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【本】綾崎隼「君の時計と嘘の塔 1巻」感想・レビュー・解説

僕は、過去のことを後悔したことがない。過去の自分の決断にも、過去の様々な状況にも。もちろん、何かの決断が悪い結果を産んだことも多々あっただろう。他人からすれば、なんでそんなことを?と思われるような行動を取っていることもあるだろう。


それでも僕は、過去を後悔しない。


たぶんそれには、いくつか理由がある。

まず僕は、後々自分が後悔しそうな行動をそもそも取らないだけ、というのが一番大きい。ヤバそうな話には乗らない。危険を感じたら逃げる。そんな風にして生きてきたので、そもそも後悔のしようがない。それは、スリリングな決断のない味気ない人生かもしれない。だから、過去を悔やむ人というのはきっと、チャレンジしている人なんだろうと思う。

また、そもそもあらゆる結果に対して、さほど興味がない、ということもある。いくつか選択肢がある中のどれを選んでも、そこまで大きな差を感じない、という状況は多い。普通の人からすれば、いくつかある選択肢のどれを選ぶかによって何かが大きく変わる、というような状況であっても、僕自身はそこに大した差を感じていないのだろう。世の中の物事の多くにさほど関心がないので、どういう結果でもいいやという気持ちが割と強くあるんだと思う。

そして僕には、「結局起こったことは起こったこと」と考える自分がいる。元々理系で、合理的な考え方をするのが好きな人間だ。「結局過去は変えられない」と思っている。


もし過去を変える手段があるならば、僕はむしろ悩むだろう。何か決断をしてしまった後で、その決断を取り消す行動を取るべきかどうか、きっと僕は悩むだろうと思う。しかし、少なくとも現代の科学では、過去は変えられないということになっている。であれば、決断した後で悩んだり後悔したりするのは無駄だ。何も生み出さないし、状況を変えられるわけでもない。だったら、後悔なんてしたって意味がない。たぶん僕はそんな風に考えているのだろうと思う。

『世界中の誰よりも多くの時間を後悔に費やしてきた。そんな自意識過剰な思い込みを迷いなく抱く程度には、自身に失望しながら生きてきたように思う』

本書の書き出しだ。確かに、主人公・杵城綜士の後悔は理解できなくもないが、たぶん僕なら、綜士が後悔に至ったような行動はきっと取らないだろう。それは、後々後悔するかもしれない可能性が高い行動だからだ。小学生の綜士にそこまでのものを求めるのは酷かもしれないが。

過去になんて戻れない方がいい。恐らく、後悔する人間は、どんな選択肢を選んでも、きっと後悔すると思う。それこそ、可能なすべての選択肢を試した後で本当の最後の決断を下す、ぐらいのことをしない限り。僕は、過去に戻れる可能性なんてまるで欲しくない。一度した決断は変えられない。どんな行動も消去出来ない。そういう方が潔いし、少なくとも僕はその方が後悔しないで済む。

僕自身を作り上げているものは、過去にしたすべての決断・行動の集積だと思っている。そのたった一つでも変えてしまうことが、どんな意味を持つか。カオス理論じゃないけど、その決断・行動の一つを変えた時、それによる結果はとんでもなく甚大なものになるかもしれない。バタフライ効果のように、自分のたった一つの決断・行動を変えたせいで、世界の歴史が変わってもおかしくないと僕は本気で思う。


そんなわけで、僕は過去なんて変えたくないのだけど、こういう話をしている時、「時間というものの実在性」を無条件に前提にしているな、と感じることがある。僕らは、時間を“見る”ことも“触れる”ことも出来ない。時計という存在が、時間の存在を“表現”してくれているけれども、しかしあくまでもそれは“表現”であって、絵の中のリンゴが本物でないのと同じように、時計の秒針が刻むものは時間そのものではない。こういうことを考える時、「時間」というものの不可思議さについては気になる。そういう意味で、草薙千歳の執着は、理解できるような気がするのだ。

内容に入ろうと思います。


小学生の頃、綜士はクラスの人気者だった。勉強も運動も誰よりも出来、常に注目を浴びるポジションにいた。しかしある日、そんな綜士の存在を脅かす者が突如として現れた。


幼馴染の織原芹愛だ。幼馴染とは言え、家が真向いというだけで、ほとんど関わりはないのだけど。


体育の時間に、走り高跳びで学校の新記録を塗り替えた芹愛は、その日から注目の的になった。綜士にはそれが面白くなかった。


それで綜士は、最悪の行動を取ってしまう。


その結果綜士は、芹愛に顔向け出来ないほどの痛みを与えてしまう。そして、ずっと憎しみの対象だったはずの芹愛を、いつしか綜士は好きになっていることに気付く。


芹愛とほとんど関わることなく、綜士は高校生になった。無茶な詰込みをして、どうにか芹愛と同じ高校に入学できることになった。


そこで綜士は、海堂一騎と出会う。やがて二人は親友になる。小学校のその出来事以来、人と関わることがほとんどなかった綜士にとっては、久々に出来た友達だった。


しかし、ある日を境に、一騎は姿を消してしまう。それどことか、誰の記憶からも一騎は消えてしまっているらしい。そんなバカな。昨日まで同じクラスにいたのに、誰の記憶にも残ってないなんてことがあるはずないだろ…。

そんな折、綜士はふとしたきっかけから、時計部という奇妙な部活を作り、医学部に入学できるほどの学力を持ちながら何故か二年間も留年し高校に留まっている草薙千歳という男と出会う。一騎の失踪に並々ならぬ関心を抱いている草薙は、5年前、綜士が花火を横から撮影するために潜り込んだまさにこの高校で体感した地震についてある仮説を披歴する…。


というような話です。

4部作の1巻目で、まだまだ導入という感じの物語ではあります。とはいえ、設定や展開には凄く引き付けられます。


これを知らないまま読む方が面白いような気もするけど、帯に書いてあるから書いてしまいます(僕はちょっとした理由で、それを知らずに読めました)。本書は、いわゆる“タイムリープもの”の作品で、綜士は同じ時間を繰り返すという謎の現象に囚われてしまいます。

しばらくの間綜士が感じる様々な違和感は、この“タイムリープ”という現象で説明ができてしまうんだけど、これを知らないで読むと、一体これはどうなってるんだろう?という謎がしばらく続くことになります。一騎の失踪もそうだけど、他にも綜士は、いつもとは違う違和感を覚える。それらが、ある理由から“タイムリープ”によるものだと判明し、氷解する、という流れになっていきます。

本書はおおまかに三つのパートに分けられるでしょう。


一つ目が、綜士と芹愛の関係が破たんしたきっかけの出来事について。


二つ目が、その出来事の後、一騎が失踪して状況が理解できなくなるまでについて。


そして最後が、事態が“タイムリープ”によるものだと判明し、明確な目標の元で3人が力を合わせて対処するという感じになります。3人目というのが、校内でも変人として知られている鈴鹿雛美で、この3人が謎めいた“タイムリープ”に立ち向かってく。

“タイムリープ”に関わる部分は、ネタバレになる部分もあるし、そしてさらに、そもそも1巻目なのでストーリーに決着がついていないこともあって、あまり触れないことにします。“タイムリープ”に関するいくつかのルールが提示され、そのルールの範囲内で予測される未来を阻止しようと様々な方策を練って対処する、という感じになります。この巻のラストは、これからどうなるんだろう?と思わせる終わり方になっていて、続きが気になるところです。

ここでは、3人のキャラクターについて主に触れていくことにします。

主人公の綜士は、小学校時代の致命的な行動から、人気者の座から落ち、根暗で人付き合いの悪い男になっていく。自分でも不思議に感じながらも、叶うはずのない芹愛への愛を一人募らせていく。友人はほとんどいなく、唯一出来た親友の一騎はいなくなってしまう。

『俺には将来の夢がない。やってみたい仕事も、叶えてみたい目標もない。
芹愛に赦して欲しい。そしてその幸福を見届けたい。心にある願いは、その二つだけだ。』

ここまで他人に心を閉ざしてるところや、一人の人間にこれほどまでに思い入れを持続させているという点は僕とは違うんだけど、でも綜士の思考や行動には近しいものを感じることがある。恐らく僕も、過去を後悔するようなことがあれば綜士のように思いつめた感じになりそうだし、人をあまるい信用しきらないところとか、行動になかなか移せないようなところもなんだかわかる。綜士は、草薙と雛美に引きずられるようにして様々な行動をすることになる。本当に、二人がいて良かったという感じだ。

草薙千歳は、僕が理想とする人物にちょっと近いかもしれない。それがどんな対象であろうとも全力の情熱を傾け、自分の考えに自信を持ち、常に論理的・合理的に思考する。先入観を排除して物事を理解しようと努め、自分に出来ることはすぐさま行動に移し、理由があれば他人に対して厳しくなれる。

確かに草薙は、傍目には変人にしか見えないと思うのだけど、彼の行動原理を理解しようとすれば、納得できるかどうかはともかく、筋が通っていることには気づくだろう。そこが良い。草薙の、この件に対する情熱のほとばしり方にはイマイチ共感できないのだけど、草薙という人物には憧れに似た気持ちを抱いている。

自分の正しさを信じきったり、他人を先入観なく受け入れようとするのは、本当に難しいことだ。どちらかなら出来るという人はいるかもしれないけど、なかなか両立させることは難しい。

草薙は、変人であるというレッテルを引き換えにはしているのだけど、その二つを見事両立させている。見事だ。また草薙は、まったく無関係ながら、他人に対して全力で力を貸している。好奇心を満たすためと嘯いているけれども、それだけではないだろう。本当に、草薙というのはなかなかに魅力的な人物である。

雛美もまた、違った意味で興味深い存在だ。性質としては、草薙と真逆だと思って良い。知性はそこまでないし、他人に対する思いやりや熱心さや真剣さみたいなものはちょっと欠けている。雛美は、まだちょっと底が見えないような人物として描かれているので、これからどんな風になっていくのは、それは分からない。けれど、とりあえずこの巻だけの印象で言えば、良い印象という感じではない。

しかしそれでも、決して憎めないキャラであるのも事実だ。それは恐らく、彼女が置かれた状況に対する同情もあるだろうと思う。どうしても僕には、雛美の言動が表面だけのものに見えてしまう。お気楽で、何も考えていなさそうで、傍若無人な感じは、すべてフェイクなような気がしてしまう。たとえそういう部分を差っ引いたとしても、要所要所で雛美は、主人公を励まし、暗くなりがちな雰囲気を明るく保つ。ストーリー上のキーパーソンであることも事実で、これから雛美がどんな風に物語に関わっていくのか注目だ。

4部作の1巻目なので、この巻だけで作品全体を判断するのは難しい。とはいえ、導入としては、物語もキャラクターも、読む者を惹きつける作品に仕上がっていると思う。悲壮な覚悟を持つ少年が、不条理な現象に立ち向かっていく。今後の展開が楽しみな作品です。


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