【映画】「ミッドナイト・ファミリー」感想・レビュー・解説

凄い世界があるものだなぁ、と思った。まさか、救急車の闇営業とは。

メキシコシティの人口は、映画撮影時で900万人だそうだ。東京都の人口が約1400万人なので、遜色のない規模だろう。そんなメキシコシティには、公営の救急車が45台以下しかないらしい。2014年の時点で東京都の救急車の台数は236台という資料を見つけたので、人口に比べればかなり少ないと言えるだろう。

だからそんなメキシコシティでは、民間の救急車が存在する。日本でも、今コロナウイルス患者の搬送などには、民間の救急車が使われたりするので、民間の救急車そのものは珍しいわけじゃない。しかし、メキシコシティの場合は、民間の救急車のほとんどが「闇営業」、つまり無許可で行っているという点が大きく違う。

無許可なんて悪いやつらだ、と思うかもしれないが、映画で描かれる実態を見ると、そうとも言えない。

というのも、事故現場に公営の救急車が全然やってこないのだ。理由は、映画を見ているだけでははっきりとはわからないが、メキシコシティでは役人である警官が賄賂を要求してくるような国柄なので、役人である救急隊もサボっているという可能性はあるだろう。あるいは、銃社会でもあるから、日本以上に日々の怪我人が多いとも予想される。事件・事故が多いのに公営の救急車が少なければ、「公営の救急車はいつも現場にいないう」という印象になっても当然かもしれない。

だからメキシコシティの救急医療は、民間の救急車無しには成り立たない、という状況になっている。

しかし、ややこしい話だが、彼らは無許可で行っている。だから、事件・事故などで現場に急行すると、先に到着していた警察から、許可証を持っていないことを理由に搬送をストップさせられたりする。「患者の荷物を盗むつもりだろう」とか、「患者が死んだらお前たちの責任だぞ」みたい警官から言われるのだ。一刻も早く患者を病院に連れて行かなければならないのに、警官が嫌がらせをしたり、賄賂を要求したりする。なかなか腐った国である。

とはいえ、民間の救急車側がまったく非がないわけじゃない。民間の救急車が許可申請する方法はもちろんある。しかしそのためには、かなりお金を掛けて、救急車に必要な備品や機材を揃えなければならないのだ。それを怠っているわけだから、民間の救急車側にも問題はある。しかしそもそも、公営の救急車が少なく、民間の救急車に頼らなければ救急医療が回らないのだから、ボトルネックになっているのは役所の方だろう、という気はする。

民間の救急車は、映画を観ていると、基本的には搬送費は保険で支払われるようだ。どういう仕組みなのかはよくわからないが、民間の救急車が病院から搬送費をもらっているシーンがあった。しかし、日本のような皆保険制度はないため、患者の中には保険に入っていない人もいる。そういう場合は、患者本人から搬送費を取り立てることになる。

しかし、これがなかなか厄介な話なのだ。搬送時に意識があるなら、「これこれこうしますよ」と許可を取って進められるが、そういう状況ばかりじゃない。治療が一段落ついたら、患者の家族と連絡がつくと搬送費の話を切り出すのだけど、「金がない」「こんな病院に連れてくるなんて」など難癖をつけて払わなかったりする。

そういう場合、どうなるか。民間の救急車が泣き寝入りするしかない。なぜなら、彼らは「闇営業」だからである。許可証を持っていないから、患者が警察に駆け込めば、民間の救急車側が窮地に立たされることになる。

だから、彼らはとても貧乏である(たぶん。少なくとも、裕福ではない)。

しかし素晴らしいのは、無許可とは言え命を救ってくれた相手に対して、(本当に払うお金がないならともかく)難癖をつけて払わなかったり、収入的に恵まれた仕事ではない一方で人の死に直面することもある大変な環境の中、彼らがきちんと仕事に誇りを持っているように見えることだ。もちろん、生活のための仕事でもあるのだけど、患者を救いたいという気持ちや、出来る限りのことはしてあげたいという思いは、ちゃんと感じ取ることができる。映画の中では、警官がどんな風に邪魔をしてくるのか、あるいは公営の救急車が一体何をしているのか描かれていないから、民間の救急車側の情報だけから判断するのは危険だけど、それでも、こんな風に真っ当に仕事をしている人たちが不自由な状況に置かれてしまうのは、間違っているような気がするなぁ、と強く感じさせられた。

しかし、一つだけよくわからなかったのが、彼ら「闇営業」の民間の救急車が、どうやって事件・事故の情報を得ているのか、ということだ。映画の中では、無線でそういう情報を得ているのだけど、警察無線とか救急無線みたいなのを盗聴してるんだろうか?まあ、そういう情報がなければ絶対的に仕事は不可能だろうけど、もし盗聴だとしたら、それはマズイんじゃなかろうか、と思ったりしました。

この映画は、2019年に制作されたものだそうだ。平時でこれだとしたら、コロナで大変な
状況になっているはずの今は、一体どうなっているんだろうか?公営の救急車45台では、どう考えても対処不可能だろう。そういう意味で、コロナ後の状況も知りたいと思わされる映画だった。

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