【映画】「あゝ、荒野 後編」感想・レビュー・解説

不思議な映画だった。

そもそも、前後編合わせて5時間もある。非常に長い映画だ。だから、ストーリー部分以外の余白がかなりあるような印象だった。ジグソーパズルの中に、不必要なピースがたくさん紛れ込んでいるような感じ。完成させるまで、どれが要らないピースなのか分からない。でも、確実に不要なピースはある。この映画でも、観ている段階では、どのシーンが浮いているのかは分からない。分からないけど、ストーリー部分に直接関係なさそうなシーンも結構出てくる。それらをどう消化するのかで、この映画の捉え方が変わるような気がする。

様々な人間の人生が交錯する。物語だから、線が重なりすぎているのは、ある程度仕方がない。不幸な生い立ち、人生の転機、震災、若者を徴兵しようとする法案、自殺者を食い止めようとする活動をする大学生、親族の死の真相―そういう様々な人間の人生が、海洋闘拳ボクシングジムを中心に交わっていく。

しかし、そのそれぞれに対して、明確な答えは用意されない。映画の中で、彼らの多くは決断をしない。まったくしないわけではないが、はっきりとこうだと分かるような、物語によくあるスパッとした決断はあまり出てこない。それが、人間らしいなと思う。ある決断をしたようでいて、突き進められない。決断を曖昧にする。決断をしないという決断をする。皆、様々な形で、クソッタレな現実を乗り切ろうとする。

そう、彼らを取り囲んでいる現実が、どうにもクソッタレなのだ。舞台は2022年。東京オリンピックが終わり、日本はいよいよ衰退期に差し掛かっている。国会では、学生の奨学金の返済を一部肩代わりする代わりに、学生を介護現場か自衛隊に押し込む「社会奉仕プログラム法」が制定され、さらに今、任意制であるはずのその法律を義務制にする議論が始まっている。自殺者は急増し、新宿でテロが発生する。登場人物の一人がこんなことを言う。「今は生きることより、死ぬことの方がお金になるんです」 風俗が介護施設となり、結婚式場が葬儀場へと変わる。何が、というハッキリとした原因が明確にあるわけではなく、ジワジワと首を絞められるようにして誰もが追いつめられていく。

そんな中で、拳一つだけでのし上がっていくボクシングは、ある種の希望として描かれているように感じられる。誰もが鬱屈している。事業はうまく行かないし、ジムの存続は危ぶまれているし、異性の気持ちがうまく理解できない。はっきりとした原因があるなら、それを叩き潰せばいい。でも、そういう分かりやすい何かがないまま、みんな追いつめられていく。闘いたくても、誰と、あるいは何と戦えばいいのかが分からない。

そんな世の中で、戦う理由がなんであれ、拳一つで相手をリングに沈めるために戦い続ける者が、何か現実に真っ向から抗ってでもいるかのような、そんな風にも見えてくる。

『何のために私たち、生きてるんですかね?』

印象的だったのが、主演の一人を務める菅田将暉の「目」だ。ボクシングをしている時の彼の目は、輝いているように見える。闘争心の塊のような、何か放射されてでもいるかのような、ギラギラした目だ。しかし、前編の菅田将暉の登場シーンや、あるいは後編でのある箇所などで、彼は死んだ魚のような目をする。生気が宿っていないような、魂が抜けてしまっているかのような、そんなおよそ生きている人間の目とは思えないような目をしている。

その目はある意味で、「何のために私たち、生きてるんですかね?」に対する一つの答えなのだと思う。答えというか、問いそのものを無効にするような現実、とでも言えばいいか。

そして、戦うというのがもう一つの答えだ。殺伐とした荒野において、戦うことを答えに据えるような生き方を選択した者たちの物語なのだ。

内容に入ろうと思います。
プロデビューした「新宿新次」と「カミソリ建二」は、海洋闘拳ボクシングジムで練習を続けている。社会は益々きな臭くなり、「社会奉仕プログラム法」の義務化が検討されている。
新次はある時、「アニキ」と慕う建二について新たな事実を知ってしまう。しかし、そのことは建二との関わりにおいて影響を及ぼさないと、新次自身確認する。
かつての仲間と気まずい再会したり、恋人の芳子の母親について聞いたりしながら、新次は、そいつとリング上で戦うためにボクシングを始めた山本との試合が決定する。
建二は、書店で助けた妊婦と関わることになり、また、ボクシングジムの運営と絡んで、建二自身大きな決断を迫られることになる。
新次も建二も、社会の動きとは関係なく、強くなるため、相手を倒すために戦い続けるが、しかしそんな彼らを中心にして、様々な人間の人生が交錯していくことになる…。
というような話です。

うまく消化できてはいないのだけど、個人的には面白い映画でした。前篇から、想像していたのとは全然違った映画で、そのことに戸惑いがありつつも、時代背景とボクシングに打ち込む男二人の成長物語を捻るようにして描き出す物語の構成は、とても良いと思いました。

前述した通り、狭い人間関係の中で人生が重なり合うことがちょっと多すぎるので、さすがにやり過ぎ感を抱いてしまう部分はあるんですが、まあそれは物語上仕方ないかなと思います。その折り重なり合う人間関係を、決して分かりやすく描くのではなく、うまく着地させることなくそれぞれの物語を閉じていく感じが、僕は結構好きでした。そういう意味で、分かりやすい決着を求める人にはあんまり向かない映画かもしれません。


色んな人生が描かれるので、どれに肩入れして見るかは人によって様々でしょうけど、僕は結構芳子のことが好きです。新次の恋人ですね。新次と出会い、関わるようになり、付き合い、繋がり続けていくその在り方が、結構いいなぁって思うんだよなぁ。

全体的な雰囲気が凄く好きな映画でした。

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