【映画】「アンチグラビティ」感想・レビュー・解説

あーだこーだ考えてると、結局「安楽死」だよな、という思考に行き着いてしまう。
安楽死が認められれば、回避できる問題は、結構あるんじゃないかと思っている。


森博嗣の『すべてがFになる』という小説に、こんな会話がある。

「先生…、現実ってなんでしょう?」
「現実とは何か、と考える瞬間にだけ、人間の思考に現れる幻想だ」

つまり、客観的に定義できる「現実」など、存在しないということだろう。僕もそうだろうと思う。結局のところ、「現実」は個別的なものでしかなくて、誰とも共有できない。「共有できたという幻想」があるだけだ。

たとえば、「幽霊」が見えるという人がいる。別に幽霊でもなんでもいいが、つまり、その場にいる全員が知覚できるわけではない「何か」が、見えたり感じたりする人がいる。僕は、そういう「何か」の存在を否定するつもりはないが、ただ、ほとんどの場合それは、感覚器官のエラーだと思う。目や耳から入ってくる情報に問題があるのか、あるいは脳内の処理の段階でエラーが発生するのかはともかくとして、どこかしらに不具合が生じている、ということになるだろう。

ただ、だからといって、その人が見ている「何か」が「現実ではない」ということにはならないだろう。その人の感覚器官を通じて捉えた世界なのだから、それはその人にとっての「現実」ということでいい。

以前、数学者にインタビューをさせてもらう機会があったが、その時、「地球以外の知的生命体が構築する数学は、我々のものと違うかもしれない」という話が出た。特に大きく変わる可能性があるのが、幾何学だ。幾何学というのは、要するに「図形問題」をイメージしてもらえばいいが、我々が知っている幾何学は、視覚情報を元にして作られている。しかし、例えば嗅覚が視覚よりも優位な知的生命体がいるとしたら、まったく違う幾何学が生まれるだろう、と言っていた。なるほどなぁ、と思う。

「環世界」という言葉がある。定義を説明できるわけではないが、「環世界」の説明でよく使われる「マダニ」の話は面白い。マダニは、視覚も聴覚もない。マダニは、動物の血を吸って生きるが、この虫が感じ取れるものは、「動物が発する酪酸の匂い」「動物の体温」「毛が少ない皮膚の感触」だけだ。つまりマダニにとって、この感覚器官に触れない情報は存在しない、ということになる。このように、人間を含めたすべての動物は、それぞれの感覚器官から得られた情報によって構成された「現実」を生きており、そういう状態のことを「環世界」と呼んでいる。

人間にしたところで、コウモリやイルカが使っているらしい超音波は聞こえないし、一部の動物には見えるらしい紫外線も見えない。超音波が聞こえたり、紫外線が見えたりしたら、僕らはまたまったく違う世界を生きることになるだろう。

さて、ここまで書いてきたような考え方が僕の中にはあるので、そういう観点からすると、この映画で描かれる「人生の一つの可能性」については、許容できる部分もある。しかし、この「可能性」が仮に実現されるとしても、それが「自分以外の人間の存在」によって成り立っているということが気にかかってしまう。まあ、それが「科学技術」である以上仕方ないことではあるが、人間によってその「可能性」が実現されているというプロセスに拒絶反応を示す人は多いだろうと思う。

もし。地球以外の惑星を探索できる時代がやってきて、ある惑星でこのシステムを発見したとする。その惑星では、もともと住んでいた知的生命体は何らかの理由で死亡してしまい、そのシステムだけが残されている。そんな状況であれば、その「可能性」に飛び込むのもアリかもしれないなぁ、と思う。

内容に入ろうと思います。
”建築家”は、自分の部屋で目覚める。何かがおかしい。黒いシミ?動いている?慌てて部屋を飛び出す。人や建物が、黒いシミのようなものに侵食されて、透けている。でも歩いている人や走っている車は平然としている。空に街。街が浮いている。どこに行けば?何をすれば?そこに、黒い怪物が現れる。なんなんだコイツは。やられる、と思った瞬間、知らない人に助けられた。素性の知れない相手だが、ついていくしかない。あちこちで重力が歪み、世界中の様々な街が縦横無尽に連結された不可思議な世界で、”建築家”はある工場へと連れて行かれる。
ここは、夢の世界だ、と説明される。人間は、昏睡状態に陥ると、ここにやってくるのだという。ここにやってきた人間たちの記憶で、この夢の世界は作り上げられている。この世界にいる人間はみな、”現実世界”では昏睡状態にいて、目覚めるのを待っている。時間の流れは”現実世界”より100倍も遅く、この世界では1000年でも生き続けられる。しかしここには”死神(リーパー)”と呼ばれる黒い怪物がおり、襲いかかってくる。リーパーにやられると、”現実世界”でも目覚められなく成ってしまう。
”建築家”は、自分の名前も思い出せず、急転する状況についていけないが、助けてくれたファントム(部隊の隊長)とフライ(傷を治す特殊能力を持つ)によって、なんとかこの工場にたどり着いたのだ。彼らのリーダーはヤンという男で、彼は「リーパーのいない島」があると信じている。そしてその島の場所を、”建築家”が知っているというのだが…。
というような話です。

全体的には、凄く面白く見れました。正直なところ、映像がSF的なのはもちろん想像通りだったけど、物語ももっとSF的なんだと思ってました(そうだとしたらちょっと合わないかな、と予想してた)。けど、映像の超絶SF感とは異にして、物語はかなりリアリティがあるように感じました。もちろん、扱われるのはいわゆる「オーバーテクノロジー」だから、SFなのは間違いないのだけど、僕がイメージしているSF、つまり「異星人と戦う」とか「超能力者がたくさん出てくる」とかっていう感じではなく、僕としては良かったな、と。映像の壮大なSF感と、SF的過ぎない物語というのが、僕としてはとても相性良く感じられました。

とにかく、映画の冒頭が意味不明で、グーッと引き込まれる感じがありますね。一応、公式HPには「記憶の世界だ」みたいなことが書いてあるから、僕が書いてることもネタバレにはならないと思うけど、僕はそういう情報も一切知らないままで見たので、「え?どゆこと?これどうまとまるの?」みたいな興味で一気に引き込まれました。物語の序盤で、記憶の世界だと明かされるわけなんだけど、そこからどんな風に物語が展開していくんだろうなぁ、と思いながら最後まで楽しくみた感じです。

冒頭の圧倒的なSF感とはうらはらに、さっきも書いたけど、途中から物語は結構リアリティ路線になっていって、そこをうまく繋いだなぁ、と思いました。ちゃんと考えるとどっかに矛盾があったりするかもだけど、僕はあんまりそういうところを細かく考えないんで、全体的に面白かったです。

ネタバレになるから具体的には書けないけど、「私はここに残る」と言う発言には、考えさせられるなと思います。確かに、そういう人にとっては、この世界は”正解”だよなぁ、と。

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