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【本】白河三兎「君のために今は回る」感想・レビュー・解説

内容に入ろうと思います。


本書は、二人の女性の物語が交互に描かれるスタイルで展開されていく。


【手のひらの一輪】と題された方は、死んじゃった女の子が主人公だ。千穂は死後、横浜の観覧車のあるBOXの地縛霊となった。確かにここは、千穂の思い出の場所ではある。でも、どうして?千穂は、一日中乗り込んでくる様々な人間を観察しながら、時折孤独に苛まれる。とはいえ、生前からあまり人と関わっていなかった千穂には、そこまで辛い環境ではない。


千穂が注目している人が二人いる。『オッチャン』と『かぐや姫』である。何故かこの二人は、必ず千穂がいるBOXに必ず座る。


『オッチャン』は、驚異の能力を持つ占い師だ。一日一人だけ、しかも観覧車の中だけでしか見ないという特殊なやり方で商売を続けるオッチャンは、未来を見通せているとしか思えない凄腕だ。どう考えても予知しようのない事柄を言い当てては、様々な人々を様々な場所へと誘っていく。実に不思議な人物である。


『かぐや姫』もまた変わっている。1周15分の時間制限付きでお見合いをしているようなのだ。しかも毎回、男はこっぴどく振られる。かぐや姫はもの凄く攻撃的で、男を憎んでいるとしか思えないほどだ。なんのために日々観覧車に乗り込んではお見合いめいたことをしているのかはさっぱり分からないが、とにかく強烈なキャラクターである。


千穂は、いずれ銀杏がこの観覧車にやってくるはずだと願って、日々を過ごしている。そのためだけに、ここにお張り付いていると言ってもいいかもしれない。


さて、もう一方の主人公は、ちゃんとまだ生きている。【井の中のスイマー】と題されるパートで、中学時代、千穂と仲良くしていた、フリーターの銀杏だ。


ある日のこと。部屋中の下着がなくなり、下着ドロか!と思った瞬間に、元カレの顔が浮かぶ。叡智。「エッチ」と呼んでいた。ちょっと前まで一緒に住んでいたが、追い出した。そろそろ同居人を見つけるか、引っ越すかしなくては。


そんな折、母親から、千穂が亡くなったという連絡を受ける。中学時代の同窓会と化した通夜の場から、柴崎と一緒に抜け出した。成り行きで柴崎の家で飲み直すことになった銀杏は、そこで柴崎に恋に落ちるのだが…。
というような話です。


ホント、白河三兎はいい作品書くよなぁ、と思う。広く受け入れられる作家かどうかというと、それは正直分からないのだけど、僕は白河三兎が凄く好きだ。


白河三兎は、社会からあぶれている人間を描くのが、もの凄く巧い。


白河三兎の作品に出てくる登場人物は(なんていいながら、本書と「私を知らないで」ぐらいしか読んだことはないんだけど)、とにかく周囲と巧く交われない人間ばかりだ。環境がそうさせる場合もあれば、信念がそうさせる場合もあるのだけど、とにかく皆、「普通」じゃない。そして僕は、とにかく「普通じゃない」人間が大好きなのだ。


「普通じゃない」人間を描くのは、実は難しいと思う。そこに、リアルな実感を持たせることが難しいと思うのだ。いくらでも、奇抜なキャラクターを設定することは出来るだろう。しかし、それが「実在感」を持つかどうかはまた別だ。

白河三兎の作品は、奇抜なんだけど、皆実在感がある。これがとても凄い。よくもこれだけタイプの違う変人を描き分けられるものだと感心する。しかも、変人ばかりでよくもまあ物語を紡ぎ出せるものだと感心する。本書は、構成の妙や、先がどうなるかまったくわからないストーリー展開の妙など、面白い点は様々にあるのだけど、やはり白河三兎が描く変人の描写に、僕はどうしても一番惹かれてしまう。


中でも、柴崎には驚かされた。柴崎の価値観には、僕はとても共感できるのだ。たぶん、柴崎には、共感できないという人が多いのではないだろうか?(わからないけど) こんな男、いたら最悪だ。でも、そんな最悪な男に、僕は実に共感できてしまうのだ。


柴崎はある人物に、「あなたは人を信用していないのね」と言われ、こう答える。

『自分の目の前にいる人のことは信用している。でもそれって自分の独りよがりで信用してるってことだよね。だったら、向こうが僕の信用に応えなくても、悪いのは勝手に信用した僕だ』

メッチャわかる!そうなんだよなぁ。これを聞いた相手は、「それは信用していないことと同じよ」と反論する。まあそうかもしれない。世間一般の価値観からすればそうなるのかもしれないけど、でもそういうつもりじゃないんだよなぁ、と僕は言いたい。こいつになら本当に裏切られてもまあいいか、と思える人間を信用している、ということなのだ。そう思っている以上、実際に裏切られても、相手を責める気にはならない。そうなんだよ、柴崎!


またある人物は柴崎をこう責める。

『やっぱりあなたは自分のことも信用していないのね?』

そう。僕は、自分のことを一番信用していない。柴崎も、そうだろう。というか、自分のことを信用するっていうことの意味が、僕にはよくわからない。自分が間違っている可能性については常に考えているし、自分の行動や発言こそ、一番怪しいと思っている。というか、そう思っている方が楽なのだ。自分を信用するより、自分を疑う方が遥かに楽だ。少なくとも、僕にとっては。


そして柴崎は、続けてこんな風に言われるのだ。

『あなたは誰よりも弱い。宿命的に打たれ弱い。だからあなたは常に打たれないことを心がけている』

そう!まさに僕はそうだ。僕はメチャクチャ弱い。だから、打たれたくない。自分と正面から向き合いたくない。逃げている方が楽なのだ。ボクシングだって、自分のパンチが当たらなくたって、相手のパンチを喰らいさえしなければ、少なくとも負けはしない。そう、僕はそういう戦略を取った。柴崎の気持ちが、凄くよく分かる。


またある人物は、柴崎のことをこんな風に評する。

『確かに柴崎は薄情で自分勝手な男だ。自分や他人の幸せより、自分の心が淀まないことに重きを置いている哀れな男だ』

正直、これほどまでに僕の行動原理の核心を衝く文章に、これまで出会ったことがなかったと思う。そう、そうなのだよ。僕は、出来るだけ自分が「正しく」ありたい。そのために、周りを不幸にすることになっても。僕は、あまり嘘を吐きたくないと思っている。

それは、嘘を吐くことが悪いとか、誰かに迷惑を掛けると思っているわけではなく、自分の「正しさ」が淀んでしまうのが嫌なのだ。だから僕は、なるべく嘘を吐かない。嘘を吐かずに済むような生き方を出来るだけ選択している。嘘を吐かなくてはいけない状況に陥った時点で、僕はどこかで失敗していると言っていいだろう。


正直、柴崎と僕とのドンピシャっぷりには驚かされた。もちろん、違う部分も多いだろう。というか、柴崎の良い点はあんまり似てない。似てるのは、柴崎の悪い点ばっかりだ。白河三兎は、柴崎のような男と現実で関わったことがあるんだろうか?こういう男は(僕も含めて)表面上にはあまりこういう部分を出さないから、そういう男とたとえ関わりがあったとしても、かなり深く関わっていないとそういう部分までは見えないだろう。

僕は白河三兎を女性作家だと思っているのだけど、少なくとも柴崎のような人間の価値観は、女性の内側から想像で生み出せるようなものじゃないと思うんだよなぁ。まあとにかく、柴崎の描写には驚かされました。
また、柴崎とは違うある人物は(なんとなく名前は伏せます)、こんな風に自己分析する。

『俺の中には何もないんだ。空っぽだ。みんなは「自分らしく生きろ」って簡単に言う。でも俺にはその「自分」がない。「自分らしさ」ってなんなんだ?』

これも僕の感覚と凄く近い。そう、僕には、『自分』がない。僕は、やりたいことも、食べたいものも、将来の展望も、とにかくそういうものがない。自分の内側からそういうものが湧きでてこない。なんでもいい。どうでもいい。僕はよくそういう言葉を使ってしまうのだけど、本心なのだ。

僕には、世界の広い範囲に渡って、特に自分の意見がない。自分の意見があるのは、極々狭い領域のことだけであって、それ以外のことについては、正直どうでもいい。その意見がある領域についても、「意見がある」程度のことであって、正直そこまでこだわりはない。割と色んなものを捨て去ることが出来る。


昔はそのことについて悩んでいたこともあったと思う。将来の夢を聞かれたり、希望の大学を聞かれたり、そういう自分の意志を問われる機会が増えるにつれて、自分には特に意志も意見もないということに気付かされていった。周囲の人間は、錯覚かもしれないけど、意志も意見も持っているように見えた。僕にはそれが羨ましく思えたものだった。


一方で、銀杏のこんな発言に共感したりもするのだ。

『負けず嫌いってわけじゃないよ。ただね、どうしても引きたくない種類のことがあたしの中にはあるのよ。それはあたしだけの絶対的なルールで、それを破ったらあたしがあたしではなくなっちゃうのよ』

「こだわり」はほとんどないくせに、領域的には極々狭い範囲の「こだわり」に、自分ルールを尊守したくなってしまうことがある。数学の知識がある方には伝わると思うのだけど、まるでデルタ関数みたいなものだ。ある箇所だけポーンと数値が跳ね上がる。そのポイントだけはどうしても自分を曲げられないのだけど、でもそれ以外の部分についてはどうでもいい。そういう極端な価値判断を日々しているように思う。


そんな人間だからこそ、銀杏がかつてテレビを見ながらガーナチョコレートを買ったというエピソードも、なんとなく理解できるような気がする。詳細は書かないけど、それはかなり奇矯な行動なのだ。でも、なんとなく分かる。なんとなく、銀杏がそうせざるを得なかった理由が、分かるような気がするのだ。


「どうしてそんなに人に優しくできるんですか?」と問われたある人物は、こう返答する。

『人の心はガラス細工のように脆いものなの。稀に防弾ガラスみたいにタフな人もいるけれど、大抵はソフトに扱わなくてはならないの。もし壊れたら、自分の手を傷つけることにもなるでしょう?だから自分が怪我しないことを第一に考えて慎重に優しく扱えばいいのよ。そうすれば自分も他人も傷付けないで済む』

僕は、割と「優しい」と言われることがある人間だと思うんだけど、自分ではそういう実感はない。まさにこの人物のように、「自分の手を傷付けない」ことだけを考えて行動しているだけだ。僕自身は、自分のことしか考えていない人間だと思っている。でも、そういう風に見られることは少ない。そう見られないように振舞っている、ということもあるのだけど。


とにかく、本書に出てくるあらゆる人物が「普通」から外れていて、そして部分部分でもの凄く共感できる部分がある。今回の感想では、そういう変人的な部分にしか触れていないのだけど、僕がとにかくそういう部分に惹かれてしまうのだから仕方ない。二つのパートがどんな風に折り重なっていくのかという構成も巧いし、正直大した内容なわけじゃない物語をここまで読ませる小説に仕立て上げている力量なんかも見事だと思います。相変わらず、いい作品書きますなぁ、白河三兎。これからも注目していきたいと思います。


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