【映画】「イミテーションゲーム」感想・レビュー・解説

これまで見た全映画と比較してもトップクラスの作品だった。

『時として、誰も想像しないような人物が、想像も出来ないような偉業を成し遂げる』

僕は今この文章を、パソコンで書いている。コンピューターは、僕らの生活と密接に結びついている。もう切り離すことが出来ないほど密接に。
じゃあ、そのコンピューターを生み出したすべての始まりはどこにあるのか、ご存知だろうか?

『マシンは人間のように考えられますか?』

コンピューターを生み出したのは、スティーブ・ジョブズでもスティーブ・ウォズニアックでもビル・ゲイツでもない。彼らは、コンピューターを個人でも使えるように様々な機器を生み出し、コンピューターによって成り立つ現代を作り上げたかもしれない。しかし、コンピューターを生み出したのは、彼らではない。

『あなたが普通じゃないから、世界はこんなに素晴らしい』

アラン・チューリング。コンピューターを生み出したのは、アラン・チューリングという一人の天才数学者である。
アラン・チューリングは、コンピューターの父と呼ばれ、まだコンピューターなどという概念が世界中のどこにも存在しない時に、思考する機械のアイデアを生み出した。電気的頭脳、デジタル計算機。

『どんな暗号文も解読する機械を作り、一瞬で解くつもりだ』

チューリングの名前は、近年話題に上ることが多くなってきた人工知能の世界でも残っている。先日も、グーグルが作り上げた囲碁のプログラムが、韓国のトップ棋士を打ち破ったばかりだ。
チューリング・テスト。それは、人工知能のレベルを判定するテストだ。

『“対象”と“審判”がいる。質問をし、審判が、どちらが人間なのか判断する』

今でも、人工知能を評価する際には使われているはずだ。姿が見えないようにして、人間と人工知能に同じ質問を繰り返す。その返答を聞いて、どちらがより人間らしいか判断する。その結果、人工知能の方が人間らしいと判断されれば、人工知能は“人間のように思考している”と見なされうる。

『マシンは人間のように考えはしない。マシンは人間とは違う風に考える。
しかし面白い問いだな。人間のように考えていないとしたら、それは考えていることになるのか?』

“機械が思考する”など、誰が聞いても“狂ってる”と判断するだろう時代に、チューリングは確信を持って思考する機械の存在を提唱した。
チューリングがいなくても、別の誰かが思考する機械のことを思いついたかもしれない。しかし、もしチューリングが存在しなければ、コンピューターがここまで世界を変えるのに、もっと時間が掛かったことだろう。僕らが生きている2016年、その恩恵を受け取ることは不可能だったかもしれない。

しかし、アラン・チューリングが世の中に対して成した功績は、そんなものではない。

『時として、誰も想像しないような人物が、想像も出来ないような偉業を成し遂げる』

彼は、1400万人以上の人間を救ったとされる。世紀の英雄であり、2013年、エリザベス女王はチューリングのその前例のない功績に対して、異例の恩赦を与えた。

『今朝私は、消滅したかもしれない街で電車に乗ったわ。
あなたが救った街よ』

チューリングは、暗号を解読したのだ。解読不可能と呼ばれた「エニグマ」を。

『クロスワードパズルで、ナチスを打ち破ったぞ!』

しかしその功績は、50年以上機密扱いとされ、チューリングの果たしたその偉大な役割は、世に知られることがなかった。
そしてそのために、チューリングは、不遇の死を遂げることになる。

『治療を受けなければ、奴らが彼を取り上げてしまう。そんなことはさせないでくれ!独りにさせないでくれ!』

天才数学者は、「エニグマ」を解読した瞬間から“神”になった。

『神も、我々ほどの力はない』
『日々、生きる者と死ぬ者を決めた』

しかしチューリングは、自分が“神”ではないことを知っていた。

『私は神だったのか?違う。戦争に勝ったのは神ではなく、我々だ』

彼は、戦争終結を数年早めたと評価される。
しかしそれは、辛い日々だった。

『戦争はさらに2年続いた。孤独な2年だった』

極秘プロジェクトだった。誰にも話せなかった。その日々を、そしてその後の人生を、チューリングはどう感じていただろうか?

『「じゃあ刑事さん、判定を頼もう。
私は何だ?
マシンか?人間か?戦争の英雄か?犯罪人か?」
「私には判定できない」
「なら、君は私の助けにならない」』

もしチューリングがもし存在していなかったら、あるいは、チューリングがあの時代あの場所で「エニグマ」の解読に携わっていなければ、世界はどうなっていただろうか?戦争は長引き、より多くの人が死に、世界はより混乱に陥っていたかもしれない。ドイツ軍が世界の覇権を握っていたかもしれない。そして、コンピューターは存在しなかったかもしれない。

そんな“英雄”を、我々は“偏見”によって死に至らしめた。僕たちは、同じ轍を踏むべきではない。どんな世の中にも常に“偏見”は存在する。そしてその“偏見”は、人知れず誰かを死に至らしめているかもしれない。チューリングらが人知れず、連合軍を勝利に導いたのと同じように。

主な舞台は三つある。一つは1939年のロンドンで始まり、一つは1951年のマンチェスターで始まり、一つは1928年のシャーボーンスクールで起こる。

1939年、チューリングはブレッチリー無線機器研究所の面接に向かった。極秘任務のために有能な人間を集めているのだ。27歳だったチューリングは、24歳で画期的な論文を発表した数学の天才。しかし、デニストン中佐には、チューリングが価値のある人間には思えなかった。必要なのは、暗号を解ける人間。言語学者や暗号学者。ドイツ語など一切出来ないチューリングは、しかし、自分の存在意義を確信している。

『あなたには私が必要だし、私は問題を解くのが好きです』

チェスチャンピオンであるヒューなど、様々な経歴を持つ人間が極秘に集められ、「エニグマ」解読の研究を始めるが、チューリングは周囲と調和が取れない人間で、孤立する。他のメンバーとアプローチがあまりにも違いすぎて理解されず、しまいには同僚たちが上層部にチューリングへの不満を提出する始末だ。10万ポンドも掛かる“玩具”作りのための資金提供も断られてしまう。しかしチューリングは、自分の正しさを信じている。

『エニグマは、史上最高の暗号機です。人間の力では打ち破れません。マシンを打ち破るのはマシンの力ではないでしょうか?』

成果は出ないのに金ばかり掛かり、しかも周囲と上手く行っていないチューリングは、常に「エニグマ」解読器の製作計画で危機を迎える。しかし、クロスワードパズルの早解きをクリアしたミス・クラークの加入や、周囲と上手くやっていく協調性を少しずつ発揮するようになったことで、ついに彼は、不可能と言われた「エニグマ」の解読に成功する。

1951年、マンチェスター警察は、ある空き巣事件を捜査していた。被害者は、数学者でケンブリッジ大学の教授であるアラン・チューリング。しかしチューリング邸に向かった彼らは、何も盗られてなどいない、と主張するチューリングに追い返されてしまう。

何か臭う…。そう直感した刑事は、チューリングの経歴を調べる。チューリングはかつて軍と関係があったとされるが、なんと軍にはチューリングの記録は存在しなかった。極秘扱いではなく、存在しないのだ。

チューリングはソ連のスパイなのではないか…。刑事たちはそう疑い、捜査を続ける。

1928年。シャーボーンスクールで優秀な生徒だったチューリングは、優秀であることと、協調性が持てないせいでいじめられていた。そんなチューリングを助けてくれたのが、同じく成績優秀であり、チューリングの唯一の親友であるクリストファーだ。
彼はそこで、二つのものと出会う。暗号と、そしてもう一つ。人を好きになることだ。


この映画の核である、エニグマ解読の部分に触れよう。

エニグマ解読はどれほど困難なミッションだったのか。
エニグマによって暗号化された通信は、AM受信機があれば誰でも受信できる代物だ。しかしそれは、暗号化されていて理解できない。英国軍は、ポーランド軍が入手したエニグマを一台所有しているが、受信した暗号をエニグマに戻すだけでは暗号は理解できない。エニグマには設定があり、その設定を知らなければ暗号は解けないのだ。
しかし、この設定を知ることは困難だった。
エニグマに存在しうる設定の数は、159×10の18乗。1分で1つの設定を試し、24時間365日チェックし続けたとしても2000万年掛かる計算だ。しかもドイツ軍は、この設定を毎日変える。深夜0時にエニグマの設定が変わり、英国軍がエニグマの受信をする18時までの18時間の間に、その日の設定を知らなければならないのだ。

ヒューらチューリング以外のメンバーは、従来の暗号解読の手法でエニグマに対峙しようとした。構文を解析したりパターンを見つけたりと言ったやり方で、ヒューらはチューリングよりも成果を出していると主張していた。しかし、チューリングには分かっていた。エニグマは、世界一難しいパズルだ、と。そんなやり方では解けないのだ、と。

しかし、チューリングに見えていた世界は、チューリング以外の誰にも見えていなかった。当然だ。チューリングが何をしているのか、誰も理解できなかったのだから。チューリングはただ、モーターやギアを組み合わせ配線で繋いだ、10万ポンドもする不格好な“玩具”を作り上げただけだ。

『私のマシンはエニグマに勝つ』

チューリングには恐らく、未来がきちんと見えていたのだろう。その天才的な頭脳は、このやり方以外でエニグマ解読にアプローチする方法はないと理解していた。しかし、他人にそれを理解させることは不可能だった。彼には子供の頃から協調性がなかったし、他者の協力が必要だと思っていなかったからだ。

『あなたには、決して理解できない。私が創ろうとするものの重要性を』

しかしその態度が、彼の計画を危機に陥らせる。

『本物の兵士たちが、本物の戦闘を戦っている。僕たちは、なんの結果も出せないでいる。
あなたのせいだ』

エニグマの解読成功には、クラークの存在は大きかった。チューリング自身も8分掛かるクロスワードパズルを6分で解けと指示された候補者の中で、5分34秒という驚異的なスピードで解き終えてしまったクラークは、チューリングの良き話し相手であり、良き理解者であり、メンバーと強調しない一匹狼だったチューリングを変えた人物だった。

『普通とは違うけど、普通はつまらない』

女性だという理由で、男以上に「普通」の枠に押し込められ続けてきたクラークが、ようやく手にした環境。そこでクラークは、チューリングという異端人とうまく関わり合いながら、ばらばらだったチームを機能させていく。

『あなたがどんなに優秀でも、エニグマはその上を行く。
仲間の協力が必要よ』

チューリングがエニグマ攻略の最後のピースを見つけられたのも、言ってみればクラークがいたからこそだろう。チューリングが仲間と協調し、他人と関わるようになったからこそ得られたピースは、値千金だった。

『ドイツ軍は、愛で戦争に負けたぞ!』

しかし、この物語が凄いのは、「エニグマを解読する」というただそれだけでは終わらないことだ。そしてそのことにも、ただ一人、チューリングだけが気づいていた。

『「神じゃないのに、生死の決定はできないはずだ」
「それでもやる。他の誰にもできないからだ」』

彼らのミッションは、確かに「エニグマを解読すること」だった。しかしそれは、「戦争を集結させるため」だった。チューリングは、戦争を集結させるため、困難だが唯一の道を進み続ける。チューリングが“正しく”決断したからこそ、1400万人もの人間を救うことが出来た。しかし、救えなかった命もある。“救えなかった”という表現ではこぼれ落ちてしまう“死”も、そこにはあった。それは辛い決断だったはずだ。しかし、やるしかなかった。

『あなたはモンスターよ』

1954年6月7日。アラン・チューリングは41歳の若さでこの世を去った。自殺だった。これほどまでに世界を変えた人間は有史以来存在しないのではないかと思えるほどの功績を残しながら、最後は“偏見”に殺された男の人生。彼がこの時代、様々なことに苦しみながらも、それでもエニグマを解読してくれたお陰で、現代の僕らの生活がある。しかし同時に僕はこうも考えてしまう。

もし現代にアラン・チューリングが生きていたら、彼はどんな未来を“創造”するだろうか、と。

『時として、誰も想像しないような人物が、想像も出来ないような偉業を成し遂げる』

映画の中でも三度登場したこの台詞を三度引用したところで、この感想を閉じようと思う。

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