて、その内素粒子物理学の世界では「重力」を除く三つが重要です(何故なら、「重力」は他の三つと比べて遥かに弱いからです)。で、「電磁気力」より強いから「強い力」、「電磁気力」より弱いから「弱い力」と名付けられたとのことです。

さて、「強い力」も「弱い力」も、発見された当時から謎だらけの力でしたが、「ヤン―ミルズ理論」という、場の量子論と呼ばれる理論が登場したことで突破口が開けることになります。僕には「ヤン―ミルズ理論」が何なのか説明できませんが、とにかくこれによって、最終的には「強い力」の謎も「弱い力」の謎も解けることになったんだそうです。

しかしそこには、「対称性」という大きな問題がありました。

「ヤン―ミルズ理論」は、「対称性」のあるものを入れ替える理論です。「対称性」というのは、「入れ替えても変わらない性質」のことです。例えば、正三角形は、60度回転させてもまったく同じ形のままです。この時、「正三角形には回転対称性が存在する」と言います。

で、「強い力」の場合は、「対称性」が保たれていたので、普通に「ヤン―ミルズ理論」が使えます。何の問題もありません。しかし「弱い力」の場合、「対称性」が保たれていなかったので、そのままでは「ヤン―ミルズ理論」を使えないのです。そして、この難問を解消するきっかけを作ったのが、南部陽一郎の「対称性の自発的破れ」という考え方なのです。

簡単に言うと、こういうことになります。「弱い力」も、理論上は「対称性」が保たれている。しかし現実には「対称性」が「自発的に破れている」のだ、と。理論の段階で「対称性」が保たれていれば、現実で「対称性」が保たれていなくても「ヤン―ミルズ理論」を使える可能性がある、と示したわけです。そしてヒッグスら(「ヒッグス場」のアイデアを考えたのは、ヒッグスも含めて同時期に3グループあったそうです)は、「ヒッグス場」というものが存在すれば、「弱い力」が「対称性の自発的破れ」を引き起こすモデルを作り出すことが出来る、と提唱し、「ヒッグス粒子」の発見によってそのモデルの正しさが証明されたわけです。

さてでは、「自発的対称性の破れ」とはどういうことなのか。これについては、僕が説明するより、本書を引用した方が伝わりやすいはずなので、引用します。

【鉛筆を尖った方を下にして机の上に立てようとしてみてください。どんなにがんばって釣り合いを取ろうとしても、結局はどちらかの方向に倒れてしまうはずです。鉛筆が倒れる前の状態には特別な方向はないように見えます。最初は回転対称だったはずなのに、倒れてしまった後には鉛筆の向いている方向が決まるので、対称性が破れてしまうのです。あなたが意図して鉛筆が倒れる方向を選んだわけではないのに結果的に対称性が破れてしまうので、「自発的対称性の破れ」と呼びます】

【南部はノーベル賞の受賞記念講演で、対称性の自発的破れを、次のようなたとえで説明しています。
広い体育館の中にたくさんの人々が並んで立っていると思ってください。この体育館は完全な円形で、壁には時計もなければバスケットボールのゴールやステージもありません。したがって、どちらを見ても風景は同じ。つまり回転対称の状態です。
特別な方向がないので、そこに立っている人々はどちらを向いてもよさそうです。ところが彼らは付和雷同しやすい性格で、周りの人たちと同じ方向を向きたがる。最初はバラバラの方向を見ているのですが、その中の何人かがある方向を向くと、周囲もそれにつられて同じ方向を向くようになります。その結果、体育館そのものは回転対称なのに、そこにいる人々がすべて同じ方向を向く。回転対称性が自発的に破れているのです】

なんとなくイメージは伝わるでしょうか?「体育館そのものは回転対称なのに、そこにいる人々がすべて同じ方向を向くことで回転対称性が破れる」というのが、「弱い力は元々対称性を持っているんだけど、ヒッグス場によって対称性が破れる」と対応しています。そして「弱い力」は、元々対称性を持っているので、「ヤン―ミルズ理論」が使えて、大きな三つの謎が解消される、というわけです。

さて、大雑把にここまでの話をまとめてみましょう。

まず人類は、「強い力」と「弱い力」という、それまで知られていなかった未知の力を発見することになります。それらの力は、色々調べれば調べるほど謎めいていて、まともなやり方では説明がつきそうにありません。しかし、ようやく「ヤン―ミルズ理論」というものが登場し、「強い力」の謎が解き明かされることになりました。「ヤン―ミルズ理論」というのは、「対称性」が保たれていることが重要で、「強い力」は「対称性」が保たれているので、「ヤン―ミルズ理論」によって美しく説明がつくことになりました。しかし「弱い力」はそうはいきません。何故なら「対称性」が保たれていなかったからです。「弱い力」では、「対称性」が保たれていないせいで、解き明かされない3つの難問がありましたが、それらは、「弱い力」に「対称性」があるとすれば(「ヤン―ミルズ理論」が使えるので)
解消される問題でした。
そこで考え出されたのが「自発的対称性の破れ」です。世の中には、「対称性」が存在していても、それが自発的に破れてしまうことがある、という見方を南部陽一郎が提示し、「弱い力」の謎が解かれる可能性が拓かれました。そして、ヒッグスらが、「ヒッグス場」と呼ばれるものを導入することによって、「弱い力」に「自発的対称性の破れ」が起こるモデルを示すことが出来ました。そして「ヒッグス場」を導入したモデルによって、「ヒッグス粒子」と呼ばれる、まだ誰も見たことがない新粒子の存在が予測されるので、もしそれが実際に発見されれば、このモデルの正しさが証明されます。そして実際に「ヒッグス粒子」は発見され、それによって「ヒッグス場」が存在することが明らかになったので、ようやく「弱い力」の謎が解き明かされると共に、「標準模型」と呼ばれる、ノーベル賞受賞者だけでも40人以上が関わった、現時点での素粒子物理学の最高峰と呼べるモデルが完成した。

というわけです。

というわけで大体僕の説明は終わりですが、「ヒッグス粒子」に関する誤解を2点ほど取り上げて終わろうと思います。

まず、僕も実際に報道などで目にしましたが、「ヒッグス粒子は物質の質量の起源を説明する」という理解は、ほぼ間違っているそうです。何故なら、物質の質量の99%は「強い力」が生み出していて、残りの1%を「弱い力」(というか「ヒッグス場」)が生み出しているからです。もちろんこの1%の質量も重要なわけですが、物質の質量の99%は「ヒッグス粒子」とは無関係だそうです。

また「ヒッグス粒子」は「神の素粒子」と呼ばれていましたが、これにもちょっとしたエピソードがあります。ヒッグス粒子は、提唱されてから発見されるまで実に48年も掛かりましたが、あまりにも見つからないので、「ヒッグス粒子」についての解説書に「Goddamn Particle」というタイトルをつけようとした科学者がいたそうです。「goddamn」というのは「神(god)に呪われた(damn)」から転じて「こんちくしょう」とか「いまいましい」という意味を持つ単語だそうです。普段使ってはいけない下品な言葉で、経験なキリスト教徒なら神への冒涜とみなすほどだそうです。だから担当編集者はそのタイトルを却下し、代わりに「God Particle(神の素粒子)」というタイトルを付けたんだそうです。面白いですね!

本書の巻末には、「莫大なお金を掛けて加速器を建設し、何の役にも立たなそうな実験をすること」についてどんな価値があるのかについて書かれています。有名なエピソードは(僕は他の本でも読んだことがあります)、19世紀に電磁誘導を発見したマイケル・ファラデーの言葉でしょう。

【マイケル・ファラデーは、当時の財務大臣ウィリアム・グラッドストーンに「電気にはどのような実用的価値があるのか」と問われ、こう答えたといいます。「何の役に立つかはわからないが、あなたが将来、それに税金をかけるようになることは間違いない」】

新しく発見されたものの実用的な価値がすぐに見つかることはむしろ稀と言っていいでしょう。発見された当初は、大体のものが何に利用できるか分からないものです。しかしそうやって発見されたものが、僕らの生活を激変させてきたのも間違いのない事実なわけです。だから、「それが何の役に立つのか?」という質問に科学者が答えられないとしてもそれは当然のことであるし、仮に結果的にその発見が後世にまったく役に立たなかったとしても、それは、価値ある発見のためのリスクと捉えるべきだ、と僕は感じています。

また、面白かったのがこの値段の比較です。

【LHC(※加速器の一種)建設費の4000億円を「高い」と感じるか「安い」と感じるかは、人それぞれでしょう。比較のために、米国の最新鋭航空母艦一隻の建造費は、その2.5倍の1兆円2012年に開催されたロンドン・オリンピックの予算は3倍の1兆2000億円でした。また、ブラウン大学の調査によると、2001年9月11日以来のイラクやアフガニスタンでの武力衝突に、米国政府は2011年までの10年間でおよそ300兆円を費やしたそうです。日割りにすると、LHCを5日に1台建設できるだけの金額になります】

イラク戦争などはともかく、オリンピックの予算が1兆円を超えているとすれば、4000億円なんて大したことないなって感じますよね。


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