【本】桂望実「ボーイズ・ビー」

期待は人をダメにする、と僕は思う。
僕は、自惚れかもしれないし勘違いかもしれないけど、親にはそれなりに期待されていた子だったと思う。
僕は三人兄弟だったけど、少なくても勉強は一番出来た。というかまあかなりできた。勉強をしだした理由はまあ一概には言えなくて自分なりにいろいろあるんだけど、でもとにかく家では勉強ばかりしてた。
それに、親の手伝いとかもそれなりにやっていたし、親に迷惑を掛けるようなことも、まったくしなかったとは言わないけど(例えば万引きをして店の人に捕まったりしたけど)、でも大抵はいい子で通していた。
たぶん僕が親の立場で、んで俺みたいな子供がいたら、この子はちゃんとしてるし、いい子だわ、うんこれからもそのままでいてね、みたいな風に思うだろうし、というかそう思われるように行動していた。
しかし、僕の本意はまったく別のところにあった。
僕は、かなり早い時期から親のことが嫌いだった。これはもうここで何度も書いているからうんざりの人もいるだろうけど。何が、というはっきりしたことは何とも言葉にしづらいんだけど、とにかく親と何か関わることが苦痛でしかたがなかった。親と話したくないし、親に干渉されたくないし、ずっとそんな風に思っていた。
それで僕が採用したのが、いい子を演じる、というやり方だ。僕は、ありとあらゆる手段を使って、親の前でいい子であり続けた。勉強も手伝いもまあ頑張ったし、それ以外でもとにかく問題をなるべく起こさなかった。二人いた下の兄弟二人が、あれこれと親を煩わせる子だったので、その対比もあって、僕はかなりいい子に映っただろうと思う。
そうすることで、親からの干渉を最小限にすることが出来る、と僕はわかっていた。いい子であり続けさえすれば、親はうるさいことを言ってこない。
反抗期ってのが普通あるのかもしれないけど、僕にはなかった。僕は、反抗期ってのは結局、親に甘えたい、親に干渉されたい、というものの裏返しで、結局親の存在を切に求めているからこそあるんだと思う。だって、反抗すれば、絶対親から干渉される。反抗しても親に干渉されないんだとしたら、それはもうかなり重症的にやばい家庭だと言えるだろう。僕は、子供がそこのところをわからないとは思えない。反抗したら干渉される。それをわかっていやっているんだから、やっぱり反抗期ってのは、甘えの裏返しだろうなと思うのだ。
下二人の兄弟も、反抗期らしい時期が確かあったけど、やっぱり親を求めていたのだろう。僕は、全然まったくさっぱり親のことを求めていなかったので、親に対して何か反抗しようなんて発想はまったく出てこなかったのだ。
さて、ここまでが前置き。
それで僕はまあ、ひたすらいい子であり続けていたのだけど、その作戦の唯一の欠点は、親から期待されてしまう、ということだ。これは避けようがない。いい子であり続けて親からの干渉を最小限にするということと、親からの期待を受けないということは、どう考えても両立しないのだ。
人には、期待されて伸びる人間と、期待されると潰れてしまう人間がいる。なんていうか、褒められて伸びるタイプか、怒られて伸びるタイプかという違いだろう。

期待されて伸びる人ってのは、期待されればされるほど、よっしゃーやったるでー、って風に前向きになれるのだろう。周りが自分に期待すればするほど、自分はできそうな気がしてくるし、自信が出てくる。逆に周りから期待されていないとなると、なんだよって感じでやる気がなくなってしまう。
僕は、明らかに、期待されると潰れてしまうタイプである。
そういうタイプは、期待されると、期待に沿えなかったらどうしよう、と考えてしまう。周りは自分に期待してくれているけど、でも期待通りいかなかったら周りは失望するだろうし、さらに、自分は嫌われてしまうかもしれない。期待されればされるほど、期待通りに行かなかった時のことを想像してしまって、期待されなければうまくいったかもしれないことも失敗してしまう。
僕は間違いなくこのタイプである。
僕は、いい子であり続ければあり続けるほど、親から期待されていっただろうと思う。これだけ勉強が出来て人間もよく出来ているのだから(もちろん僕は、親に自分の本当の姿をなるべく見せないようにしていたから、親からみた僕の姿は、本当の僕とはまるで違うものなんだけど)、将来はきっと立派な人間になるのだろうし、将来が楽しみだな、とそんな感じだっただろうと思う。
無視することだってまあできないではなかった。親からの期待を完全に裏切るように行動しても、よかったと思う。事実僕は、高校三年生の進学の際に、写真の専門学校に行こうかと考えたことがある。その頃僕は、少しだけ写真に凝っていたし、写真を撮るのも結構好きだったからだ。資料を請求して、親に内緒で学校の説明会みたいなのにも一人でいった(実家の静岡から神奈川まで黙って)。でも、結局は大学に進学することにした。そこで出会った友達のことを考えると、大学に入ったことはかなり正しい選択だったなと思うけど、でもやっぱり違うんだ。
僕は、それだけじゃないにしても、そういう経緯があって、そういう流れの延長線として、考えすぎて引きこもりになったし、大学を中退することになった。それだけの理由じゃないにしろ、そういう理由もそれなりにはあったと思う。
僕は、大学を中退することで、ようやく『親の期待』という呪縛から逃れることができた。今は、非常にほっとしているし、僕なりに安定した生活を送っている。大学を辞めたことを後悔したことは一度もないし、今でも、かなり色んな人に迷惑を掛けたとは言え、いい選択だったと思っている。
僕は、人からの期待に弱い。もちろん、誰からも期待されなくなったら終わりだろうとは思う。でも、過剰な期待は僕には辛い。期待のこもった眼差しを向けられても、僕は困るのだ。
期待されて伸びる人もいる。でも、期待されて潰れてしまう人だって、きっと同じくらいいるはずだ。でもわかってる、そういう人の特性を見抜くのは、難しいってことも。
内容に入ろうと思います。
母親を亡くして、父親と弟の三人で暮らすことになった少年と、周囲と馴れ合わず孤高であり続けようとする偏屈な靴職人の老人の話です。
川端隼人は12才。小学六年生。お母さんはこの夏に死んじゃった。もういない。悲しいけど、僕はお兄ちゃんだから頑張らなくちゃ。お父さんは消防士でかっこいい。でも忙しくて、あんまり一緒にいられない。家のこともあんまりできない。弟の直也の面倒も僕が見なきゃいけないんだ。まだ6才、小学一年生。お母さんが死んだっていうのを、たぶんまだちゃんと理解できてないんだ。でも頑張らなくちゃ。僕は、お父さんに期待されてるし。お兄ちゃんなんだし。

園田栄造70才。靴職人。ビル一棟の中を50ぐらいのアトリエに分けて、いろんな人がいろんな芸術的な活動をしている、そのビルの一階の奥が栄造のアトリエだ。そのアトリエが出来て以来の住人だけど、周囲とは馴れ合わない。常に孤立であろうとする。気安く近づくんじゃないよ。群れたいなら勝手にやってくれ、でも俺を巻き込むな。靴作りの邪魔だ。ガキはもっと嫌いだ。わがままで、未熟なくせに姑息で、甘えてみせもする芸達者だ。
こんな二人が出会う。
きっかけは、直也が通う絵画教室だ。直也は、栄造がいる同じビル内で開かれている絵画教室に通っている。隼人は関係ないのだが、直也の送り迎えをする、ということで、直也が絵画教室にいる間、そのビルの中で待っている。
栄造は、自分のアトリエの前でちょろちょろしているガキに気づいていた。うざいな、なんでこんなとこにいるんだよ。邪魔なんだよな、仕事の…。
でも、すったもんだがありまして、結局栄造は隼人をアトリエの中に入れてしまう。俺も弱くなったかな。こんなガキを相手にするようになったなんて。しかし、実際のところ、靴作りは今スランプだしな…。
隼人は栄造に、直也のことを相談してみる。お母さんがいなくなったことを、まだちゃんとわかってないみたいなんだ。どうしたらいいかな…。
そんな風にして始まった二人の交流。隼人は、何もわかっていない直也と何もわかってくれないお父さん相手に悩み、栄造は昔みたいに靴を作れなくなって困っている。二人は、だんだんと時間を共有していく中で、いつしかお互いの抱えている問題までもが解消されていく…。
というような話です。
不覚にもないてしまいましたね。いや、最後のほんのちょっとだけですよ。全編泣きっぱなしなんてことはないですからね、ほんと。
なんか、隼人が頑張っているのが、ちょっと可哀相なんですよね。僕は、隼人みたいに優しい人間じゃないけど、でも、言いたくても言えないことを抱えているって意味では昔の僕と似てるな、なんて思って、頑張れよ隼人、みたいななんかそんな気持ちになって読んでしまいましたね。
そう、弟の直也が、お母さんが死んだことをまだ理解してないってことなんだけど、僕としては全然心配することじゃないと思うんですよね。今はわからなくても、いろいろ経験する中で、いつかわかるだろうし、それでいいんだろうとも思うんです。もちろん、最後の方で隼人もそんな感じのことに気づくんだけど、でも弟のことを思う気持ちが現れていて微笑ましいですね。
あと、栄造もかなりいいキャラをしてて、ほんとに、偏屈っていう感じの老人なんだけど、隼人とは心を通じ合わせちゃうわけで、栄造が靴作りに悩んでいる時も、がんばれよじいさん、って感じで読んでしまいましたね。
いやー、いい話です。
なんか、ぐちゃぐちゃになった毛糸のかたまりをほぐしていくような小説なんです。初めはほんと、毛糸がすごいことになってるんです。絡まってて、これほどけないだろ、みたいなそんな感じなんです。でも、いろいろあれこれやっていくにつれて、あっ、なんほどけそうかもって感じになっていって、で最後には、うっしゃーほどけたぜー、みたいなそんな爽快感があるんです。もつれていたりぐちゃぐちゃだったものが元通りになるのって、爽快です。
あと、靴職人っていう職業が、かなりヒットです。
桂望実っていうのは、映画化もされる「県庁の星」で注目を集めている作家だけど、「県庁の星」も最高に面白かったしいい話だけど、こっちも負けずにいい話です。なんか、ベタなんだろうけどでもいいなと思えてしまうそんな話です。オススメです。是非読んでみてください。

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