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【本】ケリー・マクゴニガル「スタンフォードの自分を変える教室」感想・レビュー・解説

本書のテーマは、「いかにして意志の力を高めるか」である。怠け癖があったり、止めたいと思っているのに止められないとか、意志の弱さのせいで困難さを感じている人にとって、非常に有益な本である。


しかし、読んでおいてなんだが、僕はかなり意志の力の高い人間で、そういう意味で言うと本書は、僕にはあまり役に立つ本ではない(知的好奇心を満たす、という意味では非常に面白い)。


さて、僕は自分のどんな行動から、自分を意志の力が高いと考えているのか。一例を羅列してみる。

○学生時代、夏休みの宿題は夏休みが始まる前にすべて終わらせていた(その上でさらに、夏休み中勉強していた)


○週6日(1日の拘束時間10時間)で働いていた頃、週に40時間以上(平日は毎日4時間以上、土日で20時間以上)の勉強を一年半続けた


○2003年から、本を読んだ後ブログに感想を書き続けている。年間約250冊程度読み、1冊辺り3000字以上の感想を書くというのを、もう12年以上続けている。


○去年の9月に引っ越したのを期に、ツイッターをすぱっとやめた(フェイスブックは元々やっていない。LINEはごく一部の人間と個人的なやり取りのために使っているのみ)


○雪国に引っ越してきたのだけど、現時点でまだ、一度も暖房を使っていない(一冬暖房なしで生活出来ないかな、というチャレンジ中である)


○一人暮らしを始めて以来、欠かさず家計簿をつけている(食費・雑費・交際費に分けて毎日使った金額をキャンパスノートに記録して、1ヶ月単位で合計しているだけだけど)


○引っ越しする以前は、「米を炊く」「麺を茹でる」「麺を炒める」以外のことはほぼしなかったのだけど、引っ越し後は毎日、何かしら野菜を使った食べ物を作っている


○引っ越し後、毎朝起きてすぐ筋トレをしている(まだ始めたばかりなので、必ず毎日やる必要はないという緩い縛りでやっているので、毎日ではない)


○夜寝る前にラーメンを食べ、さらにチューハイを飲んで寝る、という習慣を10年近く続けていたが、それをある日を境にスパっと止めた。


○引っ越し後、朝起きる時間を3時間早めた


○ほぼ毎日ショートショートを書き続けた年と、毎日短歌を作り続けた年がある

まだあるかもしれないけど、とりあえずこんな感じか。僕は、自分一人でやることに関しては、「続けられない」と思ったり「止められない」と思ったことはほとんどない。どんな無茶苦茶なことも、とりあえずやってみるかと思えば続けられるし、長いこと続けた習慣でも、なんとなく止めるかと思えば止められる。意志の力の弱さで悩んだことはほとんどない。


もちろん、自分一人で出来ないことに関しては、たぶん色々あっただろうと思う。自分の意志では行動をコントロール出来なかったり、止めたいと思っても止められないみたいな状況もあっただろう。しかし、自分一人で出来ることであれば、かなり自分の意志で自分自身をコントロール出来ていると思う。

僕自身、自分のこういう性格を、かなり以前から分析をしていたことがあって、こういう結論に達している。それは、

「自分自身をまったく信じていないから」

である。特に、未来の自分のことはなおのこと信じていない。

僕は、未来の自分は、今の自分よりもろくでなしだろう、と思っている。全体的に僕はマイナス思考の人間なので、そういう発想に自然となる。だから、例えば夏休みの宿題を、未来の自分に託すことは出来ない。未来の自分は絶対に、今の自分よりもろくでなしなのだ。だから、先送りして未来の自分にやらせるよりは、先回りして今の自分がやった方がいい。

何か新しいことを始める時も、未来の自分を信じていない今の自分の危機感が背景にあるのだと思う。このまま何もしなければ、レールに乗って順当に、僕はろくでもない未来の自分のところまでたどり着いてしまうだろう。なんとかそれは阻止したい。別に、凄い人間になりたいわけではないのだけど、せめて今の自分ぐらいのレベルは維持したい。何もしなければ僕は、今の自分が想像する、ろくでもない未来の自分に一直線にたどり着いてしまうだけなので、それになんとか抵抗しようとして、新しいことを始めてみようか、という気になるのだろうと思う。

また、一度始めたことをずっと続けていくのも、同じような理由からだ。ここで、ずっとやり続けてきたことを手放すことは、ろくでもない未来の自分に直結する行為に思えてしまうのだ。

僕には常に、始めたことを止めることへの恐怖がある。なんらかの外的な要因によって、長く続けてきたことを止めるという経験はあるのだけど、自分の判断だけで、長く続けてきたことを止めるのは、なかなか難しいと思う。そういう気持ちも、ろくでもない未来の自分を怖れるが故だと思う。

この、「未来の自分を信じていない」という考え方は、僕の中にずっとあったのだけど、本書にも似たような話が出てくる。本書では、「多くの人は、未来の自分を過信している」という話として登場するのだけど。

『未来のあなたはつねに現在のあなたより時間もエネルギーもあって、意志力が強いことになっています。少なくとも、私たちが未来の自分を想像するときはそんな感じです。未来のあなたには不安もなく、現在のあなたより痛みにも耐えることができます。』

割と多くの人は、未来の自分に対してこんな風に考えているようです。なるほど、そんな風に考えてれば、やらなきゃいけないことだって当然先送りするし、誘惑にも当然負けちゃうだろうな、と思います。みんな、大変だなぁ。僕には、そんな優秀な「未来の自分像」は存在しないので安心です。


僕自身は昔から、どうやったら「流されないで生きていく」ことが出来るだろうか、と考えてきたような気がします。周囲の人間や、内なる欲望に、どうやったら負けずにいられるか、ということを考えていました。何故そんなことを考えていたのか。そこには、「依存することの恐怖」があります。

僕は、子どもの頃から今でもずっと、「それがなければ生きていけないというモノ」はもちたくない、と思ってきました。何がきっかけでそういう感覚を抱くようになったのかわかりませんが、僕の根底にはそういう感覚が常にあります。それは、ペットでも、エアコンでも、宗教でもなんでも構いません。とにかく、「それがなければ生きていけないモノ」からはなるべく遠ざかるようにしていました。それに頼れば“今”は便利かもしれないけど、もしそれがなくなった場合、“未来”の自分はダメージを感じるでしょう。僕は、かなり意識的に、“今の便利さ”よりも、“将来のダメージ”を高く評価してきました。

心理学や行動経済学の世界で有名な、こんな実験があります。例えば、今120ドルをもらうのと、一ヶ月後に450ドルをもらうのだったらどっちがいいか、という問いに答えさせるのです。多くの人は、今の120ドルを取るそうです。僕は多分、一ヶ月後の450ドルを取りだろうな、と思ってしまいます。たぶん、世の中の多数派の人とは、物事の捉え方が違うんだろうな、と思います。

そんなわけで、僕自身にはあまり参考にならないわけですが、本書は、世の中の様々な研究結果から、意志力に関して体や脳がどう判断するのかを紹介し、それを実践できるプログラムに落とし込んでいこうという、スタンフォード大学の超人気講座の講師が綴った作品です。著者はまえがきで、こんなことを書いています。

『私は科学者になるための教育を受けましたが、そのなかで最初に学んだことのひとつは、理論がいくら優れていようと事実(データ)に勝るものではないということでした』

『本書を読み進めながらも、私の言葉をうのみにはしないでください。まず、私がポイントを説明し、それに対する根拠を述べますので、みなさんはそれを生活のなかで試してみてください。そのような実験に結果を見ながら、自分にはどの方法が適しており、どれが効果的なのかを発見してください』

『どうか、どの戦略に対しても偏見をもたないようにしてください。たとえ直観的に好きになれないものがあっても(たくさんあるはず)です。どの方法も講座の受講生によってテスト済みであり、すべての戦略が必ずしも全員に効果があったわけではないにしても、多くの受講生が効果が高いと認めた戦略ばかりです』

世の中には、「このやり方をやれば絶対に成功する!」という方法を望んでいたり、そういう究極の方法を提示してくれる人を信頼したくなる人もいるかもしれませんが、僕は本書の著者のような、自分にあったやり方は自分で見つけてください、それを見つける手助けを私はします、というスタンスの方が信頼できます。すべての人間に共通して通用する方法なんて、ほとんどの場合存在しないでしょう。本書は、「やり方」を教えてくれる本ではなく、「自分にあったやり方を発見する方法」を教えてくれる本です。そこを意識して読んで欲しいと思います。

本書には、非常に興味深い話が色々と載っているのですが、一番惹かれたのは、マクドナルドのサラダメニューの話です。

『これはニューヨーク市立大学バルーク校のマーケティング研究者たちが行った数々の研究から得られた結論です。マクドナルドのメニューにヘルシーな品物を加えたとたん、ビッグマックの売上が驚異的に伸びたというレポートに、研究者たちは興味をそそられました』

意味がわかりますか?マクドナルドのメニューに、サラダなどのヘルシーなメニューが載った途端、ビッグマックの売上が急増したというのです。普通は、こんな現象理解できませんよね?しかし、人間の脳内で何が起こっているのかを調べ、研究者たちはこんな結論に達します。

『人は目標にふさわしい行動を取る機会が訪れただけでいい気分になってしまい、実際に目標を達成したような満足感を覚えてしまうのです。そうしてヘルシーなものを選ぶという決心はどこかへ吹き飛び、まだ満たされていない欲求―目先の楽しみ―が最優先になってしまいます』

わかりますか?つまり、ダイエットをしていたり、カロリーを抑えようと思っている人がヘルシーなメニューを見て注文しようかと“思った”だけで、自分が良いことをしたような気になってしまうのです。それで、そのごほうびに、自分を甘やかしてもいいや、という行動に出てしまいます。

こんな例も載っています。

『ある研究では、被験者にふたつのうちどちらのボランティアをやってみたいかをたずねました。ホームレス支援私設で子どもたちに勉強を教えるか、あるいは環境改善活動に参加するかです。
すると、実際に参加申し込みをしたわけでもなく、ただどちらの活動をしようかと考えただけで、被験者はなぜか自分へのごほうびにデザイナージーンズでも買いたい気分になってしまいました』


他にも、エコバッグを持っている人ほど余計なものを買ってしまったり、何らかのペナルティとして罰金を払っている人ほどそのペナルティをさらに繰り返してしまう、という行動を人間は取るようです。良いことをしている(しようと考えただけなのだけど)という気持ちから自分を甘やかしたり、罰金を払っているだけなのに、お金で権利を買ったかのような錯覚に陥ったりしてしまうのです。人間のこういう性質を理解して、理解した上でコントロールする術を身につけておくことは非常に有益でしょう。ダイエットしようと思っているのに、ビッグマックを食べてたら話になりませんからね。

僕はこの話を読んで、自分が東日本大震災の時に寄付をしないという決断をしたことを思い出しました。


東日本大震災の直後、多くの人が寄付をしたことだろうと思います。周りでもそういう話をしている人はいたし、テレビやインターネットでもさかんに寄付についての話が出ていました。僕は、基本的に、寄付をした人は素晴らしいと思うし、その行為を非難するつもりはまったくありません。


しかしそんな中で僕は、寄付はしないという決断をしました。何故か。


それは、ここで寄付をしてしまったら、自分の中で東日本大震災が一区切りついてしまう、と感じたからです。


僕が孫さんのように100億円も寄付出来る立場の人間なら話は別です。けど、当時の僕には、どれだけ出せても5万~10万寄付するのが限界だったでしょう(実際寄付するとしたら、3万円以下だっただろうと思います)。その僅かな金額で、僕は、自分が何を手放すことになるだろうか、と考えてみました。そして、「東日本大震災に対して良いことをした」という気持ちが、東日本大震災に対する後ろめたさみたいなものを消してしまうだろうな、と感じたのです。


もちろん、寄付をした後でも、東日本大震災に対して関心を持ち続けることが出来る人もたくさんいるでしょう。でも、僕は、自分の性格を考えて、きっとそういうタイプの人間ではないだろうな、と思ったのです。だから、ここで後ろめたさみたいなものを手放さずに、罪悪感として残しておく方が、後々それが何かの形になるのではないか、と思ったのでした。


実際、何かの形になっているのかはともかく、未だに「東日本大震災の時に寄付をしなかった」という後ろめたさが自分の中にあるので、自分の目論見は成功したと言えるのではないかと思います。方向性はかなり逆ですけど、僕のこの行動と、マクドナルドでの奇妙な出来事は、根底を共有しているのではないかと思います。

また、有名な「シロクマのことだけは考えないでください」という実験の話も載っています。学生に、「今から5分間、何のことについて考えても構いませんが、シロクマのことだけは絶対に考えないでください」と言うと、学生は皆シロクマのことで頭がいっぱいになってしまう、というものです。

これは、やってはいけない、考えてはいけない、という状況であればあるほど、それが自分の思考を絡めとっていくということになるわけです。ダイエットをしようと思っている人が、炭水化物を食べてはいけない、と考えることで、逆に炭水化物のことが頭から離れなくなってしまうのです。

他にも、死のことを考えると誘惑に弱くなる(著者は、悲惨なニュースの後にCMを入れる企業が存在することに疑問を持ったことがあったようですが、それはこういう背景があるからだと後に知ったようです)、肥満や不安は感染する、タバコによる害をパッケージに写真で載せると、そのストレスを解消するためにさらにタバコを吸うようになる、などなど、非常に興味深い話が載っています。

僕は行動経済学というのが結構好きで、その方面の本をそれなりに読んだことがあります。行動経済学も、人間が実に不合理な判断で動いていることを明らかにする学問で、本書に載っている話のいくつかは、行動経済学の話として知っていましたけど、確かにそういう人間の行動に関する研究は、意志の力を高めるために使えるのだよな、と本書を読んで改めて感じました。

本書では、あまり具体的な手段というのは登場しないのですが(方向性だけを与えて、後は自分に合ったやり方を見つけて欲しいというスタンスなので)、科学的にお墨付きを与えられた、やる気を出させたり意志の力をコントロールできたりする方法があります。それは、非常に当たり前というか、目新しさがあるわけではないもので、運動・睡眠・呼吸・瞑想などです。

特に、瞑想はなかなか良いようです(どう良いのかは本書を読んでください)。瞑想は、前々から日常に組み込みたいと思っていたことなので、どうにか始めてみたいと思っています(でも、本当に時間がないので、もう少し生活を見直さないと時間を作れない)。

新しいことを始めたいと思っているのに続かない人、やらなければいけないことをどうしても先送りしてしまう人、止めたいと思っていることをどうしても止められない人。そういう人は、一度本書を読んでみると良いでしょう。本書には、『ダイエットは体重を落とすよりも「増やす」効果のほうが大きいほどです』なんて恐ろしいことが書いてあったりします。自分が正しいと思い込んでいることが、実は正しくないかもしれません。人間の本能や反射をきちんと理解して、それと対抗出来るように訓練を積めば、誰でも意志の強い人間になれるのではないか。そんな風に思わせてくれる一冊です。


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